第七十三話 王都への侵攻
夏が来た。
王太子が傍系の者への対処を進めていた。
しかしある朝、その対処が止まった。
セバスチャンが朝食前に来た。
一回多いノックだった。
「報告があります」
「どうぞ」
「昨夜、王都の南区域で魔物の目撃情報が複数入りました」
「王都の中に魔物が入りましたかしら」
「正確には、王都の外壁付近です。しかし今朝の早い時間から、外壁を越えた可能性がある報告が増えています」
「種類は」
「グラウルとダークウルフです。北方で確認された種類と同じです」
北方と同じ種類だった。
「統率されていますかしら」
「情報が錯綜していて、まだ確認できていません。ただし王都に向かって移動しているという報告が複数あります」
「数は」
「確認できているだけで五十体以上です。実際はそれより多い可能性があります」
父が書斎から出てきた。
廊下で会った。
「聞いたか」
「ええ。南区域からですわね」
「北方から誘導されてきた可能性がある。動きが速すぎる。自然な移動では、王都まで来ない」
「誰かが動かしていますかしら」
「可能性が高い」父が地図を持っていた。「王都の防衛体制を確認する。騎士団に連絡を入れる」
「私は」
「お前も動く。ただし無闇に出るな。状況を把握してから動け」
「承知しましたわ」
父が動いた。
セバスチャンが残った。
「王太子殿下から連絡が入りました。エルシア様に協力を求めています」
「内容は」
「暗属性の力で、魔物の統率を乱せないかという問い合わせです」
「やってみると伝えてくださいますかしら。ただし保証はできませんわ」
「承知しました」
「ゴルドへの連絡は」
「今朝の段階では不要かと思いますが、刀の在庫を確認しました。朱鬼、朱シリーズ実戦用三振り、刃引き刀三振りが手元にあります」
「刃引き刀は今日は使いませんわ。朱鬼と朱シリーズの実戦用で動きますわ」
「承知しました」
マルガレーテが来た。
「黒薔薇の準備が整いました。何名同行させますか」
「六名でいいですわ。屋敷の守りに四名残してくださいますかしら」
「承知しました」
「フィーナに伝えてくださいますかしら。今日は屋敷にいてほしいと」
「はい」
「アルド兄に、フィーナが一人にならないよう頼めますかしら。昨日から王都に滞在していましたわよね」
「確認します」
全員が動いた。
朱音は部屋に戻った。
朱鬼を確認した。
いつもの重さだった。
腰に差した。
朱シリーズを背に負った。
鏡を見た。
今日の準備が整った自分が映っていた。
前世でも、こういう朝があった。
何かが来ることが分かっていて、準備をして、出る朝が。
前世との違いは、一人ではないことだった。
王都に向かった。
父と合流した。
騎士団の本部に立ち寄った。
隊長から現状の説明を受けた。
「南区域から西区域にかけて、魔物の群れが確認されています。現在の数は七十体以上です。外壁の一部を越えた可能性があります」
「越えた場所は特定できていますかしら」
「南西の外壁に、一箇所破損が確認されました。そこから入ったと思われます」
「王都の民は」
「避難誘導を始めています。しかし全員の避難には時間がかかります。一時間以上かかる見込みです」
「一時間、民が完全に避難するまでの時間ですわね」
「そうなります。その間、騎士団が食い止めます。しかし七十体以上を相手に、長時間は難しい状況です」
父が地図を見ながら言った。
「群れの先頭はどこだ」
「王都の南区域の中心部です。現在、騎士団の第一部隊が応戦中です」
「何名だ」
「三十名です。しかし後退しつつあります」
父が朱音を見た。
「群れを分断する。俺が北側から入って先頭を押さえる。お前が南側から入って後方を割れ」
「北方の時と同じですわね」
「そうだ。ただし今回は王都の中だ。建物がある。狭い場所がある」
「狭い場所は私が得意ですわ」
「知っている。だから南側を任せる」
「承知しましたわ」
「騎士団は側面を抑える。民の避難誘導を優先させる」
隊長が頷いた。
「承知しました。騎士団の第二部隊と第三部隊を側面に配置します」
全員が動いた。
南区域に入った。
魔物の気配があった。
前回より強かった。
七十体以上がいた。
気配が濃かった。
黒薔薇六名が後方を固めた。
「マルガレーテ」
「はい」
「建物の間を使いますわ。狭い場所に誘導します」
「承知しました。建物への誘導経路を確保します」
「屋根の上も使えますかしら」
「事前に確認しました。南区域の屋根は繋がっています。移動できます」
「よかったですわ」
群れが見えた。
大きかった。
七十体以上が動いていた。
しかし動き方が気になった。
統率されていた。
北方の時より、統率が強かった。
群れの中に、統率している何かがいる感覚があった。
「群れの中心に、統率しているものがいますわ」
セバスチャンが通信用の魔道具で聞いていた。
「確認できますか」
「感覚ですわ。しかし確かにありますわ」
「暗属性で確認できますか」
「試しますわ」
影域展開を薄く使った。
暗属性の魔力を、感知の方向で展開した。
群れの中に、何かが見えた。
魔力の流れだった。
