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其の仇:冬(五)・罪過

三人称です。

 声が聞こえた。七年振りに聞く懐かしい声だった。か細く聞き取りにくいものだったが、次第に慣れてきて言葉として理解できてきた。

「――秋人、悪かったな」

 何が、と問おうとしても声は出ない。だが、声はこちらの思考を読みとったように続ける。

「七年前に死んでから、俺は成仏することもなく二年ほどこの世を彷徨った。……お前達が心配だったんだ」

 霊的な話をされてももう驚くことはない。ただ、そうだったのか、と理解するだけ。

「彷徨って、彷徨い続けて、やっとのことで見つけた。必死に生きるお前達。そして、お前達が夏姫にプレゼントしたあの手鏡を。お前達が生きる姿を見て成仏するつもりだったけど、もう少し見ていたいと未練ができちまった。――気づいたらその手鏡にとり憑いて、お前達を見ていた」

 つまり、すべてお前のせいなのかと問いかけようとするより早く、声が再び語る。

「直接関わったのは俺の意思じゃないけど、そういうことに近い。夏姫が冬季に殺されたあの日。――俺の魂は力を求める『鬼』に手鏡の力ごと喰われた。怒りに駆られて隙ができたんだな」

 だから、知るはずのない彼の死に様を手鏡の中の夏姫――の振りをしていた「鬼」は知っていたということか。

「――その通りよ」

 別の声は今まで自分を狂わしたものと同じ声。だが、それよりはどこか暖かく、しっくりとくるものがあった。

「そして、冬悟君の記憶がそうさせたのか、あの『鬼』は霊魂となった直後の私も喰って、その意識と記憶を自分のものとした」

 そして、さらに力を求めた「鬼」は息子である自分にとり憑いて、復讐を果たさせた後に復讐相手の魂もろともに喰らうつもりだった、ということか。

「その通りだ。――言ってしまえば『鬼』はこの世に留まろうとする魂の成れの果てみたいなものだから。」

「強い未練を持っていても、いずれはこの世からひき剥がされる。『鬼』となっても弱ければ『祓い人』に消される。それでもこの世に居たいと望んだひとつの結果なんだ。……死んだ身だから、それがよく分かる」

 結局は死んだ人間のエゴに突き動かされて、感情を暴走させただけだったのか。それでも冬季を憎む気持ちは自分にはあったのも事実。自分の魂にも非があったことは変わらない。

「そうだとしても、すべては俺の情けない未練が始まりだったんだ」

「だから、あなたが背負うべき罪ではないわ。私達とともにあの世に持っていくべきもの。――だから、今回のことは早く忘れて、未来のために今を生きなさい」

 今回のことが自分のなかでどうなるのか何となく分かった。正直複雑な気持ちだけれど、どうしようもない。

「謝って済むとは思わない。けど、本当にごめんな、秋人。――そして、さよなら」

「私達の分まであなたはしっかり生きてね」

 ――さよなら、父さん。分かったよ、母さん。

 加賀美冬吾及び加賀美夏姫の言葉をしっかり受け取り、加賀美秋人は再び意識を手放した。





「あ……あれ?」

 矢口珠美は呆気に取られていた。彼女は今拘置支所の外にいる。あちらの空間から帰ってきてから、別段誰にも詮索されることなく出てこれたのだ。それも、あれほど非現実的なことが起こったにも関わらずだ。別にこの中で戦闘があった、というわけではない。だが、仮にも一時的に人間が消えたのだから、無反応でいるのはどうなのか……などと考えても結局納得はいかず、ほとんど訳の分からない状態でこの場に立っている。

「とりあえず拘置支所に話はつけたから問題ないわね。……相変わらず面倒くさい手続きね」

「……冬季とか言うおっさんを回収したのはいったい誰だ? 放置して飛びだした誰かさんの分まで、『空間不可侵の結界』を張る作業をやってたのは?」

「う、うるさい! そこまで時間の余裕はなかったのよ」

 おそらく「空間不可侵の結界」とやらは、こちらの世界に被害が出ないようにするためのものだろう。幽人は飛びだした優梨の分までそれを張る作業をしたために一足遅れたということだろう。それにしても鬼塚幽人はこれほど喋る人間だったとは意外だ、と珠美は現実逃避気味に思った。

