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緋色の魂は二度、剣を握る ~人斬り令嬢の異世界無双~  作者: N


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第四十一話 黒薔薇、展開

父が隣に立ったまま、審問が動き始めた。


しかし黒い法衣の八名は退場していなかった。


三名が審問場の端に残っていた。


退場を求められても動かなかった。権限のない者は退場せよという指示を、無視していた。


王家の審問官が再度求めた。


「権限のない方は退場してください」


「緊急条項の適用を主張します。退場しません」


「緊急条項の適用は、審問官全員の承認が必要だと申し上げました」


「承認なしに適用できる条件があります」


「それはどういう条件ですか」


「暗属性の魔力が、現在進行形で周囲に危害を与えている場合です」


審問場が静かになった。


全員がその言葉の意味を理解した。


現在進行形で危害を与えていない。


朱音が何もしなければ、条件が満たされない。


しかし条件を作れば、適用できる。


つまり、朱音に何かをさせようとしていた。


あるいは、朱音が何かをしたと判断できる状況を作ろうとしていた。


朱音は何もしなかった。


完璧な令嬢スマイルで、立っていた。


刀に手も触れなかった。


魔力も動かさなかった。


「現在、私の魔力は制御されていますわ。危害を与えている事実はありませんわ」


「潜在的な危険は」


「潜在的な危険は、緊急条項の条件ではありませんわよ」


また詰まった。


しかし審問場の端に残った三名が、互いに目配せをした。


何かを決めた気配があった。


朱音は三名を見た。


動く前の気配だった。


前世でも知っている気配だった。


攻撃の前に、人間の体は動く前の静止をする。


その静止が来ていた。


三名が動いた。


一名が術式を展開した。


魔法の光が三名から放たれた。


審問場が明るくなった。


光属性の魔法だった。


一斉に放たれた光が、朱音に向かって来た。


父が動いた。


剣を抜いた。


剣で魔法を防ぐことはできない。


しかし父は剣を盾として使った。


剣を前に出して、光の軌道を変えようとした。


光が父の剣に当たった。


剣ではなく、父に当たった。


父が後退した。


一歩だけ後退した。


倒れなかった。


「お父様」


「問題ない」


問題ある状況だった。


しかし父は立っていた。


残りの光が朱音に向かっていた。


マルガレーテが動いた。


黒薔薇の暗器が展開した。


投擲ナイフが三名に向かって飛んだ。


三名が回避した。


術式が乱れた。


光の軌道がずれた。


朱音の横を通り過ぎた。


審問場の壁に当たった。


壁が焦げた。


レオンが立会人席から立っていた。


「父上、これは何ですか」


ルミナール公爵を見ていた。


「私が指示したのではない」


「魔法教会が動きました」


「私は止めるべきだったのかもしれない」


ルミナール公爵の声が、少し変わった。


今まで聞いたことのない声だった。


確信が揺らいでいる声だった。


審問場の端の三名が体勢を立て直していた。


次の術式の準備をしていた。


朱音は考えた。


ここで魔力を使えば、緊急条項の条件を満たす可能性がある。


しかし使わなければ、次の術式が飛んでくる。


使うか、使わないか。


使う場合、どう使うか。


攻撃ではなく、防御として使えば、緊急条項の条件である危害を与えるには当たらないかもしれなかった。


しかし判断の余地がなかった。


三名が術式を放った。


今度は一名ではなく三名同時だった。


前より強かった。


朱音は動いた。


刀を抜かなかった。


暗属性の魔力を展開した。


影域展開だった。


自身を中心に、暗の領域を広げた。


光属性の術式が、暗の領域に入った。


威力が減衰した。


光を吸収する暗属性の性質が、光属性の魔法の威力を落とした。


しかし完全には防げなかった。


衝撃が来た。


朱音が後退した。


二歩後退した。


倒れなかった。


暗の領域がまだ展開していた。


審問場の中が、薄く暗くなっていた。


三名が止まった。


暗の領域に足を踏み入れることを、体が拒否していた。


影域展開は、人間の本能的な恐怖を引き出す効果があった。


完全な暗闇ではなかった。


しかし暗い空間に、人間は本能的に入りたくないと感じる。


三名が止まった。


ドラクロワ公爵が立ち上がっていた。


「何事だ」


怒りのある声だった。


武門の人間の、怒りのある声だった。


「審問の場で、一方的に術式を放つとは何事か。武門として、これは看過できない」


メルヒオールが立ち上がっていた。


「この行為は、アカデミー学長として記録します。不当な暴力行使として、王家に報告します」


王家の審問官が立ち上がっていた。


「この行為は、審問手続きの妨害です。王家として、魔法教会に正式な抗議を行います」


三名が動けなくなっていた。


四方から声が出ていた。