魔物たちの動きを制御している、細い魔力の流れだった。
「見えましたわ」
「どこですか」
「群れの中心部。グラウルの集団の中に、ダークウルフが複数います。そのダークウルフが、魔力の中継点になっていますわ」
「中継点ということは、大元がどこかにいますか」
「もっと遠い場所に、大元がいますわ。しかし今は見えませんわ」
「ダークウルフの中継点を壊せば、統率が乱れますか」
「試す価値がありますわ」
群れの中に入ることを決めた。
一の構えを取った。
影踏みで動いた。
群れの外側から、内側に向かって踏み込んだ。
前世の路地での動き方だった。
建物の間を使った。
建物と建物の間に誘導しながら、群れを分断した。
前世の新選組との戦いで磨いた技術だった。
狭い場所に誘い込む。
一列にする。
一列になれば、一対一の連続になる。
朱の糸を使った。
一体目。
二体目。
三体目。
止まらなかった。
建物の間を縫って動いた。
七体制圧した時点で、群れが反応した。
ダークウルフが動いた。
中継点としての役割を持つダークウルフだった。
朱音を囲もうとした。
屋根に上った。
建物の屋根に上がることで、包囲を抜けた。
前世の京の屋根と、感触が違った。
京の屋根は瓦だった。
ここの屋根は石材だった。
しかし動き方の本質は同じだった。
屋根の上から、下の群れを確認した。
中継点のダークウルフが、五体いた。
群れの中心部に固まっていた。
影域展開を使った。
薄く広げた。
群れ全体に向けて展開した。
七十体以上が反応した。
動きが乱れた。
しかし中継点のダークウルフが、乱れを修正しようとした。
魔力を流して、群れを再統率しようとしていた。
その魔力の流れが見えた。
そこに向かって、屋根から飛んだ。
落下の速度に踏み込みの速度を加えた。
神速に近い速度になった。
中継点の一体目への三の構えを入れた。
倒れた。
魔力の流れが一箇所切れた。
群れの一部が乱れた。
続けて二体目に向かった。
ダークウルフが反応した。
速かった。
北方の時より速かった。
しかし前世の新選組より遅かった。
三連片手平突きが来た。
ダークウルフが片肢で突きを放っていた。
前世でトレースした技術だった。
人間から来た時に見切っていた技術だった。
一突き目の予備動作の瞬間に、足の向きが変わる。
ダークウルフには足がなかった。
肢の向きが変わっていた。
それを読んだ。
避けた。
二突き目が来る前に、三の構えで返した。
二体目が倒れた。
三体目。
四体目。
五体目。
中継点の全部を制圧した。
群れの統率が乱れた。
完全に消えたわけではなかった。
しかし方向性が失われた。
群れが散り始めた。
「セバスチャン、群れの統率が乱れましたわ。騎士団に伝えてくださいますかしら。今が好機ですわ」
「伝えます」
「父の状況は」
「北側から押さえています。群れの先頭が足止めされています」
「父と私で挟む形になりましたわね」
「そうなります。騎士団が側面から押し始めました」
三方向から同時に圧力がかかった。
群れが縮んでいった。
建物の間に追い込まれた群れは、狭い場所で動けなくなった。
前世の路地での戦術と同じだった。
狭い場所に誘い込めば、多数でも機能しなくなる。
制圧が進んだ。
一時間後、群れの全体が制圧された。
騎士団の報告が入った。
「七十三体、全員制圧。生存確認済みです」
「民への被害は」
「軽傷が三名。重傷者はいません。建物への被害が一部あります」
「よかったですわ」
父が来た。
「北側は終わった」
「南側も終わりましたわ」
「魔物の統率が乱れた。何かをしたか」
「中継点になっていたダークウルフを制圧しましたわ。暗属性で確認できましたわ」
父が少し頷いた。
「使えるな、その能力が」
「ええ。ただし大元がどこかにいますわ。中継点を消しただけですわ。大元は別の場所にいますわ」
「今日は見えなかったか」
「見えませんでしたわ。もっと遠い場所にいますわ」
「調べる必要がある」
「ええ。しかし今日は今日の仕事が終わりましたわ」
父が周囲を確認した。
制圧された魔物が、王都の南区域の通りに散らばっていた。
全員生きていた。
建物が一部破損していた。
民が三名軽傷だった。
「消耗は」
「朱鬼は問題ありませんわ。朱シリーズの一振りに刃こぼれがありましたわ」
「ゴルドへの発注は」
「セバスチャンが既に動いていると思いますわ」
「そうだな」
父が口の端を少し動かした。
笑ったのかもしれなかった。
セバスチャンへの信頼を、そういう形で示した。
「帰るか」
「ええ」
「フィーナは」
「屋敷にいますわ」
「そうか」
父が歩き始めた。
朱音も歩いた。
王都の南区域の通りを歩いた。
制圧された魔物を騎士団が管理していた。
民が少しずつ戻り始めていた。
前世の京の朝に似ていた。
戦いが終わった後の朝に似ていた。
しかし前世と違うものがあった。
隣に父がいた。
後方に黒薔薇がいた。
遠くでセバスチャンが動いていた。
屋敷でフィーナが待っていた。
全部が、前世にはなかったものだった。
王都の夏の空が、上にあった。
青かった。
今日も続いていた。




