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緋色の魂は二度、剣を握る ~人斬り令嬢の異世界無双~  作者: N


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第四十九話 カインからの呼び出し

あれから、三年が経った。


エルシアは十三歳になっていた。


体が変わっていた。


六歳で記憶が戻った時、この体では何もできないと思っていた。十歳で最初の実戦をした時、まだ足りないと思っていた。


十三歳になった今、前世の七割に近づいていた。


七割では足りない。しかし七割あれば動ける。


そのことは、十歳の時から変わっていなかった。


朱鬼は手に馴染んでいた。


三年間、使い込んだ。


刃こぼれが出たことは一度もなかった。


グラウルの外皮に当たっても出なかった。


不法侵入者の対応でも出なかった。


ゴルドの判断は正しかった。


セバスチャンの台帳に、消耗ゼロという記録が続いていた。


しかし鞘は消耗した。


二代目の鞘に替わっていた。


刀身が消耗しない分、鞘への負担が増えた。ゴルドが想定していなかった点だった。三代目の鞘からは、素材を強化した設計に変えた。



三年間で、アカデミーの状況も変わっていた。


レオンは十四歳になっていた。


アカデミーを卒業して、ルミナール家の後継者として本格的な活動を始めていた。


しかしアカデミーに来ることがあった。


剣術の研究会という名目で、月に一度来ていた。


研究会の実態は、光と暗の共存実験の継続だった。


メルヒオールが承認していた。


記録が積み重なっていた。


カインは十三歳になっていた。


平民枠の学生として、成績が特級相当と認定されていた。


ゴルドの工房での経験が、魔法理論と剣術の両方に反映されていた。


フィーナはマルガレーテから護身術を習っていた。


一年経った頃から、暗器の扱いも習い始めていた。


フィーナ本人の希望だった。


マルガレーテが最初は渋ったが、フィーナが引かなかった。


珍しかった。



その朝、カインから手紙が来た。


短い手紙だった。


放課後、工房に来られるか。ゴルドと話したいことがある。エルシアも来てほしい。


カインが呼び出すことは珍しかった。


いつもは朱音が工房に行く形だった。


カインから来てほしいという手紙が来ることは、この三年間で初めてだった。


「セバスチャン、放課後に工房に行けますかしら」


「予定を確認します」


セバスチャンが手帳を開いた。


三年間で、セバスチャンは二十歳になっていた。


背が伸びた。


しかし姿勢の正しさと、几帳面な手帳の字は変わっていなかった。


「放課後は空いています。監視の状況も問題ありません」


「ありがとうございますわ」


「お供はどうしますか」


「マルガレーテに一名頼みますわ。黒薔薇の全員は要りませんわよ」


「承知しました」


アカデミーに向かう馬車の中で、フィーナが言った。


「カイン君から呼ばれるの、珍しいですね」


「ええ」


「何があるんでしょう」


「工房で話したいことがあると書いてありましたわ。詳細は来てから分かりますわ」


「楽しみですね」


「そうですかしら」


「なんか大事な話がありそうじゃないですか。カイン君が呼ぶって、よっぽどのことだと思います」


フィーナの感覚は、時々正確だった。


前世の記憶からすれば、直感の精度が高い人間だと分かっていた。


「そうかもしれませんわね」



アカデミーでの授業が終わった。


放課後、工房に向かった。


馬で行った。


マルガレーテが一名同行した。


工房の前に着いた。


カインがすでに来ていた。


いつもより早かった。


待っていた。


「来た」


「呼ばれましたので」


「ゴルドも中にいる」


入った。


ゴルドが作業台の前にいた。


しかし何かを作っていなかった。


待っていた。


二人とも待っていた。


「何がありましたかしら」


カインが言った。


「新しい構想がある」


「どんな構想ですかしら」


「朱鬼の改良案ではない。別の刀の構想だ」


朱音は少し止まった。


「別の刀、というのはどういう意味ですかしら」


カインが作業台の上に紙を広げた。


設計図だった。


まだ完成していない設計図だった。


下書きの段階だった。


しかし刀の形が分かった。


朱鬼と似ていた。


しかし刃渡りが違った。


短かった。


「短い刀ですわね」


「脇差しの寸法で考えている」


「なぜ脇差しですかしら」


「朱鬼の欠点を補うためだ」


朱音は設計図を見た。


「朱鬼の欠点」


「抜刀速度が速い刀だ。間合いが詰まった状態では、朱鬼では対応しにくい場面がある。廊下での戦いの記録を見て気づいた」


廊下での戦いの記録。


審問の日の廊下での戦いを、カインが記録していた。


その記録から気づいたということだった。


「確かに、間合いが詰まった時に脇差しがあると対応できる場面がありましたわ」


「朱鬼は刃渡りが長い。密着した間合いでは抜けない。密着した相手には泡沫を使っていた。しかし泡沫は鞘打ちだ。素手の相手には有効だが、鎧や強化素材を着た相手には力が足りない」


「脇差しがあれば、密着した相手にも刃が使えますわね」


「そうだ」


ゴルドが口を開いた。


「素材はどうするか、という問題がある」


「ミスリルで作るつもりですかしら」


「カインの提案ではそうなっている」ゴルドが設計図の一点を指した。「ただし朱鬼と同じ複合構造では、脇差しの刃渡りには合わない。別の構造を考える必要がある」


カインが言った。


「脇差しは短い分、柔軟性が求められる場面がある。長い刀より強い衝撃を、短い刀身で受けることになる。複合構造より、純ミスリルに近い構成の方が合っているかもしれない」


