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緋色の魂は二度、剣を握る ~人斬り令嬢の異世界無双~  作者: N


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第七十四話 光属性、最高位魔法

王都への侵攻から三日後だった。


大元の件について、ヴァレンシア侯爵から連絡が入った。


朝だった。


「面会を求めています。今日中に来られますか」


「参りますわ」とセバスチャンが返答した。


昼前に侯爵の屋敷に向かった。


父も同行した。


珍しかった。


父が自分から同行することを申し出た。


「俺も聞く必要がある」


それだけだった。


侯爵の応接間に通された。


侯爵がいた。


珍しい顔をしていた。


困惑と、何かを決めた顔が混じっていた。


「今日は急いで呼んだ。理由がある」


「どんな理由ですかしら」


「大元の件で、新しい情報が入った。王太子からではない。私の独自の情報網からだ」


「どんな情報ですかしら」


侯爵が書類を出した。


「見ろ」


受け取った。


読んだ。


魔法教会の最上位の記録だった。


「これは」


「魔法教会の総主教が、動いている」


「総主教が、直接ですかしら」


「そうだ。王都への魔物の侵攻は、総主教の指示で行われた可能性がある」


父が口を開いた。


「傍系の者と総主教が繋がっているということか」


「そうだ。傍系の者が資金を出し、総主教が魔物を動かした。その構図が見えてきた」


「魔物を動かせる総主教、ということですわね」


「暗属性の封印を推進してきた人間だ。しかし自ら暗属性に近い力を持っている可能性がある。あるいは、暗属性を持つ者を利用している」


「暗属性を封印しようとしながら、暗属性の力を使っているということですかしら」


「矛盾しているように見える。しかし考えてみれば分かる。封印したい理由は、暗属性が危険だからではなく、暗属性を自分たちだけが管理したいからかもしれない」


朱音は少し間を置いた。


「独占したいということですわね」


「そうだ。暗属性が王家に取り込まれれば、魔法教会の影響力が薄くなる。だから王太子との交渉を妨害しようとした」


「全部が繋がりましたわね」


「そうだ。傍系の者は立場を守るために動いた。総主教は影響力を守るために動いた。二つの目的が重なった」


父が言った。


「その総主教は、今どこにいるか」


「王都の郊外に、魔法教会の施設がある。そこにいると思われる」


「動く気か」


「王太子が動こうとしている。しかし」侯爵が少し間を置いた。「総主教が最後の手段を使う可能性がある」


「最後の手段とはなんですかしら」


「光属性の最高位魔法だ」


部屋が静かになった。


父が無言だった。


侯爵が続けた。


「総主教は光属性の使い手だ。しかし通常の光属性ではない。教会の儀式を通じて強化された光属性を持つ。最高位の魔法を放てる数少ない人間だ」


「最高位の光魔法の威力はどのくらいですかしら」


「この建物を消し飛ばせる」


「まあ」


「冗談ではない。王都の一区画を焼き払える出力だ。それを持つ人間が、追い詰められたと判断した時に何をするか」


「使いますかしら、民のいる場所でも」


「使うかもしれない。証拠から逃れるために。自分が消えるために。あるいは、道連れにするために」


父が立ち上がった。


「場所を教えろ。俺が行く」


「待ってください、お父様」


「何だ」


「光属性の最高位魔法は、剣で防げますかしら」


父が少し止まった。


「難しい」


「だから私が行きますわ」


「お前が行く理由は」


「暗が光を喰うことが、試作で確認されていますわ。刀に暗属性の魔力を乗せた状態で、光属性の魔法に接触させると、吸収される現象がありましたわ」


「試作の刀はまだ工房にある」


