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ジレンマロマン  作者: 小山田 名杜
8/8

女は色気と可愛気?(3)

 週明けの月曜。

 仕事がはじまって気になったのは、やはり三神のわたしに対する反応だった。

 彼の席はわたしの席からそう遠くない場所にある。ちらちらと様子を伺ってみたが、彼はいつもと変わらない。何をするでもなくぼんやりと座り、誰かに話しかけられると挙動不審気味に応対している。

 わたしがお茶を入れて持っていっても、いつもと同じ様子で小さくなって頭を下げただけで、全く態度は変わらなかった。

 先週の土曜日、わたしをタクシーに押し込め、捨て台詞を吐いた彼は幻だったのだろうか。かなり酔っていたせいで極端な人格変化が起こったのだろうか。コンパでわたしが誘惑したことなど何も覚えていないようだ。

 ほっとしたような、どうもスッキリしないような、微妙な気持ちで今日の雑用をこなしていると、デスクの上に置いていたスマホにメールが入る。


[天子ちゃん、今日お昼行こうよ]


 メールは朋美からで、ふと顔を上げて経理の席に目を向けたわたしに、彼女は小さく手を振ってにっこり笑ってくる。

 きっと、先週末の話を聞きたいのだろうと心の中で苦笑いしながらも、了解の返信をしておいた。


 さて、どう言えばいいものだろうか…。

 朋美に三神を落とそうとして失敗したとありのままを伝えるべきか、もしくは酔っていて覚えていない振りをするべきか…。

 

 わたしは考え抜いた結果、後者を選んだ。

 朋美とは仲良しの友達というわけではない。あくまで職場が同じというだけで、しかも立場は正社員と派遣社員。

 ここは素直にぶちまけてしまうより、〝酔ってて覚えてませ~ん、うふっ〟と波風を立てない選択をするべきだろう。


 だが、彼女がわたしをランチに誘ったのは、コンパでの話を聞きたかったワケではなかったようだ。

 昼になり、会社のビルから少し離れた場所にあるカフェに誘われたわたしは、いつもより神妙な顔つきの朋美の表情が気になっていた。

 席についてランチの注文を終えたあと、彼女はわたしの顔をじっと見つめてくる。


「ど…どうしたの?」


「…ねえ、この前の土曜…」


「あ、あの日ね、気がついたら自分の家だったんだ。酔っててあまり覚えてないんだけど、わたし、何かした?」


 朋美が三神との成り行きを聞いてくる前に、彼女の言葉を遮って先手を打つ。


「え、覚えてないんだ?」


「うん、イタリア料理店で飲んでたのは覚えてるんだけど、途中から記憶がちょっと…」


「なあんだ、そうなのね。でも、ちゃんと帰れたの?」


「大丈夫。帰れたよ。心配してくれてたの? ありがとう」


 わたしはおしぼりで手を拭いている朋美に嘘をついている罪悪感を持ちながらも、何とか誤魔化せたことに安堵してにっこり笑ってみせた。

 だが、彼女は少し考えるように視線を落として見せたかと思うと、いきなり黙ってしまう。


「え、なに? どうかした?」


「…うん、わたし天子ちゃんに相談…ていうか、言わなきゃいけないことがあって。」


 相当に思いつめた表情で見つめてくる朋美の瞳に一瞬たじろいだ。

 

 お金の相談だろうか? それとも男? そんな相談なら両方ともわたしの範疇外だ。


 何の話だろうと不安になりながら言葉を待ち構えていたが、聞き逃しそうなほど小さく呟いてきた彼女の声に、わたしは一瞬固まった。


「え?」


 聞き返したわたしに、朋美は日ごろは見せない真剣な表情でもう一度同じ言葉を繰り返す。


「だから、わたし、前から三神さんが好きなの」


「は?…ぁ」


 思わず目が点になってしまった。

 だが、朋美の表情に嘘は感じられない。彼女の身体も声も緊張気味で硬くなっていることが分かり、本気さが滲み出ていた。


「え!? ええ? 待って! てことは、コンパしたのも三神さん目当てだったってこと?」


「…実はそうなの。でも、そんなこと恥ずかしくて言えなかったの。で、あの日天子ちゃんがやたらと三神さんにベタベタしてたから、もしかしたら二人はあの後どうにかなっちゃったのかと思って…」


「はあ…。なるほど…」


 まあ、こちらにはどうにかする気持ちはあったのだが、三神が簡単に落ちてくれなかったのだ。

 朋美に三神を狙っていたことを言わなくて本当に良かった。ここで真実を伝えていればどうなっていたことか、想像するだけでぞっとする。

 店員が運んできたランチをタイミングに、わたしは空気の流れを変えようと試みた。


「大丈夫。わたしが三神さんと何かあるはずがないじゃない。朋美ちゃんこそ、はじめから言ってくれればよかったのに。ま、とりあえず、食べよう」


「うん、天子ちゃんが三神さんとどうにかなってたら、わたし仕事辞めてたかもしれない…」


 マジでーーーー!?