「それで……秋人君は?」

「それなら大丈夫。今頃リムジンでぐっすり寝ながら自宅に強制送還されてるから」

「ふーん……えぇっ!?」

 秋人を心配する気持ちは何気なく放たれた衝撃的な一言で吹き飛んだ。もう、正直訳が分からない。

「『祓い人』って本当に何なの?」

「知る人ぞ知る、半分公務員みたいな仕事ね。報酬は完全歩合制。働き様によっては、とんでもない人物とコネクションを持ったりするわね」

 例えばリムジンっていう言葉が簡単に出るくらいですか。そう言いたくなるのを抑えるのに珠美は必死だった。

「だから人によっては、時効でない限り警察の捜査に介入することも可能。……ちょうど、そっち方面に優れた力を持つ知り合いがいるのよね」

 そう言う優梨の目が幾分か冷ややかなものになったことに珠美は気づかなかった。

 ――罪過は償うべきもの。逃れることなど許されない。





「はぁぁ…………また厄介なことになったわね」

 湯舟に浸かりながら優梨は今日一番の溜め息を着いた。彼女の悩みの種は今回の事件の中心である秋人――ではなく、珠美の方だった。

 本来なら今回での珠美の記憶は消しさるべきものだった。しかし、今回記憶を消したのは冬季と秋人だけ。それは何故か。――消すべきではない上、そもそも消せはしないのだ。

 顔を湯舟に沈めながら、優梨はあちらの世界で「蜘蛛の鬼」の言葉を思いだしていた。

 ――私は確かにあなた達に倒された。でも、残りカス程度の残骸があの娘のなかに残っていた。それもじきに消える程度のものよ。――でも、実際は消えることなく霊力が増幅し、あの娘に依存する形で存在できるようになった。それはなぜか。――あの娘もあなた達と同じくらい特異な存在だということ。だから、前のときにあなたが完全に粉砕したはずの記憶も不完全とはいえ残っていた。私がしたのはそれを繋ぎあわせただけ。多分、もう一度記憶を飛ばそうとしても意味はないと思うわ。それ以前に、止めておいた方がいい。この娘が生まれながら持っている霊力を狙う輩がいるかもしれないから。

(珠美に優れた霊力が? そんなことあるわけ……いやでも……ブクブク……)

「……ぶはああっ!」

 危うく窒息しかけた。顔を湯舟に突っこんだままじっくり考えるべきではないと、咳き込みながら優梨は反省した。





「ふふひ……はひゃっ……」

 独房の中で冬季は狂ったような笑みを浮かべていた。訳の分からないまま地獄のような世界に飛ばされ、化け物と化した義理の息子に殺されかけた。そいつと同年代の毛玉の男のおかげで戻ってこれた。が、すでに彼の心は壊れているに等しかった。

「――憐れなもんだな」

 その前に立つのは、影を体現したような黒衣を着た、その黒衣と同化して見えそうな長髪の男。幽人以上に陰険な目つきは不幸を撒き散らしそうな雰囲気すら感じさせる。

「やっぱり人間ってのは脆く憐れだな」

 呟きながら、男は冬季に右手を向ける。といっても、袖の先から伸びるそれは手としての形をしていなかったが。何本かの触手が絡まったような形のそれはもはや異形としか言いようがない。

「だからよ……」

 憐れむ表情を浮かべたのは一瞬。漆黒の瞳に狂気を滲ませ、狂笑を浮かべる。

「――お前も止めちまえ」

 その瞬間、黒い炎が冬季の足元から発生し、その体を消しさった。

 翌日、四ノ宮冬季が拘置支所から行方不明になったという記事が新聞に小さく載った。


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