审問官、立会人、クロイツェル家、全員が三名に向かっていた。


朱音は暗の領域を維持したまま、立っていた。


「まあ」


声が出た。


完璧な令嬢スマイルだった。


「お騒がせしてしまいましたわね」


審問場が少し静かになった。


「暗の領域を展開しましたわ。防御のためですわよ。攻撃には使っておりませんわ。皆様、ご確認いただけますかしら」


全員が確認した。


審問場の壁が焦げていた。


朱音の刀身は鞘に収まったままだった。


朱音に向かって放たれた術式の軌道と、朱音から放たれた何かの軌道は、方向が違っていた。


一方向的だった。


「私への攻撃があったことと、私が防御として暗の領域を展開したことが、記録されますかしら」


メルヒオールが手を上げた。


「記録します」


王家の審問官も手を上げた。


「記録します」


ルミナール公爵が立っていた。


「私も審問官として、記録することに同意します」


三名が記録に同意した。


審問官三名全員が記録に同意した。


これは審問の公式記録になった。


朱音は暗の領域を解除した。


審問場が元の明るさに戻った。


父が朱音の隣に戻っていた。


光属性の術式が当たった部分を押さえていた。


「お父様、怪我は」


「大したことはない」


「後で確認しますわ」


「今は審問だ」


父が正面を向いた。


審問を続けろという意思だった。


朱音も正面を向いた。


端の三名は動いていなかった。


暗の領域が消えた後も、動けない状況になっていた。


審問場にいる全員が、三名を見ていた。


「審問を続けます」と王家の審問官が言った。「本日、審問場において不当な暴力行使が行われました。この事実を踏まえ、審問の結論について協議します」


三名の審問官が協議を始めた。


協議は短かった。


五分もかからなかった。


王家の審問官が言った。


「結論を述べます」


全員が聞いた。


「エルシア・フォン・クロイツェルの暗属性魔力について、本審問において、制御の能力があることが記録によって示されました。本日の事態において、防御としての使用であることも確認されました。封印の根拠として、十分な理由が認められないと判断します」


「封印請願を、棄却します」


審問場が静かになった。


全員の静かさだった。


棄却。


封印請願が棄却された。


魔法教会の三名が何か言おうとした。


「異議申し立ての手続きがあります」と王家の審問官が言った。「ただし本日の暴力行使については、別途調査が行われます。その結果が出るまで、魔法教会側の異議申し立ては保留とします」


三名が口を閉じた。


暴力行使の調査が先になった。


審問が終わった。


人が動き始めた。


レオンが来た。


「終わった」


「そうですわね」


「父と話す必要がある」


「ええ」


レオンがルミナール公爵の方に向かった。


父と息子が向かい合った。


ドラクロワ公爵が来た。


「クロイツェルの剣、見事だった。防御の使い方が正確だった」


「ありがとう存じますわ」


「今後、同盟について話し合う機会を作りたい。ライナルトにも伝えてある」


ドラクロワ公爵が去った。


メルヒオールが来た。


「記録は完全に残りました。アカデミーの記録として保管します」


「ありがとう存じますわ」


「実験の記録も、今回の記録も、後世に残ります」


メルヒオールが小さく笑った。


唇の端だけの笑いだった。


「面白い審問でしたね」


「まあ、そうですわね」


メルヒオールが去った。


母が来た。


「終わったわ」


「ええ」


「怪我は」


「なんとか」


「お父様の方が心配だわ」


「ええ、後で確認を」


二人で父の方を見た。


父は審問場の端で、ルミナール公爵と話していた。


何を話しているかは聞こえなかった。


しかし話していた。


父が話していた。


この男が、自分から話しているところを、朱音は初めて見た。


「珍しいですわね、お父様が話しているのは」


「よほどのことがあったということよ」


「今日のことでしょうかしら」


「それだけじゃないかもしれないわ」


母が微笑んだ。


「全部が終わったら、聞けることもあるでしょう」


審問場から外に出た。


王城の廊下だった。


窓から外が見えた。


王都の空が見えた。


青かった。


今日も青かった。


審問が終わった。


封印請願が棄却された。


しかし全部が終わったわけではなかった。


魔法教会の異議申し立てがあるかもしれなかった。


暴力行使の調査が続くかもしれなかった。


しかし今日、この空の下で、棄却された。


それは事実だった。


前世では、こういう事実がなかった。


消えることしかなかった前世が、今日のこの事実と重なった。


違う結果だった。


二百年前と、八十年前と、今回が違う結果になった。


審問場から出てくる人々が、廊下を歩いていた。


朱音も歩いた。


腰の刀を触れた。


九番刀だった。


今日は鞘から抜かなかった。


しかし確かに、腰にあった。


その重さが、今日も変わらずあった。

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