第三十五話 朱の糸・七人斬り
夜が明けた。
セバスチャンが報告書を持って来たのは、朝食より前だった。
几帳面な字で、昨夜の出来事が時系列で書いてあった。侵入の時刻。侵入経路。制圧の手順。負傷の有無。身柄確保の状況。全部が正確に書いてあった。
「よく書けていますわ」
「ありがとうございます。一点、追加の情報があります」
「なんでしょうかしら」
「今朝、侵入者七名の身元について、ヴァレンシア家の情報網から照合結果が届きました」
昨夜のうちに、母が動いていた。
「どんな人間でしたかしら」
「七名全員、魔法教会と繋がりのある傭兵です。直接の雇用主ではありませんが、過去に魔法教会関連の仕事を受けた記録があります」
「魔法教会ですわね」
「はい。ルミナール家の監視とは、雇用経路が異なります。別の組織の動きです」
「二方向から来ているということですわ」
「そうなります」
父が食堂に入ってきた。
朝食の席に座った。
いつもと同じだった。
昨夜の報告を受けているはずだった。しかし表情は変わっていなかった。こういう時、この男は表情を変えない。
「お父様」
「ああ」
「昨夜の件は」
「聞いた」
「今後の対応について、お父様のお考えをお聞かせいただけますかしら」
父は朝食に手をつけながら言った。
「王家への報告は今日中に出す。クロイツェル家として、正式な抗議を出す」
「セバスチャンが報告書を準備しておりますわ」
「知っている。セバスチャンから先に受け取った」
セバスチャンが父に先に渡していた。
優先順位を自分で判断していた。
「黒薔薇の増員は昨夜から始めている」とマルガレーテが入ってきながら言った。「二十四名体制に移行します」
「ありがとうございますわ」
フィーナが来た。
昨夜より顔色が良かった。
少し眠れたらしかった。
「エルシア様、左肩は大丈夫ですか」
「問題ありませんわ」
「見せてください」
「大丈夫ですわ」
「見せてください」
珍しく引かなかった。
仕方がなかったから、服の肩の部分を少し下げた。
青くなっていた。
昨夜の予想通りだった。
フィーナが「痛そう」と言った。
「痛くありませんわ」
「痛くないんですか」
「慣れておりますわ」
フィーナがまた何かを飲み込んでいた。
朝食が終わった。
アカデミーに向かう馬車の準備が整った。
しかし今日はアカデミーに行く前に、一つやることがあった。
王都の騎士団本部に向かった。
父が同行した。
クロイツェル家として、昨夜の不法侵入を正式に届け出るためだった。
セバスチャンの報告書を持参した。
侵入者七名の身柄を引き渡した。
騎士団の受付担当が報告書を読んだ。
「昨夜の侵入者は、現在どこに」
「クロイツェル家で確保しておりました。今朝引き渡しに参りましたわ」
「ご本人が被害者でいらっしゃいますが」
「被害はありませんでしたわ。侵入者は全員無事に確保しましたわよ」
受付担当が少し止まった。
七名の侵入者を、無事に全員確保した。
「全員確保、というのは」
「私と黒薔薇で、合計七名を制圧いたしましたわ」
受付担当が父を見た。
父は何も言わなかった。
ただ腕を組んでいた。
受付担当は報告書の続きを読んだ。
「魔法教会との関連が疑われる、とありますが」
「証拠はありませんわ。しかし傭兵の過去の記録から、可能性があると判断しましたわ。詳しい調査は騎士団にお願いしたいと思いますわ」
「分かりました。受理します」
「ありがとう存じますわ」
届け出が完了した。
帰り道の馬車の中で、父が言った。
「うまくやった」
「何がですかしら」
「騎士団への届け出だ。証拠があるとは言わず、可能性があると言った。嘘をつかずに、調査を促した」
「情報の出し方の問題ですわ」
「誰に学んだ」
「まあ、さあですわ」
父が少し目を細めた。
「お前の母か、祖母か、どちらかに似ている」
「三人とも似ているとおっしゃっていましたわよ、お祖母様が」
父が少し止まった。
