第三十八話 五大公爵家の分裂
審問まで七日だった。
その間に、動きが重なった。
最初の動きは審問の翌朝、セバスチャンの報告から始まった。
「五大公爵家の動向をご報告します」
「どうなっていますかしら」
「ルミナール家は審問を支持しています。封印を求める立場は変わりません」
「それは知っておりますわ」
「ドラクロワ家が動きました」
「どのように」
「審問への参加を、中立の立場として申し出ました。立会人として出席するとのことです」
ドラクロワ家が動いた。
「中立、というのはどういう意味ですかしら」
「封印を支持するわけでも、反対するわけでもない立場です。ただし、審問を見届けるという姿勢です」
「武門として、見届けるということですかしら」
「そのように解釈しています。ドラクロワ公爵は、アカデミーの実技評価の映像を見たそうです。ヴァレンシア家が記録したものが、ドラクロワ家にも届きました」
母が動かしていた情報だった。
「シュタルク家は」
「動いていません。現時点では静観です」
「ヴァレンシア家は」
「イレーナ様が昨日から王都に出ています。複数の家に訪問されているようですが、詳細は入っていません」
「お母様は直接動いていますわね」
「はい。手紙ではなく、直接会いに行っています」
手紙より直接会いに行く方が、重さが違う。
母が重さを使っていた。
その日の午後、祖母の部屋に行った。
言葉が決まっていた。
七日のうちに決めると言っていた。
五日目で決まった。
「言葉が来ましたわ」
祖母が椅子に座ったまま、朱音を見た。
「聞かせろ」
朱音は少し間を置いた。
審問の場で使う言葉ではなく、祖母に伝える言葉として言った。
「二百年前、クロイツェルの女性が封印されました。八十年前にも封印されました。今回、また封印しようとする者たちがいます。しかし前の二人と今の私は、一点だけ違います。私には、消えるなと言ってくれる人間がいますわ」
祖母が黙った。
長い沈黙だった。
「続けろ」
「消えるなと言われた。だから消えません。消えないために、ここに立っています。封印は、消えることと同じですわ。消えることを、私は選びませんわ」
また沈黙があった。
今度はもう少し短かった。
「直す部分はないな」
「よろしいですかしら」
「一点だけ」
「なんでしょう」
「消えるなと言ってくれる人間が、わし一人ではないことを付け加えろ」
朱音は少し止まった。
「複数いることを言いますかしら」
「そうだ。わしだけが言っていると思われると、わし一人の言葉の重さになる。複数が言っているなら、複数の重さになる」
「なるほどですわ」
「フィーナも言っていた。聞こえたぞ」
「お祖母様、聞こえていましたの」
「廊下は音が通る」
祖母の部屋の近くで、フィーナが消えないでくださいと言っていた日があった。
あの時、祖母が聞いていた。
「他に誰が言っているかは、お前が知っている。それを言え」
「はい」
「審問の場で言うのか」
「場の流れ次第ですわ。機会があれば」
「機会を作れ」
「まあ」
「待っているだけでは機会は来ない。作るものだ」
七十四年間の言葉だった。
「分かりましたわ」
翌日、審問の五日前にレオンが来た。
「審問の条件が確定した」
「どうなりましたかしら」
「審問官は三名。王家から一名、魔法教会から一名、貴族議会から一名」
「貴族議会からの一名は誰ですかしら」
「ルミナール公爵だ」
「まあ」
「父が自ら審問官になることを申し出た。王家は受け入れた」
「お父様が審問官になりましたのね」
「そうだ。中立の立場ではない。封印を求める立場の人間が、審問官になった」
朱音は少し考えた。
「それは不当ではないのですかしら」
「不当だ。しかし形式上、問題がない。貴族議会からの代表として、ルミナール公爵は適格だという判断が通った」
「お父様、つまり私の父は異議を申し立てましたかしら」
「申し立てた。しかし通らなかった。審問官の選定基準として、議会内での地位を基準にするという解釈が優先された」
不利な条件だった。
審問官の一名が、封印を求める立場の人間だった。
「立会人は」
「俺が出る。ドラクロワ家が出る。あと二名、クロイツェル家が指名できる枠がある」
「お父様が使いますかしら」
「すでに使った。ヴァレンシア侯爵と、もう一名だ」
「もう一名は誰ですかしら」
「知らない。ライナルト公爵が選んだ。俺には教えなかった」
父が選んだ人間だった。
誰かは分からなかった。
しかし父が選んだ。それだけで、信頼できると朱音は思った。
「レオン様は立会人として、何をなさいますかしら」
「必要な時に発言する。審問官ではないから、判断はできない。しかし発言の権利はある」
「お父様の審問に、息子が反対する発言をすることになるかもしれませんわ」
「そうなるかもしれない」
「それでよろしいですかしら」
「よくはない」レオンが言った。「しかしやる」
朱音はレオンを見た。
よくはないが、やる。
前世でも、そういう場面があった。良くないと分かっていて、それでもやらなければならない場面があった。
「ありがとう存じますわ」
「礼はいい。それより」
「なんでしょうかしら」
「光と暗の実験を、審問の前にやりたい」
「五日ですわよ」
「分かっている。できる範囲でやりたい。記録として残したい」
「記録にするつもりですかしら」
「メルヒオールが記録する。審問で暗属性の制御について議論になった時、実験の記録を提出できる」
メルヒオールが動いていた。
「いつやりますかしら」
「明日の放課後でどうか」
「承知しましたわ」
レオンが立ち去った。
カインが来た。
「ゴルドから報告が来た」
「試作の件ですかしら」
「接合部分の問題が解決した。次の段階に進める」
「よかったですわ」
「刀の形の試作が、今週末に完成する予定だ」
「審問の二日前ですわね」
「そうなる。試し切りを、審問の前にするか後にするか」
朱音は考えた。
「後にしますわ」
「なぜ」
「審問の前に試し切りをして、何か問題が出た場合、審問前に対応できない可能性がありますわ。審問が終わってから、落ち着いて試せる方がいいですわ」
カインが頷いた。
「分かった。ゴルドに伝える」
「試作が完成したら、見せていただけますかしら。試し切りの前に、手に持って感触を確かめたいですわ」
「それはできる。今週末、工房に来られるか」
「参りますわ」
カインが戻った。
今週の予定が重なっていた。
明日、レオンとの実験。
今週末、工房で試作の確認。
七日後、審問。
審問が終わったら、試し切り。
全部が繋がっていた。
それぞれが別の動きだったが、全部が審問という一点に向かっていた。
審問が終わった後のことを考えた。
どちらの結果になっても、その後がある。
封印になれば、その後がある。
封印にならなければ、その後がある。
どちらになっても、動き続ける必要がある。
それは変わらなかった。
廊下の窓から外を見た。
王都の空だった。
七日後も、この空が続く。
どちらの結果になっても、空は続く。
それだけは確かだった。