「純ミスリルにした場合、魔力の保持はどうなりますかしら」


「朱鬼より保持量が少なくなる。刀身の体積が小さいから。ただし短い刀での魔力使用がどういう効果を出すかは、まだ分からない」


「試してみなければ分かりませんわね」


「そうだ。まず試作を作って確認する。エルシアに試作の段階から関わってほしかったから、今日呼んだ」


朱音はカインを見た。


「試作の段階から、私の意見を聞きたいということですかしら」


「そうだ。朱鬼の時は、完成に近い段階でエルシアの意見を聞いた。しかし設計の初期段階から聞いた方が、より使い手に合った刀になると思った」


「学んだのですわね、前回から」


「そうだ。ゴルドも同じ意見だった」


ゴルドが頷いた。


「前回は完成してから確認した。今回は最初から話し合いながら作る。そういうやり方もある」


朱音は設計図を見た。


下書きの段階だった。


まだ何も決まっていなかった。


刃渡りの寸法も、重心の位置も、鞘の設計も、全部これから決まる段階だった。


「一つ聞きますわ」


「なんだ」とカインが言った。


「なぜ今このタイミングで構想が出てきましたかしら」


カインが少し考えた。


「廊下の記録を整理していた時に気づいた、というのが直接の理由だ。しかしもう一つある」


「なんでしょうかしら」


「エルシアの体が変わってきた。十三歳になって、使える技の範囲が広がっている。六歳の時、十歳の時とは違う動きができるようになっている。その変化を刀の設計に反映させるべき時期だと思った」


朱音はカインを見た。


体の変化を、刀に反映させる時期。


「私が変わったから、刀も変えるということですかしら」


「そうだ。刀は使い手のためにある。使い手が変われば、刀も変わっていい」


「まあ」


「違うか」


「違いませんわ。ただ、私の変化を見ていてくれたことが、少し驚きましたわ」


「見ている。毎回確認している。エルシアの動きを見て、次に何が必要かを考えるのが俺の仕事だと思っている」


「仕事、とおっしゃいますのね」


「そうだ。朱鬼を作ってから、そう決めた」


ゴルドが言った。


「カインが自分でそう言い出した。俺は教えていない」


「ゴルドから学んだことだ」


「俺から学んだのは技術だ。考え方はお前が自分で決めた」


二人の間に、三年間の積み重ねがあった。


師匠と弟子、とも違った。


職人と職人、という感じだった。


朱音は設計図を見た。


下書きだった。


何も決まっていなかった。


しかしここから始まる。


「一つ、意見を言いますわ」


「言え」とゴルドが言った。


「脇差しを使う場面を想像しましたわ。密着した間合いで、相手が鎧や強化素材を着ている場合。その場合、刺突の技術が必要になりますわ」


「斬りではなく、突きか」


「ええ。脇差しの短さを活かすなら、斬ることより突くことに特化した設計も考えられますわ。重心の位置と刃の角度が変わりますわ」


カインが設計図にメモを追加した。


「突きに特化した設計。重心を切っ先寄りにする必要がある」


「それで軽くなりすぎませんかしら」


「試作で確認する」


「刃の角度は」


「切っ先を鋭くする設計にする。突き刺しやすい形状を優先する」


ゴルドが言った。


「刃の角度を変えると、斬ることには向かなくなる。どちらを優先するか、決める必要がある」


「どちらを優先するかですわね」


三人で設計図を見た。


工房の炉が静かに燃えていた。


外が夕方になっていた。


話し合いが続いた。


突きの優先か、斬りとのバランスか。


重心の位置をどこに置くか。


魔力を流した時の挙動をどう予測するか。


全部が未知だった。


しかし未知だから面白かった。


前世では、刀は与えられるものだった。


自分で設計に関わることがなかった。


今は、設計の最初から関わっていた。


カインが呼んでくれた。


ゴルドが待っていた。


二人が、最初から朱音を関わらせようとしていた。


「今日は方向だけ決めますわ。細かい設計は次回以降にしましょうかしら」


「そうする」とカインが言った。


「名前はどうするか」とゴルドが言った。


「今日決めなくていいですわ。できてから決めますわ」


「朱鬼の時は最初に決めた」


「今回は使ってみてから決めたいですわ。使い方が分かってから、名前も分かると思いますわ」


ゴルドが頷いた。


「では試作から始める。一ヶ月後に第一回の確認をする」


「参りますわ」


「カイン、今日から始めるか」


「始める」


カインがゴルドと一緒に作業台に向かった。


今日から始まった。


朱音は工房を出た。


外は夕方になっていた。


馬に乗った。


腰に朱鬼があった。


もうすぐ、新しい刀が加わるかもしれなかった。


前世では、刀が増えることを喜んだことがなかった。


消耗品が補充されると思っていた。


今は違う感覚があった。


ゴルドとカインが、また何かを作り始めた。


その始まりを、今日見た。


悪くなかった。


馬が走った。


屋敷に向かった。


新しいことが始まる夕方だった。

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