「エルザがそう言ったか」
「ええ。似た者同士だと」
「そうかもしれんな」
短い返しだった。
馬車がアカデミーに向かった。
昼過ぎの授業の合間に、レオンが来た。
「昨夜の話を聞いた」
「王都に広まっていましたかしら」
「広まっているというより、俺の耳に届いた。父から聞いた」
「ルミナール公爵がお知りになっていましたの」
「知っていた。しかし関与していないと言っていた」
「そうですかしら」
「俺はそれを信じている。父は、法的な手段を好む人間だ。直接的な暴力を使うことは、父の流儀ではない」
「ではどこが動いたと思いますかしら」
「魔法教会の強硬派だ。俺もそう思っている」
朱音はレオンを見た。
「レオン様は、よく調べておりますわね」
「当事者だ。調べないわけにはいかない」
「ありがとう存じますわ」
「礼はいらない。俺が必要だと思ったから調べた」
「それでも、ありがとうですわ」
レオンが少し間を置いた。
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「昨夜、七名の侵入者を制圧した時、怖くなかったか」
今朝のフィーナと同じ質問だった。
「怖くありませんでしたわ」
「なぜ」
「前世では」
止めなかった。
今日は止めないことにした。
「前世では、夜に動く機会が多かったですわ。気配を感じて、判断して、動く。それが自然になっていましたの」
レオンが黙った。
処理していた。
「前世、という言葉をよく使う」
「ええ」
「何を意味するか、詳しくは聞かない。しかし、その前世で多くのことを経験したということは分かった」
「そうですわ」
「だから十歳で、あの剣術が使えるのか」
「そうなりますわ」
レオンが頷いた。
「メルヒオールに、実験の申し入れをした」
「光と暗の実験ですかしら」
「ああ。メルヒオールは面白いと言った。来週から始められると」
「まあ」
「一緒にやる気はあるか」
「ありますわ」
「では来週、訓練場で」
レオンが立ち去った。
今夜の件でも、話が進んだ。
カインが来た。
「昨夜のことは聞いた」
「アカデミーにも広まっていますの」
「一部には。俺の耳には届いた」
「どこから聞きましたかしら」
「ガルドから。ゴルドと繋がっているから、ゴルド経由で聞いた」
情報の経路が予想と違った。
「ゴルドが知っていましたの」
「クロイツェル領の職人は、クロイツェル家の動きに敏感だ。昨夜の侵入は、領内の者たちにも広まっているかもしれない」
「そうかもしれませんわね」
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「七名の侵入者の中に、動きの質が違う者はいたか」
朱音は少し考えた。
「一名いましたわ。三人目で、判断が早くて、暗器を使いましたわ」
「どう対処した」
「泡沫を使いましたわ。鞘打ちで制圧しましたわよ」
カインが頷いた。
「ゴルドへの報告事項として追加する。次の刀の設計に、接近戦での泡沫の使用を考慮した方がいい」
「刀の設計に、使い方を反映させますかしら」
「設計は使い方のためにある。使い方が変われば、設計も変わる」
朱音はカインを見た。
十歳の少年が、職人として当然のことを言っていた。
「では、ゴルドに伝えてくださいますかしら」
「分かった」
カインが戻った。
授業が再開した。
午後の授業に向かいながら、朱音は今日一日を整理した。
王家への届け出。
レオンからの情報。
カインからの刀の話。
それぞれが別の動きだった。
しかし全部が繋がっていた。
昨夜の七人斬りが、今日の全部に繋がっていた。
前世では、戦った後は一人で後始末をした。
今は、戦った後に複数の人間が動いていた。
後始末を一人でしなくていい。
それが今と前世の、戦いにおける違いだった。
授業の教室に入った。
窓から王都の空が見えた。
昨日より青かった。
昨日より青い空が、今日も続いていた。




