第五十一話 暗が光を喰う、初めて
二ヶ月後、工房に向かった。
冬になっていた。
道に霜が降りていた。
馬の息が白かった。
カインが工房の前にいた。
今日も徒歩で来ていた。
「寒いですわよ」
「知っている」
「馬車を」
「いらない」
三年以上変わらなかった。
これからも変わらないと確信した。
工房に入った。
暖かかった。
炉の熱が工房全体を温めていた。
ゴルドが作業台の前にいた。
今日は布が掛かっていなかった。
試作がそのまま置いてあった。
「改良が終わったか」
「見ろ」
近づいた。
試作を見た。
前回と形は同じだった。
しかし鞘が変わっていた。
色が違った。
前回は黒い鞘だった。
今回は、黒の中に細い銀色の線が走っていた。
「鞘が変わっていますわね」
「カインの設計だ」
カインが説明した。
「鞘の内側に、ミスリルと反応する素材を薄く貼った。刀身を収めた時に、魔力が鞘の内側の素材に移行して、外側で散る設計だ」
「機能しましたかしら」
「試してみなければ分からない。今日が最初の確認だ」
「では試しますわ」
試作を受け取った。
軽さは変わっていなかった。
「精度の問題と保持時間の問題は」
「精度の問題は、柄頭の素材を変えた」とカインが言った。「前回より重心を後ろに少し移した。切っ先への重みが減った分、軌道の制御がしやすくなっているはずだ」
「保持時間は」
「鞘の改良で解決するかもしれない。鞘に移行する速度によっては、刀身の保持時間が短くなる可能性がある」
「確認しますわ」
外に出た。
冬の空気が顔に当たった。
今日は巻藁を用意していた。
まず精度の確認をした。
一の構えから三の構えまでを流した。
前回より精度が上がっていた。
「改善されていますわ」
「どの程度」
「前回は二割落ちていると言いましたわ。今回は一割程度ですわ。慣れれば解消できる範囲ですわ」
「よし」とゴルドが言った。
「突きを試しますわ」
巻藁に向かって刺突した。
切っ先が正確に刺さった。
前回と同じだった。
「突きは問題ありませんわ」
「では魔力の確認をしろ」
魔力を流した。
刀身が変化した。
前回と同じ、切っ先から黒が広がり始めた。
全体に広がった。
「止めますわ」
魔力を止めた。
今回は、鞘に収めた。
全員が鞘を見た。
銀色の線が、僅かに光った。
一瞬だった。
光が消えた。
刀身を確認するために、鞘から抜いた。
黒が、ほとんど消えていた。
「速いですわ」
「鞘に収めることで、魔力が移行して散った」とカインが言った。「どのくらいで消えたか」
「鞘に収めてから、五秒も経っていませんわ。前回は一分でしたわ」
「改良が機能した」
ゴルドが頷いた。
「鞘の素材が、魔力を引き取った」
「素晴らしいですわ」
「もう一度試せ」とゴルドが言った。「今度は魔力を流したまま、鞘に収めずに保持した場合の時間を確認する」
「収めない場合ですかしら」
「戦闘中に鞘に収める余裕がない場合の確認だ」
「承知しましたわ」
魔力を流した。
全体に染まるまで待った。
染まった後、魔力を止めた。
鞘には収めなかった。
計測した。
三十秒。四十五秒。一分。
一分で消えた。
「鞘に収めない場合は前回と同じ一分ですわ。鞘に収めた場合は五秒以下ですわ」
「つまり戦闘後に鞘に収めれば、問題が解消する」とカインが言った。
「戦闘中に鞘に収める余裕がない場合は、一分間は魔力が残りますわ。その一分間をどう扱うかが問題になりますわ」
「影域展開と組み合わせれば、一分間は問題にならない可能性がある」とカインが言った。
「どういう意味ですかしら」
「影域展開で自分の存在を隠せば、魔力が残っていても周囲から見えにくくなる。一分間、影域展開を維持できれば、魔力が残っていることが問題にならない」
「一分間の影域展開は消耗しますわ」
「どのくらいの消耗か」
「今の私なら問題ない程度ですわ。一年前なら少し重かったかもしれませんわ」
「体の成長で解消できる問題だ」
「ええ」
ゴルドが言った。
「三つの問題のうち、今日で二つが解決した。精度の問題は慣れで解消できる。鞘の問題は改良で解消した。保持時間の問題は運用で対応できる」
「実用段階に入れますかしら」
「今日の確認次第だ。もう一つ確認したいことがある」
「なんでしょうかしら」
「光属性の魔法に対して、この試作がどう機能するかだ」
「光を喰う実験ですかしら」
「そうだ。暗属性の魔力を試作に乗せた状態で、光属性の魔法を受けた場合に何が起きるかを確認したい」
「レオンに頼む必要がありますわね」
「今日来ているか」
「声をかけていませんでしたわ」
「では次回でいい」
「いいえ」とカインが言った。
「なぜですかしら」
「今日確認した方がいい。実用段階に入れるかどうかの判断に、その確認が必要だ」
「レオン様を呼べますかしら。今日のうちに」
「セバスチャンに頼めば連絡できる」
朱音はセバスチャンに連絡を入れた。
セバスチャンが動いた。
三十分後、レオンが馬で来た。
「急に呼んで申し訳ありませんわ」
「構わない。何があるんだ」
「光属性の魔法を、この試作に向けて欲しいのですわ」
「この刀に向けて?」
「暗属性の魔力を乗せた状態で、光を受けた場合に何が起きるかを確認したいですわ」
レオンが試作を見た。
「分かった。どのくらいの出力で」
「最初は弱くお願いしますわ。段階的に上げていきますわ」
「承知した」
準備を整えた。
