第五十四話 条件をお聞かせいただけます?
二週間後、二度目の面会があった。
今回も王城の小会議室だった。
しかし今回は人数が違った。
王太子側に側近が一名加わっていた。
風属性の青年だった。
クロイツェル側には父と朱音に加えて、ヴァレンシア侯爵が同席した。
母が手配していた。
「条件の話し合いには、交渉に慣れた人間が必要よ」と母が言っていた。
「伯父上ですかしら」
「お兄様は交渉が得意よ。あなたのお父様は剣は得意だけれど、交渉は苦手だわ」
父が横にいた。
反論しなかった。
認めているということだった。
小会議室に入った。
前回と同じ席に座った。
王太子が口を開いた。
「前回の面会から二週間、考えていただけましたか」
「ええ」と朱音は答えた。「いくつか確認したいことがありますわ」
「どうぞ」
「条件をお聞かせいただけますかしら」
「こちらからお示しします」
王太子が側近に目配せした。
側近が書類を取り出した。
テーブルに置いた。
「こちらが王家としての提案です。持ち帰ってご確認いただいても構いません」
朱音は書類を手に取った。
読んだ。
いくつかの項目が書いてあった。
ヴァレンシア侯爵が隣から覗き込んだ。
静かに読んでいた。
項目を整理した。
一つ目。
エルシア・フォン・クロイツェルを、王家直属の特別顧問として任命する。
二つ目。
有事の際に、王家の要請に応じて協力する。ただし強制ではなく、エルシア側の判断を尊重する。
三つ目。
クロイツェル家への王家からの支援。具体的な内容は別途協議。
四つ目。
暗属性に関する王家の公式見解を、危険から有用へと変更する。これを公式文書として残す。
「四つ目が重要ですわ」
朱音は書類を置いて言った。
「暗属性の公式見解を変更することですか」とヴァレンシア侯爵が言った。
「ええ。一つ目から三つ目は、私個人とクロイツェル家への条件ですわ。しかし四つ目は、それ以上の意味がありますわ」
「どういう意味がありますか」とヴァレンシア侯爵が王太子に向かって言った。
王太子が答えた。
「王家が公式に暗属性を有用と認めれば、魔法教会の教義への対抗根拠になります。封印請願が再び出てきた場合の、最も強い抑止力になります」
「それは私のためではなく、王国全体への影響がありますわね」
「そうです。暗属性を持つ者が、エルシア様以外にもいる可能性があります。将来的に現れた場合の保護にもなります」
朱音は少し間を置いた。
「殿下は、私個人への条件と、それ以上の話を混ぜて提示しましたわね」
「分かりましたか」
「四つ目だけが、私個人を超えた話ですわ。一つ目から三つ目は私への条件ですわ。四つ目は、暗属性そのものへの条件ですわ」
王太子が少し笑った。
「正確です」
「なぜ混ぜましたかしら」
「分けて提示すれば、四つ目を切り離して考えることができます。しかし混ぜれば、一つの取引として考えていただける」
「四つ目を切り離してほしくなかったということですわね」
「そうです」
「なぜですかしら」
「四つ目だけを単独で提示すれば、王家が一方的に暗属性の見解を変更することになります。しかしこちらが何かを得る形でなければ、内部の反発が大きくなります」
「一つ目から三つ目が、四つ目の対価として機能するということですわね」
「そうです。王家がクロイツェル家から何かを得る形であれば、暗属性の見解変更も内部で通しやすくなります」
朱音はヴァレンシア侯爵を見た。
侯爵が小さく頷いた。
論理として正しいという評価だった。
「では私から条件をお聞かせいただけますかしら」
「もちろん」
「一つ目ですわ。特別顧問という立場について、具体的な業務内容を明確にしてほしいですわ。曖昧な立場では、都合よく使われる可能性がありますわ」
「承知しました。具体的な業務内容のリストを作成します」
「二つ目ですわ。有事の際の協力について、有事の定義を明確にしてほしいですわ。定義が曖昧だと、何でも有事として扱われる可能性がありますわ」
「定義を書面で確認します」
「三つ目ですわ。クロイツェル家への支援の具体的な内容を、先に決めてほしいですわ。後から決めると、こちらが不利になる可能性がありますわ」
ヴァレンシア侯爵が口を開いた。
