第四十話 扉が破られる
翌朝、審問場に向かった。
結論が出る日だった。
馬車の中は静かだった。
父も、母も、昨日ほど言葉がなかった。
言葉が要らない状況だった。
やれることは昨日やった。
今日は結論を聞くだけだった。
しかし馬車が王城の前に着いた時、様子がおかしかった。
門の前に人が集まっていた。
通常より多かった。
騎士が出ていた。
何かが起きていた。
馬車を降りた。
セバスチャンが昨日の夕方から王都に出ていた。情報を集めるためだった。その姿が門の近くに見えた。
走ってきた。
セバスチャンが走るのは珍しかった。
「エルシア様、ご報告があります」
「何がありましたかしら」
「今朝、魔法教会の強硬派が声明を出しました。審問の結論を待たずに、暗属性の封印を実力行使することを宣言しました」
父が動いた。
「どこだ」
「声明だけで、現時点での行動は確認されていません。しかし」
「しかし」
「王城の中に、魔法教会の関係者が複数入っています。審問に関係のない人数です」
父がマルガレーテに目をやった。
マルガレーテが頷いた。
二人の間で何かが決まった。
「エルシア、中に入るな」
父が言った。
「審問の結論を聞かなくていいのですかしら」
「待て。状況を確認する」
父が騎士団の担当者に向かって歩いていった。
母が朱音の隣に来た。
「お兄様に連絡が届いているかもしれないわ。ヴァレンシア家がどこにいるか確認する」
母も動いた。
朱音は門の前に立っていた。
セバスチャンが隣にいた。
「魔法教会の人員は、今どこにいますかしら」
「審問場がある棟の方向に向かった情報があります」
「審問場に向かっているということですわね」
「可能性が高いです」
朱音は考えた。
審問場には審問官がいた。
昨日の審問官三名、立会人たち。
その中にいる者たちに対して、魔法教会が動こうとしている。
審問の結論を待たずに、実力行使。
「レオンは今どこにいますかしら」
「審問場に向かったとの情報があります。立会人として、今日も出席する予定だったようです」
「カインは」
「アカデミーにいます。今日は授業がある日です」
「メルヒオールは」
「審問場に向かったと思われます」
審問場に、複数の人間が向かっていた。
魔法教会の関係者も、立会人たちも、審問官たちも。
全員が審問場に向かっていた。
「セバスチャン、私も審問場に行きますわ」
「お父様が待てとおっしゃいました」
「状況が変わりましたわ。待つことで、別の問題が起きる可能性がありますわ」
「どのような」
「審問場に、味方と敵が混在している状況で、私がいないことが問題になる可能性がありますわ」
「どういう意味でしょうか」
「私が審問の対象ですわ。私がいない審問場で、私について何かが決められても、それは片方だけの話になりますわ。当事者が不在で何かが決められることは、最も避けたい状況ですわ」
セバスチャンが少し考えた。
「論理として正しいです」
「では」
「ただし、お父様への報告が必要です」
「報告してくださいますかしら」
「します。ただし報告より先に動くと判断されるかもしれません」
「それはセバスチャンが判断してくださいな」
セバスチャンが少し間を置いた。
「分かりました。私が報告します。エルシア様は動いてください」
「ありがとうございますわ」
セバスチャンが父の方に走った。
朱音は審問場に向かった。
マルガレーテが後ろから来た。
「同行します」
「一人で構いますわ」
「同行します」
止める余裕がなかった。
二人で王城の中に入った。
廊下を進んだ。
審問場がある棟に向かった。
廊下に人が増えていた。
普通の使用人だけでなく、黒い法衣の人間が複数いた。
魔法教会の関係者だった。
魔法教会の関係者が、審問場に向かっていた。
朱音も向かっていた。
廊下が混在していた。
魔法教会の関係者が朱音に気づいた。
視線が向いた。
標的が来た、という視線だった。
止められるかもしれなかった。
しかし廊下には他の人間もいた。
王城の使用人が複数いた。
衆人環視の中で、何かをすることはできなかった。
審問場の扉が見えた。
閉まっていた。
しかし扉の前に、魔法教会の関係者が立っていた。
三名だった。
「止まれ」
「まあ」朱音は完璧な令嬢スマイルで言った。「審問に呼ばれた当事者が、審問場に入ることを止める権限が、あなた方にありますかしら」
三名が詰まった。
権限があるかと言えば、なかった。
審問場への入場を阻む権限は、審問官にある。魔法教会の関係者にはなかった。
しかし三名は動かなかった。
「権限がないとすれば」朱音は続けた。「ここで私を止めることは、審問の手続きを妨害していることになりますわよ。それは魔法教会として問題になりませんかしら」
また詰まった。
その間に扉に手をかけた。
マルガレーテが三名の前に出た。
クロイツェル家の戦闘メイドが、三名の前に立った。
その隙に、扉を開けた。
審問場に入った。
中に人が多かった。
昨日より多かった。
審問官三名は席にいた。
立会人席にレオン、ドラクロワ公爵、ヴァレンシア侯爵、メルヒオールがいた。
しかしそれ以外に、黒い法衣の人間が八名、審問場の中にいた。
全員が入っていた。
審問官の白髪の男性が立っていた。
「あなた方に、この場にいる権限はありません」
黒い法衣の一人が言った。
「審問の結論が出る前に、封印の執行を行います。魔法教会の権限に基づきます」
「審問が完了していない段階で、魔法教会が単独で封印を執行する権限はありません」
「暗属性は緊急の危険を持ちます。緊急条項に基づきます」
「緊急条項の適用には、審問官全員の承認が必要です」
「我々は承認を求めません」
審問場の空気が変わった。
手続きを無視して、強行しようとしていた。
ルミナール公爵が立った。
「待ちなさい。私は審問官として、この手続きに承認しません」
「ルミナール公爵」
「審問官としての立場で言います。手続きを踏まない封印の執行は、認められません」
魔法教会の人間がルミナール公爵を見た。
驚いていた。
封印を求めていたルミナール公爵が、手続きを守ることを求めた。
「公爵、しかし」
「封印を求めることと、手続きを無視することは別の話だ。私は法に基づいて行動する。法を無視した行動には従わない」
朱音は審問場の中央に立った。
全員が朱音を見た。
「まあ」
完璧な令嬢スマイルだった。
「皆様、随分とお賑やかですわね」
誰も返事をしなかった。
「当事者がここに参りましたわ。審問の続きを、正式な手続きで行っていただけますかしら」
黒い法衣の一人が朱音に向かって動いた。
封印の術式を使おうとしていた。
手に魔法の光が集まっていた。
マルガレーテが審問場に入ってきた。
同時に、扉が再び開いた。
父が入ってきた。
ライナルト・フォン・クロイツェルが、剣を腰に差したまま、審問場に入ってきた。
重い足音だった。
一歩ごとに床が鳴った。
黒い法衣の動きが止まった。
黒鉄公爵が入ってきた。
その重さだけで、空気が変わった。
父は何も言わなかった。
ただ、立った。
朱音の前に、立った。
前でも後ろでもなく、隣に立った。
「続けろ」
父が審問官に言った。
「正式な手続きで、続けろ」
王家の審問官が頷いた。
「審問を再開します。魔法教会の関係者は、権限のない者は退場してください」
黒い法衣の八名が、少しずつ動いた。
全員が退場したわけではなかった。
しかし動きが止まった。
強行できない状況になっていた。
父が隣にいた。
前世では、隣に誰かが立つことがなかった。
今は、父が隣に立っていた。
剣を抜いていなかった。
ただ立っていた。
しかしそれだけで、空気が変わっていた。
審問が再開された。




