表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋色の魂は二度、剣を握る ~人斬り令嬢の異世界無双~  作者: 翡翠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/77

第五十話 漆黒の刀身

一ヶ月後、工房に向かった。


秋だった。


空が高かった。


馬で走ると、空気が冷たかった。


カインが工房の前で待っていた。


今日も徒歩で来ていた。


「相変わらずですわね」


「問題ない」


「寒くなりましたわよ」


「慣れている」


「馬車を」


「いらない」


諦めた。


三年間、変わらなかった。


これからも変わらないだろうと思っていた。


工房に入った。


ゴルドが作業台の前にいた。


今日は何かを持っていた。


布が掛かっていた。


前回と同じ光景だった。


「来たか」


「来ましたわ」


「試作ができた」


「一ヶ月で」


「予定通りだ」


ゴルドが布を外した。


短い刀が置いてあった。


脇差しの寸法だった。


刃渡りが一尺五寸ほどだった。


朱鬼の半分強だった。


刀身の色が、朱鬼より青みが強かった。


純ミスリルに近い構成にした分、ミスリルの色が濃く出ていた。


「青いですわね」


「純ミスリルに近い構成だから、色が出る。朱鬼の複合構造とは違う」


「手に取っていいですかしら」


「取れ」


受け取った。


軽かった。


朱鬼より軽かった。


朱鬼でも驚いたが、これはさらに軽かった。


「まるで持っていないようですわ」


「問題があるか」


「重さの感覚が全くありませんわ。これで相手に刺さるのかと不安になりますわ」


「ミスリルの硬度は変わらない。軽くても切れ味は落ちない」とカインが言った。


「頭では分かりますわ。しかし手の感覚がついてこないですわ」


「慣れるか、慣れないかを確認するために試作がある」


「そうですわね」


柄を握り直した。


重心の位置を確かめた。


「重心が切っ先寄りですわね」


「突きに特化した設計だ。切っ先に重心を置いた」


「刃の角度は」


「見てみろ」とゴルドが言った。


刃を見た。


鋭かった。


朱鬼より鋭かった。


切っ先の角度が、朱鬼と明らかに違った。


刺突に向いた形状だった。


「まあ、鋭いですわね」


「突きに特化した分、斬ることには向かない。横に振るうと刃の当たり方が変わる」


「実際に振ってみますわ」


外に出た。


今日は巻藁を用意していなかった。


まず素振りから確認することにした。


一の構えを取った。


軽すぎた。


構えた時の感触が、朱鬼と全く違った。


「構えが安定しませんわ」


「どこが問題だ」とカインが言った。


「重さがないから、力の加減が分からないですわ。刀の抵抗がないから、構えを保つ筋肉の使い方が変わりますわ」


「筋肉の使い方が変わる、というのは」


「通常の刀は、持っている重さと戦いながら動く。この刀は重さがないから、戦う相手がいないですわ。力を入れすぎると、思った以上に動いてしまいますわ」


カインが手帳にメモした。


「制御の問題か」


「ええ。精密な動きには向いているかもしれませんわ。しかし力加減の習得が必要ですわ」


踏み込んでみた。


速かった。


刀が軽い分、踏み込みの速度がそのまま刀の速度になった。


余分な重さがないから、踏み込みの力が刀に全部伝わった。


「速いですわ」


「予想通りか」とゴルドが言った。


「予想より速いですわ。三段構えを流した時、どうなるか試してみますわ」


一の構えから三の構えまでを流した。


速かった。


朱鬼より速かった。


しかし制御が難しかった。


軽い分、軌道がずれやすかった。


「軌道の精度が落ちますわ」


「どの程度」


「今は二割ほど落ちていると感じますわ。慣れれば戻るかもしれませんわ。しかし慣れるまでの時間が問題ですわ」


カインがメモした。


「速さと精度のトレードオフだ。軽くすることで速くなるが、精度が落ちる」


「突きに使う分には、精度の問題は小さいかもしれませんわ。突きは軌道がシンプルですわ」


「試してみるか」


「はい」


突きを試した。


壁の前に立って、架空の点に向かって刺突した。


速かった。


切っ先への重心の設定が、刺突に効いていた。


自然に切っ先が前に向かった。


「突きは合っていますわ」


「そうか」とゴルドが言った。


「切っ先が勝手に前に向かいますわ。重心の設定が正しいですわ」


「カインの案通りだ」


カインが少し頷いた。


感情の少ない頷き方だった。