「ええ。しかし暗属性の魔力そのものが、光を吸収する可能性がありますわ。刀を媒介にしなくても」


「試したことがあるか」


「ありませんわ。しかし今日、試す理由ができましたわ」


侯爵が言った。


「ライナルト、エルシアを行かせることに同意するか」


父が朱音を見た。


長い間だった。


「条件がある」


「なんですかしら」


「俺も行く。お前の後方を俺が守る。光魔法が来た時に、お前以外が巻き込まれないようにする」


「お父様が光魔法を受けますかしら」


「受けないように動く。しかしお前が吸収に集中する間、周囲への対処は俺がやる」


朱音は父を見た。


条件だった。


一緒に行くという条件だった。


「承知しましたわ」


「レオンは」と侯爵が言った。


「光属性として、総主教の動きを読める可能性がある。連絡を入れてもいいか」


「お願いしますわ」


侯爵が動いた。


レオンへの連絡が入った。


一時間後、レオンが来た。


状況を説明した。


レオンが聞いていた。


「総主教の光魔法を、エルシアが喰う、ということか」


「試みますわ。成功するかどうかは分かりませんわ」


「俺も行く」


「理由を聞かせてくださいますかしら」


「光属性として、総主教の魔法の起動タイミングが読める可能性がある。光魔法が放たれる前の予備動作を、俺なら感知できるかもしれない」


「それは有効ですわ。来てくださいますかしら」


「来る」


全員が集まった。


父、朱音、レオン、黒薔薇六名、セバスチャン。


「今日は朱鬼を使いますわ。試作はまだ工房にありますわ」


「朱鬼で光を吸収できますか」と侯爵が聞いた。


「試作で確認した現象は、刀を媒介にしていましたわ。しかし今日は、刀だけに頼らず、自分の暗属性の魔力で直接吸収することを試みますわ」


「できるか」


「分かりませんわ。しかし試みますわ」


「もし吸収できなかった場合は」


「できる限り逃げますわ。しかしそれだけでは、後ろの民への被害が出ますわ」


「だから試みるということだな」


「ええ」


侯爵が書類を一枚出した。


「施設の構造図だ。事前に入手した」


全員が確認した。


施設は王都の郊外、南西の外れにあった。


外壁に囲まれた、大きな建物だった。


魔法教会の施設として、表向きは礼拝の場として使われていた。


しかし内部に、儀式の間がある。


その儀式の間で、総主教が最高位の魔法を準備している可能性があった。


「どのくらいの時間で準備できますかしら」


「分からない」と侯爵が言った。「しかし急ぐ必要がある。王太子の包囲が完成する前に、総主教が動く可能性がある」


「今日中に向かいますわ」


「そうなる」


準備を始めた。


セバスチャンが刀の在庫を確認した。


「朱鬼、問題ありません。朱シリーズ実戦用三振り、問題ありません」


「ありがとうございますわ」


マルガレーテが黒薔薇の準備を整えた。


レオンが剣を確認した。


父が地図を見ていた。


「施設への経路は三つある」と父が言った。「正面、西側の搬入口、南側の礼拝者用の入口だ」


「どこから入りますかしら」


「総主教が内部にいるなら、正面から入ることは難しい。準備している可能性がある」


「側面からですわね」


「俺が西側から入る。お前が南側から入る」


「また二手に分かれますわね」


「そうだ」


「レオンはどちらに」


「俺は南側から行く」とレオンが言った。「エルシアの側で、魔法の起動タイミングを読む。感知できれば、少し前に動けるかもしれない」


「ありがとう存じますわ」


「礼はいらない。俺も確かめたいことがある」


「なんですかしら」


「総主教が光属性の最高位魔法を持っているなら、同じ光属性として向き合いたい。光と暗の問題は、最終的には光属性の側が解決しなければならない部分がある」


「まあ」


「共存実験を続けてきた。しかし総主教のような者が光の名の元に動く限り、実験の意味が薄くなる。それは嫌だ」


