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緋色の魂は二度、剣を握る ~人斬り令嬢の異世界無双~  作者: N


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第六十六話 救出

フィーナの救出から一週間が経った。


騎士団が建物の中の者たちを尋問していた。


結果が届いたのは、その日の夕方だった。


セバスチャンが報告を持ってきた。


「騎士団からの報告です」


「どんな内容でしたかしら」


「建物の中にいた者たちの大半は、魔法教会の強硬派の残党でした。直裁権行使で制裁を受けた八名の同調者たちです」


「フィーナを連れ去ることを指示した者は」


「一名、上位の指示を受けたと証言した者がいます。しかしその上位の者の名前を知らないと言っています」


「上位の者が誰かは分かりませんかしら」


「現時点では不明です。騎士団が引き続き調査しています」


「シュタルク家との関連は」


「直接の証拠は出ていません。建物で使われていた紙がシュタルク家と取引のある商会のものでしたが、それだけでは根拠として不十分です」


「伯父上にも共有してくださいますかしら」


「はい。すでにヴァレンシア侯爵に連絡しました。侯爵も独自に調べているとのことです」


「ありがとうございますわ」


報告が終わった。


しかし朱音の頭の中で、上位の者という言葉が残った。


建物の中の者たちに指示を出した、顔の見えない者がいた。


フィーナを連れ去ることを決めた者がいた。


その者がまだどこかにいた。



翌日、アカデミーに向かった。


久しぶりだった。


フィーナの件以来、アカデミーを休んでいた。


メルヒオールに事情を説明した手紙を送っていた。


返事は「戻れる時に戻ればいい。授業の記録は保管しておく」という内容だった。


メルヒオールらしかった。


廊下でレオンに会った。


「戻ったか」


「ええ。ご迷惑をおかけしましたわ」


「迷惑ではない。フィーナは」


「元気ですわよ。護身術の訓練を始めましたわ」


「それはよかった」


レオンが少し間を置いた。


「一つ、報告がある」


「なんでしょうかしら」


「父と話した」


「ルミナール公爵とですかしら」


「そうだ。フィーナの件について話した」


「どんな話を」


「フィーナを連れ去った者たちが、魔法教会の残党だということは、父も把握していた」


「そうですかしら」


「父は関与していなかった。しかし把握していた。それを父は認めた」


「把握していながら、動かなかったということですわね」


「そうだ」レオンが少し間を置いた。「父の言葉を伝える。直接言うべきことだと言っていたが、俺が代わりに来た」


「なぜ直接ではないのですかしら」


「父が直接謝ることに、意義を見出さなかったのかもしれない。あるいは、まだそこまで変わっていないのかもしれない」


「どちらだと思いますかしら」


「両方かもしれない」


「父上のお言葉を聞かせてくださいますかしら」


「知っていて動かなかったことを、謝罪はしない。しかし今後、同様のことが起きた場合には、早めに情報を共有する。それだけだ」


謝罪しない。


しかし今後は共有する。


「まあ」


「ルミナール公爵らしい言い方ですわね」


「そうだと思う。父は謝罪を言葉にすることが、苦手な人間だ」


「それはお父様に似ていますわ」


レオンが少し止まった。


「俺の父とライナルト公爵が似ているということか」


「感情を言葉にすることが苦手な点はですわ。ただし方向が違いますわ。お父様は剣で示しますわ。ルミナール公爵は法で示しますわ」


「なるほど」レオンが少し考えた。「方向が違うのに、似た不器用さを持っているということか」


「そうですわ」


「分かった気がする」


「お父様に伝えておきますわ。ルミナール公爵のお言葉を」


「伝えなくていい」


「なぜですかしら」


「父が直接言うべきことだと言っていた。俺が代わりに来たが、本来は父が来るべきことだった。ライナルト公爵に伝えることは、父が直接やることだ」


「では待ちますわ」


「待ってくれ」


レオンが立ち去った。


カインが来た。


「戻ったか」


「ええ」


「工房から報告がある」


「朱鬼の件ですかしら」


「違う。もう一方の試作だ。名前のない方の刀の試作が、三代目に入った」


「改良が進みましたかしら」


「保持時間の問題が、ほぼ解決した。鞘に収めることで五秒以内に消える。ゴルドが確認した」


「まあ、よかったですわ」


「ただし、もう一つ新しい問題が出た」


「なんでしょうかしら」


「刀身に流れる魔力が、切っ先に集中しすぎる現象がある。集中しすぎると、切っ先の温度が上がる」


「温度が上がる、とはどういう意味ですかしら」


「ミスリルが魔力を保持する性質を持っている。集中した魔力が熱に変換される可能性がある。通常の使用では問題ないが、大量の魔力を流した場合に切っ先が熱くなる」


「熱くなれば、触れた相手に火傷を与える可能性がありますわね」


「そうだ。意図しない攻撃が加わることになる」


「光を喰うことに加えて、熱を持つ刀になるということですかしら」


「可能性がある。ゴルドは制御できるかどうかを検討している」


「制御できれば、使える特性ですわ」


「制御できなければ、危険な特性だ」


「どちらになりそうですかしら」


「ゴルドが次の試作で確認する。二ヶ月後だ」


「承知しましたわ。引き続きお願いしますわ」


カインが戻った。


授業が始まった。


久しぶりの授業だった。


内容は変わっていなかった。


政治と歴史の講義だった。


教員が話していた。


朱音は聞きながら、頭の中で整理していた。


上位の者がいる。


顔が見えない。


王太子との交渉が続いている。


ドラクロワ家との同盟がある。


シュタルク家の提案が保留になっている。


ミスリルの試作が進んでいる。


全部が同時に動いていた。


前世では、こういう複数のことを同時に抱えることがなかった。


一人で一つのことをやっていた。


今は、複数のことを複数の人間と一緒に抱えていた。


重かった。


しかし前世の一つのことより、今の複数のことの方が、確かだった。


前世の一つは、どこかに繋がっていなかった。


今の複数は、全部が繋がっていた。


授業が終わった。


廊下を歩いた。


ガルドが来た。


「エルシア様、戻りましたか」


「ええ」


「剣術実技について、一点確認があります」


「なんでしょうかしら」


「今学期の騎士団との模擬戦の予定ですが、来月に設定する予定でした。延期しますか」


「延期しませんわ」


「フィーナの件の後で、体の状態は」


「問題ありませんわ。むしろ訓練が増えていますわ」


「そうですか」ガルドが少し止まった。「一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「今回の件で、何か変わりましたか」


朱音は少し考えた。


「変わったことと、変わらなかったことがありますわ」


「どちらが多いですか」


「変わらなかったことの方が多いですわ」


「変わらなかったこととは」


「守りたいものが見えていること、ですわ。それは変わっていませんわ」


ガルドが頷いた。


「来月の模擬戦、楽しみにしています」


「まあ、ガルドが楽しみにするとは珍しいですわね」


「弟子として、師匠の実力を確認することは当然です」


「逆ではないですかしら」


「逆ではありません」


ガルドが歩いていった。


相変わらずだった。


三年以上、変わらない関係だった。


アカデミーの窓から外が見えた。


春の終わりの空だった。


もうすぐ夏になる。


今年の夏に何が起きるかは分からなかった。


王太子との交渉が続く。


上位の者の正体が分かるかもしれない。


ミスリルの試作が進む。


全部が続いていた。


続いている間は、動き続ける。


それだけだった。


前世でも、続いている間は動いていた。


今も同じだった。


ただ今は、動く方向が見えていた。


見える人々の幸せを繋ぐ方向だった。


それだけが、前世との違いだった。


それだけで、十分だった。

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