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ジレンマロマン  作者: 小山田 名杜
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男は甲斐性とルックス(2)

 とはいえ、最近は不安になることも多々あった。

 わたしの中で長い冬が続き、春がやってくる気配が見えない。努力は惜しんでいないはずだ。エステや料理教室に通い、恋愛マニュアル本には必ず目を通す。どんな寒い時期でもスカートを履いて頑張っているし、ふんわりとした男受けのするセミロングの髪型にして、化粧も薄めを心がけている。

 だが、容姿がごく普通なわたしは、それだけではただの地味な女になってしまう。だから今は、男を引きつける仕草や色気を学ぼうと、ベリーダンスなどをしているのだが…。

 ある程度はお馬鹿で従順、そして、〝あなたがいないと駄目なの〟的な女の振りをしていれば、狙う男は落とせる予定だった。だが、なかなかそういう女の振りができないところが勉強の足りないところかもしれない。

 やはり、女としてしたたかでなければ、見栄えもよく金持ちの男を捕まえることなどできないということだろう。

 そんな今までの反省やこれからの抱負を考えながら、今日も仕事中に周りの目を盗んでインターネットで「男を落とす方法」を検索していたとき、前から紙袋を持った女子社員が近付いてきた。


「牧さん、これお願いします」


 にっこりとした笑顔で紙袋を渡されたわたしは、中を覗いて愛想笑いを返す。


「分かりました。クリーニングですね」


 そう言いながら自分の席を立つと、紙袋と外出用の小さな鞄を持って営業の部署を離れた。

 わたしの仕事は社員の事務補助。まあ、結局は雑用係ということだ。本来なら一般事務職の正社員の隣あたりに席があって当然なのだが、偶々空いている机がなく、とりあえずということで営業部の端の席にいた。

 そう、営業部といえば社長の息子が居るはずの部署。初日は嬉しくて小躍りしたほどだったが、その天国にも昇るかのような幸福な気分は、すぐにあっけなく消滅することになったのだ。



 クリーニング店に向かうため、15階のフロアからエレベーターで1階に降り、エントランスに向かっていたわたしは、前から歩いてくるスーツ姿の二人組気付いて視線を上げた。


「牧さん、お疲れ様です!」


 その右側の人物が、にこやかに元気で溌剌とした挨拶をかけてくる。


「あ、鳥居さん、お疲れ様です。ごくろうさまです」


 わたしは気持ちのいい挨拶に、とびきりの笑顔を返した。

 彼は、営業の中でも成績優秀で女子社員にもダントツの人気を誇る鳥居和人。さわやかなルックスに長身プラスお洒落、そして今年28歳という結婚適齢期。だが、彼には長年連れ添っている彼女がいるそうだ。最も残念なのは、この会社の営業社員ということで、大した年収ではないはず。わたしにとっては、もう少し甲斐性が欲しいところだった。


「お…お…疲れさまです…」


 小さな声が耳をかすめた。

 すれ違ってしまってから、小声で挨拶をしてきた鳥居の隣に居た人物に、とりあえず振り返って頭を下げた。

 彼は三神宝世。鳥居とは正反対の、どこかぼんやりとして、おどおどとしたオタクタイプ。いつもどこで買ったのか聞きたいほど、もさっとしたぶかぶかのスーツを着ている。ボブと呼んでいいのか分からないぼさぼさの髪は、そのぱっつんと切られた長い前髪がうっとうしい。さらに度の強い黒淵眼鏡をかけていて、猫背気味に内股で歩く姿にもイラっとさせられる。

 とにかく、見た目も性格もありえないほど問題外の彼なのだが、なぜか鳥居よりも営業成績がいい。社内では、声も小さく滑舌もよくない彼が仕事を取れるのは、一重に親の名前のおかげだろうと噂されていた。そう、彼こそ、この会社の社長の息子だった。

 初日にはじめて彼を目にした時、派遣会社のコーディネーターのほくそ笑む顔が目に浮かんだ。あの雌ブタ野郎!と、つい心の中でお下品に罵倒してしまったが、まあ、彼女のあからさまな誘いに乗ってしまったわたしが浅はかだったのだろう。


「あ~あ…、ついてない」


 エントランスからビルの外に出たわたしは、大きなため息をついた。

 ビルのウィンドウに自分の冴えない顔が映り、これではいけないと背筋を伸ばす。社内だけが出逢いの場ではない。こうして外を歩いている時にも、ひょんなところでいい男がいるかもしれないのだ。気合を入れなおしたが、クリーニング店におつかいに行くだけではやはりテンションは上がらず、つい重い足取りになってしまった。