 

 わたしは平気な顔をしていたが内心は冷や冷やものだった。彼とは何もなかったことは確かだが、三神を誘いまくったのは事実だ。


「そんなこと、万が一もないから。ほら、心配してないで食べようよ」


 サラダに手を付けたわたしは、じわっと冷や汗を感じながら他の話題にすりかえようとネタを探していたが、こういうときに限って見つからない。

 相変わらず、前の席で箸を持とうとさえせずにわたしを見つめている朋美の視線が怖かった。


「じゃあ、本当に天子ちゃんは三神さんとは何もなかったのね?」


 まだ疑った眼差しを向けてくる朋美に、わたしは大きく頷いた。


「ないない。三神さんと何かあるわけないでしょ。なんなら朋美ちゃんに協力してあげてもいいくらいだよ」


 冗談でそう言って笑い飛ばしてみせたが、朋美は一瞬目が覚めたような明るい顔つきになった。


「本当??」


「え?」


「天子ちゃん、協力してくれる? 三神さんに気持ちを伝えるの」


 うわあぁぁぁ! 冗談だって!!


 こういう流れになることは予期していなかった。自分の恋愛もままならないというのに、人の恋路の手助けをしているほどわたしはお人よしではない。

 

「いや、朋美ちゃん、気持ちは自分で伝えるべきだよ。告られるほうも、他人に伝えてもらったって嬉しくないと思うよ」


「伝えてほしいってことじゃないの。見守るくらいの気持ちでいいから、応援してほしいなって思って…」

 

 上目遣いにすがる瞳を向けてくる朋美に、なんとか断る理由を必死で探るのだが、これもまた見つからない。


「いやあ…まあ…」


「ごめん、こんなこと天子ちゃんにしか話せないことだから。無理な頼み事なんてしないから。ただ、あなたが味方になってくれれば心強いの…」


「ん~、あ、鳥居さんにお願いしてみたらどうかな?彼なら三神さんの友達だし、わたしよりずっと役立ってくれるはずじゃない?」


「…やっぱり天子ちゃんは、応援してくれないの?」


 責める表情で食いついてくる朋美に、自分の罪悪感を刺激されて、つい自分の心とは正反対の言葉が出てしまう。


「ん…。応援はするけど…。でも、きっと他に何もできないよ?」


 どういうワケか話の流れに呑まれ、彼女の恋を応援しなくてはいけない雰囲気になっていた。


「ありがとう! 良かった~。わたし、ほんとは天子ちゃんが三神さんを好きになってるんじゃないかって気掛かりだったの。話を聞いてくれるだけでもいいから、よろしくお願いします」


 座ったまま深々と頭を下げてくる朋美を見つめ、ひきつった笑みを浮かべる。


 なんでーーー!! どうしてこうなるの???


 心の中で叫んでいたわたしは、目の前でほっとしたような笑顔を浮かべている朋美を見て、流されてしまった自分自身に呆れかえってしまった。


 他人の恋愛話の相談など、乗っている場合ではないというのに…。


 



 銀行に行った朋美とカフェで別れ、どこか府に落ちない気分で会社に戻ってみると、廊下に設置されている休憩スペースに、三神が窓から外を眺めて一人でぼんやりと立っているのが見える。今は三神の姿を見るだけで気が重くなる。さっさと営業部に向かおうとしたとき、いきなり彼が窓に手をついて気分が悪そうに座り込んだのが見えた。

 驚いたわたしは見て見ぬふりもできず、おそるおそる彼に近付いて顔を覗きこむ。


「三神さん? どうかしました?」


 頭を下げて身体を丸め痛みに堪えているような体制の彼は、小さく頷いて「大丈夫…ですから」と顔を背けてきた。


「…でも」


「牧さん!!」


 わたしが三神の傍に屈もうとしたとき、いきなり後ろから鳥居の声が聞こえた。

 振り向くと走り寄ってくる彼の姿が見え、急いでわたしと三神の間に割って入ってくる。


「牧さんは戻って。こいつ、今日腹の調子悪いだけだから」


 鳥居はいつもの爽やかな笑顔をわたしに向けてくると「仕方ないやつだな。一人でトイレも行けないのか」と三神の脇を持って抱えた。

 彼の苦し気な表情が気掛かりだったわたしに、鳥居は「大丈夫だから」と一言残し、三神を連れて男性トイレへと向かっていく。

 三神の様子を見るとただの腹痛だとは思えなかったのだが、彼のことを良く知っている鳥居がついていれば安心だろう。

 わたしは営業部にある自分の席に戻ると、自然と溜息が出たことに気付いた。

 

 大丈夫だろうか…。それにしても朋美ちゃんはあの三神さんが好きだったんだ…。


 わたしが三神を落とそうとしたのは、彼の将来や経済的な部分が安定していたからであって、朋美のように好きという感情からではない。もし、この先朋美と三神がうまくいったとしても、然して気持ちに揺らぎはないだろう。

 分かっているはずなのに、なぜか気持ちが晴れずにいる自分に気付いていた。

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