表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋色の魂は二度、剣を握る ~人斬り令嬢の異世界無双~  作者: N


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/77

第五十五話 北方国境の報告

修正案が届く前に、別の報告が来た。


王太子との二度目の面会から四日後だった。


セバスチャンが朝食前に来た。


いつもより早かった。


「北方国境からの報告があります」


「北方ですかしら」


「はい。クロイツェル領の北、王国最北端の国境付近で、大規模な魔物の移動が確認されています」


「大規模、というのはどのくらいですかしら」


「詳細はまだ入っていません。しかし騎士団の北方駐屯隊から、本部への緊急報告として上がってきた情報です。クロイツェル家にも同時に連絡が入りました」


「お父様には」


「すでにお知らせしました。今朝の早い時間に届いた情報です」


「お父様はどちらにいらっしゃいますかしら」


「書斎です」


朱音は朝食を後回しにした。


書斎に向かった。


父が地図を広げていた。


机の上に王国北部の地図があった。


「報告を聞きましたわ」


「来たか」


「どのくらいの規模ですかしら」


「詳細はまだだ。しかし北方駐屯隊が単独で対処できないと判断した規模だ」


「単独で対処できない、というのは」


「百体を超える可能性がある」


百体。


クロイツェル領に来たグラウルの群れは、十数体だった。


桁が違った。


「お父様は北方に向かいますかしら」


「今日の夕方に出る予定だ」


「私も行きますわ」


父が朱音を見た。


「アカデミーは」


「今の状況が優先されますわ。メルヒオールに連絡を入れれば、事情を理解してくださいますわ」


「一人で判断するな」


「相談してから決めますわ。しかし私の意志はお伝えしておきますわ」


父が少し間を置いた。


「理由を言え」


「お父様が北方に向かいますわ。私が一緒に行く理由は、いくつかありますわ」


「全部言え」


「一つ目は戦力の問題ですわ。百体を超える可能性があるなら、お父様一人では足りないかもしれませんわ。二つ目は経験の問題ですわ。大規模な戦闘の経験が、私にはまだ少ないですわ。三つ目は」


止まった。


「三つ目は」と父が繰り返した。


「父と並んで戦いたいですわ」


令嬢語変換が来た。


しかし変換前とほぼ同じだった。


父が地図を見た。


長い沈黙があった。


「セバスチャンに準備を言え」


「承知しましたわ」


「今夜の出発に間に合わせろ」


「はい」


「一つ条件がある」


「なんでしょうかしら」


「俺の指示に従え。戦場では俺が決める」


「承知しましたわ」


「逆らうな」


「お父様の判断が間違っていた場合は言いますわ」


父が少し止まった。


「言え。しかし動きは俺の指示で動け」


「分かりましたわ」


書斎を出た。



準備が始まった。


セバスチャンが動いた。


「刀の在庫を確認します。朱鬼は携帯されますね」


「ええ。朱シリーズも何振りか持ちますわ」


「現在の実戦用は朱シリーズが十番刀から十三番刀の四振りです。朱鬼と合わせて五振りになります」


「それで行きますわ」


「試作は工房に置いたままになりますが」


「今回は持ちませんわ。まだ実戦段階ではありませんわ」


「承知しました」


マルガレーテが来た。


「黒薔薇から何名同行しますか」


「四名でいいですわ。屋敷の守りも必要ですわ」


「承知しました。今日の午後に選抜します」


「ありがとうございますわ」


フィーナが来た。


「エルシア様、北方に行くんですか」


「ええ」


「私は」


「屋敷にいてくださいますかしら」


「でも」


「フィーナ」


「はい」


「屋敷を守ることも、大事な仕事ですわよ」


フィーナが少し考えた。


「分かりました。でも絶対戻ってきてください」


「戻りますわ」


「約束ですよ」


「できる約束だけしますわよ」


「それは約束じゃないですよ」


「戻るために全力を尽くしますわ。それが私にできる言葉ですわ」


フィーナが黙った。


それから頷いた。


「分かりました」


母に報告した。


イレーナは地図を持っていた。


セバスチャンとは別の経路で、すでに情報を集めていた。


「北方の状況は、私の情報網でも確認できたわ」


「どんな情報が入りましたかしら」


「魔物の種類が分かったわ。グラウルだけではないようよ。別の種類が混じっているという報告が入っているわ」


「別の種類、とはどのような魔物ですかしら」


「ダークウルフという種類よ。グラウルより俊敏で、群れで連携する」


「連携する魔物ですかしら」


「そう。単純な群れではなく、組織的に動く可能性があるわ」


「それは厄介ですわね」


「お父様には伝えたの」


「今から伝えますわ」


「私が伝えるわ。あなたは準備を続けなさい」


母が書斎に向かった。


情報が足りていなかった部分が、母の情報網で補われていた。


前世では、こういう補い方がなかった。


一人で全ての情報を集めて、一人で判断していた。


今は補ってくれる人間がいた。


午後になった。


アカデミーに連絡を入れた。


メルヒオールへの書簡をセバスチャンが用意した。


返事が夕方に来た。


学業についての心配は不要との内容だった。


戦況の記録を持ち帰れるなら持ち帰ってほしいとも書いてあった。


「メルヒオールらしいですわ」


「記録への関心は一貫していますね」とセバスチャンが言った。


「カインへの連絡も入れてくださいますかしら」


「どんな内容でしょうか」


「北方に向かうことと、刀の状況を報告してほしいという連絡ですわ。戻ってから工房に寄りますわ」


「承知しました」


「ゴルドへも同じ内容でお願いしますわ」


「はい」


夕方、出発の準備が整った。


馬が五頭用意されていた。


父と朱音と黒薔薇四名の計六名だった。


荷物は最小限だった。


刀と食料と医療の基本的なものだけだった。


前世でも、荷物は最小限にしていた。


重いものは動きを遅くする。


動きが遅くなると、次の朝が来ない。


出発前に、祖母の部屋に行った。


「北方に行くのか」


「ええ」


「いつ戻る」


「分かりませんわ。状況次第ですわ」


「ライナルトと一緒か」


「ええ」


祖母が少し間を置いた。


「消えるなよ」


「消えませんわ」


「記録を続けている。戻ったら話せ」


「はい」


祖母の部屋を出た。


屋敷の前に父がいた。


馬に乗っていた。


朱音も馬に乗った。


腰に朱鬼があった。


背に朱シリーズが三振りあった。


「行くか」と父が言った。


「行きますわ」


馬が動いた。


北方に向かった。


王都を出た。


空が夜に向かっていた。


星が出始めていた。


前世でも、こういう夜があった。


夜に向かって動き出す夜が。


しかし前世は一人だった。


今は隣に父がいた。


黒薔薇四名がついていた。


屋敷にフィーナとセバスチャンとマルガレーテが残っていた。


前方に夜道が続いていた。


父が無言で走っていた。


朱音も無言で走った。


言葉が要らない時がある。


こういう時だった。


ただ走ることだけが、今この瞬間の全てだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