「支援の内容については、私が協議に加わらせていただきたいと思います。ヴァレンシア家として、交渉をお手伝いします」
王太子が侯爵を見た。
「ヴァレンシア侯爵の参加は、歓迎します」
「四つ目ですわ」
「なんでしょう」
「暗属性の公式見解の変更について、時期を明確にしてほしいですわ。合意してから何年後になるかを書面で確認したいですわ」
「一年以内を目標にしています」
「目標ではなく、約束にできますかしら」
王太子が少し止まった。
「約束、というのは」
「できなかった場合の対応を含めた約束ですわ。一年以内にできなかった場合、何が起きるかを決めておきたいですわ」
「それは」王太子が側近と目配せした。「検討が必要です」
「検討してくださいますかしら。今日の答えでなくて構いませんわ」
「分かりました」
父が口を開いた。
「もう一つある」
王太子が父を見た。
「なんでしょうか」
「道具にしないという約束が、書面に残るか」
王太子が少し間を置いた。
「前回、エルシア様がおっしゃった言葉ですね」
「そうだ」
「書面に残すことは」王太子が考えた。「道具にしないという言葉を、どう表現するかが問題になります。法的な文書として残せる表現を探す必要があります」
「表現の問題は、そちらが解決しろ。残すかどうかの問いだ」
王太子が父を見た。
直球だった。
父は常にそうだった。
「残します」
「約束か」
「約束です」
父が頷いた。
それだけだった。
ヴァレンシア侯爵が話を整理した。
「本日の確認事項を整理します。一つ目、特別顧問の業務内容の明確化。二つ目、有事の定義の明確化。三つ目、クロイツェル家への支援内容の事前決定。四つ目、暗属性見解変更の約束と期限。五つ目、道具にしないという約束の書面化。この五点について、次回の面会までに王家側から提案をいただきたいと思います」
「承知しました」と王太子が言った。「二週間後に、修正案をお持ちします」
「よろしいですわ」と朱音が言った。
面会が終わった。
廊下に出た。
ヴァレンシア侯爵が朱音の横に来た。
「よく整理していた」
「伯父上の助けがあってのことですわ」
「俺は三つ目しか言っていない。あとはお前が出した条件だ」
「まあ」
「道具にしないという書面化は、お前の父親が出した。あの一言が、今日一番重かった」
朱音は父の背中を見た。
父が前を歩いていた。
「お父様らしいですわ」
「そうだな。ライナルトは言葉が少ないが、出す言葉は重い」
「ええ」
「王太子はどう見た」
「頭が動く人間ですわ。しかし正直でもありますわ」
「正直と頭が動くことは、同時には珍しい」
「ええ。正直に見せることが、頭が動く人間の戦略かもしれませんわ。あるいは本当に正直なのかもしれませんわ」
「どちらだと思う」
「両方かもしれませんわ。正直であることが、自分にとって有利だと計算している可能性がありますわ。しかし計算の上での正直も、正直ですわ」
侯爵が少し笑った。
「それは俺の考え方と同じだ」
「伯父上もそういう考え方ですかしら」
「情報の仕事をしていると、そうなる。正直であることにも、戦略がある」
馬車に乗った。
クロイツェル家に向かった。
馬車の中で、父が言った。
「道具にしないという言葉を、書面にさせた」
「ええ、ありがとう存じますわ、お父様」
「礼はいらない。当然のことだ」
「当然のことを、当然にやってくださいましたわ」
父が少し間を置いた。
「当然のことが当然にできない場面がある。そういう場面では、言葉にする必要がある」
「ええ」
朱音は窓の外を見た。
王都の春の景色が流れていた。
(また同じ言葉だった)
(力が必要だという言葉)
(しかし今日は、条件を出せた)
(道具にしないという書面を求めた)
(前世では、そんな書面を求めることができなかった)
(求める言葉すら、持っていなかった)
(今は違う)
(言葉がある)
(言葉を使える場所がある)
(言葉を一緒に出してくれる人間がいる)
馬車が走った。
二週間後、修正案が来る。
それを見て、また考える。
決めるのは、その先だった。
しかし今日、方向が見えてきた。
道具にならない形での協力。
それが可能かどうかを、これから確かめる。
可能であれば、進む。
不可能であれば、断る。
どちらもできる。
それで十分だった。