レオンが真っ直ぐに言っていた。


相変わらずだった。


方向が変わった後のレオンは、まっすぐだった。


出発した。


王都の外壁を出た。


郊外の道を走った。


夏の空が上にあった。


青かった。


施設が見えてきた。


外壁に囲まれた、大きな建物だった。


近づくにつれて、魔力の気配があった。


光の気配だった。


強かった。


通常の光魔法の気配ではなかった。


「準備が始まっていますわ」と朱音は言った。


「感じた」とレオンが答えた。「光の密度が高い。儀式の間で魔力を集めている」


「どのくらいで完成しますかしら」


「分からない。しかし感じた瞬間から、時間がない可能性がある」


「急ぎますわ」


走った。


施設の南側に向かった。


南側の入口に着いた。


扉があった。


鍵がかかっていなかった。


開いていた。


「罠かもしれませんわ」


「可能性がある」とレオンが言った。「しかし入るしかない」


「ええ」


入った。


廊下があった。


石造りの廊下だった。


冷たかった。


光の気配が廊下の奥から来ていた。


強くなっていた。


走った。


廊下の奥に向かった。


扉があった。


大きな扉だった。


儀式の間だった。


扉を開けた。


中が光っていた。


白かった。


目が眩むような光だった。


中央に人物がいた。


白い装束だった。


老人だった。


手を広げていた。


上空に向かって、光の魔力を集めていた。


渦巻いていた。


光が渦巻いていた。


「来たか」


老人が言った。


振り返らなかった。


「止まれ」と言わなかった。


「来たか」とだけ言った。


「ええ、来ましたわ」


「遅かった。もう止められない」


「試みますわよ」


「試みるだけ無駄だ。これは最高位の光魔法だ。この世界で最も純粋な光の力だ。暗属性程度では」


「喰えるかどうか、やってみなければ分かりませんわよ」


老人が少し止まった。


振り返った。


白い髭があった。


深い皺があった。


しかし目が鋭かった。


朱音を見た。


「暗の令嬢か。噂より小さいな」


「まあ、十三歳ですから」


「十三歳で、ここに来たか」


「来ましたわ」


「恐れないのか」


「怖いですわよ」


「しかし来た」


「来ましたわ」


老人が再び前を向いた。


魔力の渦が大きくなっていた。


「間に合わない。もう解放される」


レオンが横に来た。


「総主教」


「誰だ」


「レオン・フォン・ルミナールです。光属性の使い手として、言います」


「言うな。光の名を語るな。お前は光を汚している」


「汚していません」


「暗と共存しようとする者が、光を語るな」


「共存が汚すなら、対立が正しいと言いますか」


老人が少し動いた。


「対立が、秩序だ」


「違います」


「違わない。光は光、暗は暗。分かれているから秩序がある。混ざれば、どちらも汚れる」


「今日、それが違うことを示します」


老人が笑った。


笑い声ではなかった。


表情だけが笑った。


「示す前に、終わる」


魔力の渦が完成に近づいていた。


レオンが朱音を見た。


「今だ。感知した。あと十秒で解放される」


「分かりましたわ」


朱音は暗属性の魔力を展開した。


最大限に展開した。


今まで使ったことのない規模で展開した。


影域展開が広がった。


儀式の間が暗くなった。


魔力の渦が、影域展開に触れた。


触れた瞬間に、変化があった。


試作で見た現象と同じだった。


しかし規模が違った。


試作で見た時は、小さな光魔法だった。


今回は、最高位の魔法だった。


喰えるかどうか、分からなかった。


(フィーナが屋敷で待っている)


(書きかけの手紙を、これからも書き続けられるように)


(見える人々の幸せを繋ぐために)


(今日はそのために、ここに来た)