 だが、悪いことばかりではないようで、さっそくの出逢いのきっかけが、その日の昼休憩に舞い込んできた。


「え? コンパ? いつ? 行く!」


 つい大きな声を出してしまったわたしに、ビルの地下の食堂で一緒にランチをしていた経理事務の吉岡朋美は、「声大きいよ」と、小声でいさめてきた。


「あ、ごめんね」


「別にいいんだけど、会社の人に聞かれてもうっとうしいだけだから。で、予定は来月の1週目の土曜日ね」


 そう言ってきょろきょろと周りを気にする。


「で、コンパって、どういうメンバーで?」


 わたしは出来るだけ小声で、隣に座っていた彼女に聞いてみた。

 朋美は、わたしが会社に派遣されてから、社内のこといろいろと教えてくれている。同じ年だということもあって気さくに話しはじめてから、こうしてほぼ毎日ランチを一緒に食べるようになった。彼女はセミロングの髪をきっちりとまとめ、真面目で控えめな印象だが、意外にしっかり者で頼りになる。

 ただ、あまり社交的ではない彼女が誘ってくるコンパに、少々の不安を感じていた。


「それがね…」


 少し苦笑いした彼女は、わたしの耳元に口を近づける。


「え! 鳥居さん!?」


 わたしは思わず再び声を大きくしてしまったが、すぐに口を手で塞いで朋美の顔を見た。

 朋美はいつの間に鳥居と接していたのだろう。オフィスでは、全く関わらない二人の接点が分からない。何気に大人しい振りをして、実は侮れない女??なのかもしれない。


「あ、鳥居さんね、実は兄貴と同じ高校で、しかもクラスメイトだったのよ」


 朋美は、わたしの心を読んだかのように苦笑いして言葉を付け加えた。

 なるほど、それなら納得もいく話だった。朋美のお兄さんの話題で盛り上がったついでにコンパという流れにでもなったのだろう。

 だが鳥居にはたしか彼女がいるはずだが、別れたのだろうか。まあ、彼ほどの爽やかさや人間的魅力があれば、この際、少々年収が低くてもいいとするか…。


「天子ちゃん、期待してるかもしれないけど、鳥居さんは飾りみたいなものだから。彼女いるしね」


「なんだ、やっぱりそうなんだ。じゃあ、他のメンバーは?」


 少し気落ちしつつ、味噌汁を飲みながら朋美の言葉を待つ。


「他は、三神さんと、その仲間たち」


 朋美の言葉を聞いて耳を疑ったわたしは、一瞬首をかしげた。


「ん? なんですと?」


「だから、三神さん。と、その仲間たち」


 いや、聞き間違いではなさそうだ。

 一瞬、くらっと意識が遠のいていくことを感じた。


「…三神さん…?て…。ねえ、もしかして、鳥居さんに頼まれたの? 三神さんの彼女をつくってあげたいからコンパの機会をつくってほしいとかで?」


「ううん、わたしが鳥居さんに頼んだの。三神さんとその友達を連れてきてって」


 淡々と答える朋美に、理解できない!といった目を向けている自分が分かった。


 彼女の超マニア振りを今まで見抜けなかったとは!!


 その異物を見るような視線を感じたのか、彼女はわたしの顔を見つめて微笑んでくると諭すように呟いた。


「やだ、勘違いしないでよ。類は友を呼ぶ。金持ちは金持ちを呼ぶ。きっと三神さんの仲間ならお金持ちが多いんじゃないかと思って」


「…え」


 彼女の言葉の予想しなかった展開に、目を丸くした。


「三神さん本人は問題外でも、もしかしたらその周りには居るかもしれないでしょ。甲斐性もルックスも飛び抜けた男性が」


 わたしは、彼女の言葉を聞いている間に、自分の瞳がきらきらと輝いてきていることが分かった。


「朋美ちゃんって…天才?」


 なんて素晴らしい友達に出会えたのだろう。

 こんなにも価値観が同じ人物に会えるとは。そうか、社長の息子である三神がいくらダメダメであろうと、その周りには金持ちの友達がいるだろう。それに、三神は全く違うタイプの鳥居とも仲がいい。まあ、仲がいいというよりは、鳥居が三神の世話をやいているというイメージなのだが、そういういい男友達が他にもいるかもしれない。


 なんにしても… 期待できる!!


 そう感じたわたしは、茶碗を持っていた朋美の手を、茶碗ごと無理やりに両手で包み込んだ。


「…え、なに?」


「朋美ちゃん、いい出逢いを見つけて一緒に幸せになろうね!」


 少し迷惑そうに身体を引いて、ひきつった笑いを浮かべた彼女に、満面の笑顔を向ける。

 そのとき、わたしはすでに大きな家に住み、素敵な旦那様と可愛い子供に囲まれた家族の風景を想像して、来月の出逢いに賭ける誓いを心の中に起てていた。



5部以降、のんびり更新予定

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