しかし満足していることが分かった。


「次に魔力を流してみますわ」


「待て」とゴルドが言った。


「何かありますかしら」


「その前に確認したいことがある。朱鬼に魔力を流した時、刀身の模様に沿って黒が走った」


「ええ」


「この試作は、ミスリルの構成が違う。複合構造ではなく、純ミスリルに近い。模様の出方が違う可能性がある」


「どう違うと思いますかしら」


「分からない。だから確認したい。流し始めから止めるまで、全部観察する」


「承知しましたわ」


三人が試作を見た。


朱音が魔力を流した。


ゆっくりと、少量から流した。


刀身が変化した。


朱鬼と違った。


模様に沿って走るのではなかった。


刀身全体が、均等に黒く染まった。


しかし染まり方が段階的だった。


切っ先から柄に向かって、黒が広がった。


切っ先が最初に染まり、次第に柄の方向に広がった。


「広がり方が違いますわ」


「切っ先から広がる」とカインが言った。「重心の位置と関係しているかもしれない。重心が切っ先寄りだから、魔力もそこに集まりやすい」


「全部染まるまでどのくらいかかるか」


「今のペースで流し続ければ、十秒ほどかかると思いますわ」


「朱鬼より遅い」


「ええ。全体に広がるまでに時間がかかりますわ」


魔力を少し増やした。


広がりが速くなった。


刀身全体が黒に染まった。


完全に染まった刀身を見た。


「朱鬼より黒いですわ」


「純ミスリルに近い分、魔力の保持量が多い可能性がある」とカインが言った。


「止めてみますわ」


魔力を止めた。


しかし刀身の黒が、なかなか消えなかった。


十秒が経った。


まだ消えなかった。


三十秒が経った。


まだ薄くなっていたが、残っていた。


一分が経った。


ようやく消えた。


「一分ですわ」


三人が沈黙した。


「朱鬼の三十秒より長い」とカインが言った。


「保持量が多い分、抜けにくい」


「これは問題になりますかしら」


「場合による」とゴルドが言った。「戦闘中は問題にならないかもしれない。しかし戦闘が終わった後、一分間は魔力が残る。その間に別の問題が起きる可能性がある」


「魔力が残っている状態で、誰かに見られた場合ですわね」


「そうだ」


「審問の時のような状況で、制御できていないと判断される可能性がある」


「その通りだ」


朱音は試作を見た。


まだ完全に消えていたが、今は普通の青みがかった刀身に戻っていた。


「改良できますかしら」


「試みる余地はある」とカインが言った。「鞘の素材を変えて、収めた時に魔力が吸収される設計にする可能性を考えている」


「鞘が魔力を吸収するということですかしら」


「ミスリルとは反応する素材を鞘に使う。収めた時に魔力が鞘に移行して、外側で散る設計だ。ただし試したことがない」


「試みる価値はありますわ」


「次の試作で試す」


ゴルドが言った。


「今日の確認で、問題点が三つ出た」


「精度の問題、保持時間の問題、鞘の問題ですわね」


「そうだ。一つずつ解決していく。急がない」


「次の試作はいつになりますかしら」


「二ヶ月後だ」


「承知しましたわ」


「名前は決めないのか」とゴルドが言った。


「まだですわ。もう少し使ってから決めますわ」


「今日の感触は」


「突きに合っていましたわ。速さも想定以上でしたわ。問題点は三つありましたが、全部解決できる問題ですわ」


「では見込みがあるということだ」


「ええ」


ゴルドが試作を布で包んだ。


「次まで預かる。改良する」


「お願いしますわ」


カインが手帳を閉じた。


「今日の記録を整理する。問題点の解決策をゴルドと話し合う」


「よろしくお願いしますわ」


工房を出た。


外が夕方になっていた。


馬に乗った。


屋敷に向かった。


腰に朱鬼があった。


新しい刀は、まだ工房にあった。


しかし試作の感触が手に残っていた。


軽かった。


切っ先が前に向かった。


黒が切っ先から広がった。


まだ名前がなかった。


使ってみてから決める。


そう言っていた。


前世では、刀に名前をつけることがなかった。


今世では、朱鬼に名前をつけた。


次の刀にも名前をつける予定だった。


使ってみてから、名前が分かる。


その感覚が、前世にはなかった感覚だった。


刀を、使い込みながら知っていく。


知っていく過程で、名前が見えてくる。


ゴルドとカインが、その過程に一緒にいた。


悪くなかった。


馬が走った。


秋の空の下を走った。


新しいことが、また始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