暗属性の魔力を、さらに展開した。


光の渦に向かって、全力で展開した。


老人が驚いた声を出した。


「なにを」


「喰いますわよ」


光と暗が、接触した。


儀式の間が、白と黒が混ざった色になった。


どちらでもない色だった。


光が暗に喰われていた。


暗が光を喰っていた。


試作で見た現象が、規模を超えて起きていた。


老人が叫んだ。


「馬鹿な。最高位の光魔法が」


「まだ終わっていませんわよ」


限界に近かった。


喰い切れるかどうか、分からなかった。


しかし止めなかった。


レオンが横で光魔法を展開した。


「俺の光を使え」


「えっ」


「俺の光と、お前の暗を混ぜろ。共存実験で見た現象を、今ここで使え」


共存実験の結果があった。


光と暗は、条件次第で打ち消し合わず、共存できる。


しかし条件次第で、喰い合う。


今日の条件は、喰い合いではなく、共存だった。


レオンの光魔法が、朱音の暗属性の展開に混ざった。


混ざった瞬間、力が安定した。


暗だけでは喰い切れなかった光を、光と暗が混ざった力が喰い切った。


老人の魔力の渦が、縮んでいった。


縮んで、縮んで、消えた。


儀式の間が静かになった。


白と黒が消えた。


普通の石造りの部屋が残った。


朱音はその場に膝をついた。


消耗が来た。


全力展開の消耗だった。


今まで感じたことのない消耗だった。


「エルシア」とレオンが来た。


「大丈夫ですわ。少し休めば」


「無理するな」


「まあ、無理していませんわよ。消耗しているだけですわ」


老人が立っていた。


魔力が尽きていた。


魔力のない老人は、ただの老人だった。


しかし立っていた。


「喰われた」と老人が言った。


「ええ」


「最高位の光魔法が、暗属性に喰われた」


「光と暗が、一緒に喰いましたわよ」


老人がレオンを見た。


「お前が手を貸したのか」


「そうです」とレオンが言った。「光と暗は、共存できます。今日、それを示しました」


老人が長い間、黙っていた。


それから、床に膝をついた。


戦意ではなかった。


疲れだった。


力が尽きた者の、静かな降伏だった。


「若い者に、教えられたか」


老人が呟いた。


誰かに向けた言葉ではなかった。


自分に向けた言葉だった。


父が西側から来た。


施設の内部を制圧してきた様子だった。


儀式の間に入ってきた。


状況を確認した。


朱音が膝をついているのを見た。


来た。


横に来た。


何も言わなかった。


しかし横にいた。


「大丈夫ですわ、お父様」


「知っている」


「では心配していませんでしたかしら」


「していた」


「まあ」


「心配したが、信じていた」


「何をですかしら」


「お前が喰えると」


朱音は父を見た。


信じていた、という言葉だった。


前世では、誰かに信じていたと言われたことがなかった。


「ありがとう存じますわ」


令嬢語変換が来た。


来たが、変換前と同じだった。


セバスチャンが来た。


騎士団が施設の外を固めていた。


「全員制圧完了です。王太子殿下にも報告が入っています」


「ありがとうございますわ」


「朱鬼の状態を確認します」


「お願いしますわ」


セバスチャンが朱鬼を確認した。


「刃こぼれなし。消耗ゼロです」


「台帳に記録してくださいますかしら」


「承知しました」


儀式の間に、夏の光が窓から差していた。


光と暗が混ざった場所に、普通の光が差していた。


喰い合った後の、静かな光だった。


「レオン」


「なんだ」


「共存実験の続きをやりましたわね、今日」


「そうだな。実験室の外で、実際に使った」


「結果はどうでしたかしら」


「光と暗は、共存できる。今日それが証明された」


「まあ、よかったですわ」


「よかった」


レオンが少し笑った。


珍しかった。


レオンが素直に笑うことは、多くなかった。


しかし今日は笑った。


「今日の記録は、メルヒオールに送る」


「まあ、メルヒオールが喜びますわね」


「喜ぶだろうな。実験の最終結果として」


「まだ最終ではありませんわよ」


「そうか」


「共存のやり方が、まだ分かっていませんわ。今日は喰い合った結果として共存しましたわ。しかし喰わなくても共存できる方法が、これから分かるかもしれませんわ」


「続きがある、ということか」


「ええ」


「では実験の続きをやる」


「よろしくお願いしますわ」


立ち上がった。


膝が少し震えていた。


消耗が残っていた。


父が横にいた。


黙って横にいた。


施設の外に出た。


夏の空が上にあった。


青かった。


雲がなかった。


今日、光属性の最高位魔法を喰った。


喰えた。


喰い切るためにレオンの光が必要だった。


一人では足りなかった。


それが今日の結果だった。


一人ではなかったから、喰えた。


前世では一人だった。


今世では一人ではなかった。


それが全部の違いだった。


今日の空も、続いていた。

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