朱音が試作に魔力を流した。
刀身が黒く染まった。
レオンが光属性の魔力を剣に集めた。
薄く光る剣だった。
二つが向かい合った。
光と暗が向かい合った。
「当ててくださいますかしら」
「行く」
レオンが光の魔力を解放した。
弱い出力だった。
光が試作に向かった。
試作に当たった瞬間、変化があった。
光が、試作の刀身に吸収された。
消えた。
光が消えた。
弾かれたのではなかった。
吸収された。
「吸収しましたわ」
「見えた」とレオンが言った。「光が刀身に吸い込まれた」
「もう一度、今度は少し強くお願いしますわ」
「行く」
二度目の光が来た。
今度は少し強かった。
刀身が吸収した。
しかし完全には吸収できなかった。
余った光が、周囲に散った。
「吸収量に限界がありますわ」
「そうだな。どのくらいが限界だ」とカインが言った。
「もう一段階上げてみますわ」
「行く」
三度目の光が来た。
さらに強かった。
刀身が吸収しようとした。
しかし限界を超えた。
刀身から、黒い何かが散った。
暗属性の魔力が、吸収しきれなかった分と一緒に外に出た。
「逆流しましたわ」
「逆流」とゴルドが繰り返した。
「吸収しきれなかった光と、私の暗属性の魔力が混じって外に出ましたわ」
「混じった場合、何が起きるかを見ていた」とカインが言った。「黒い何かが散った。周囲に影響は出たか」
全員が周囲を見た。
地面に、黒い跡があった。
暗属性の魔力が地面に触れた跡だった。
草が一部、変色していた。
「まあ」
「攻撃的な使い方になる可能性がある」とカインが言った。
「意図しない攻撃だったですわよ」
「意図しないことが問題だ。制御できない形で外に出た」
「ええ」
レオンが言った。
「光を喰う、ということか」
「そうなりますわね。吸収できる範囲では喰う。限界を超えると逆流する」
「制御できれば、光属性の魔法を無効化できる」
「制御できればですわ。今日の段階では制御できていませんわ」
「しかし可能性があるということだ」
ゴルドが言った。
「今日の確認で分かったことが三つある」
「なんでしょうかしら」
「一つ目、弱い光属性の魔法は吸収できる。二つ目、強い光属性の魔法は限界を超えて逆流する。三つ目、逆流した場合に暗属性の魔力が意図せず外に出る」
「三つ目が問題ですわね」
「制御の問題だ」とカインが言った。「吸収量の限界を、エルシアが感知できるようになれば、限界を超える前に別の対処ができる」
「限界を感知する、というのは具体的にはどうすればいいですかしら」
「分からない。試してみるしかない」
「まあ」
「しかし今日の確認で、方向が見えた。暗が光を喰う可能性が、試作で確認できた」
朱音は試作を見た。
刀身の黒がまだ少し残っていた。
鞘に収めた。
銀色の線が光った。
五秒で消えた。
「名前が見えてきましたわ」
「今日決めるか」とゴルドが言った。
「まだですわ。しかし近いですわ」
「どんな名前を考えているか」
「暗が光を喰う刀ですわ。そういう名前になりますわよ」
「光喰い、か」
「まだ確定ではありませんわ」
「いい名前だ」とレオンが言った。
「まあ、光属性の方がそうおっしゃいますの」
「光を喰われる側として言っている。それだけ、今日見た現象が印象的だったということだ」
カインが手帳を閉じた。
「今日の記録を整理する。ゴルドと次の改良を話し合う」
「改良が必要ですかしら」
「吸収量の限界を感知しやすくするための改良が必要かもしれない。刀身に何らかのフィードバックを組み込めるかどうかを検討する」
「フィードバックとはどういう意味ですかしら」
「限界に近づいた時に、持ち手が感じられる変化を設計する。刀身が振動するとか、温度が変わるとか」
「振動や温度の変化をミスリルで作れますかしら」
「分からない。試してみる」
いつもの答えだった。
分からない。試してみる。
それがカインとゴルドのやり方だった。
試すことでしか分からないことがある。
前世では、試す余裕がなかった。
今は試せる。
「では次の確認の時に」
「二ヶ月後だ」とゴルドが言った。
「承知しましたわ」
工房を出た。
外が暗くなっていた。
冬の日暮れは早かった。
レオンが馬の準備をしていた。
「今日、面白いものを見た」
「光を喰われましたわね」
「喰われた。しかし悔しいとは思わなかった」
「なぜですかしら」
「喰われることで、何かが分かった。光と暗がどう作用するかが、実験よりも具体的に見えた」
「共存実験では打ち消し合わなかったですわね」
「ああ。しかし今日は、喰うという現象が起きた。条件によって違うということだ」
「ええ」
「光と暗は、条件によって共存し、条件によって喰い合う。単純に対立するわけでも、単純に共存するわけでもない」
「複雑ですわね」
「複雑だから面白い」
レオンが馬に乗った。
「また呼んでくれ。こういう実験は、続けた方がいい」
「ええ、ありがとう存じますわ」
「礼はいらない。俺も得るものがある」
レオンが走り去った。
朱音も馬に乗った。
腰に朱鬼があった。
試作は工房に残っていた。
次の改良を待っていた。
暗が光を喰う刀。
名前はまだ決まっていなかった。
しかし今日、その刀が何をするかが見えた。
見えた上で、名前が近づいてきた。
もう少し先で、分かるかもしれなかった。
馬が走った。
冬の夜道を走った。
新しい刀が、少しずつ形になっていた。




