第三十三話 似た者同士
翌朝、祖母の部屋に行った。
前日に行くと決めていたわけではなかった。
朝食を終えて、アカデミーに向かう馬車が出るまでの間に、自然に足が北棟に向いた。
ノックした。
「入りな」
入ると、祖母はいつもの椅子に座っていた。
窓の外を見ていた。曇った空だった。
「来たか」
「おはようございます存じますわ、お祖母様」
「座りな」
座った。
茶が出てきた。いつの間に準備したのか分からなかった。祖母はいつも先に用意している。
「何か用があって来たか」
「特別な用ではありませんわ」
「ならいい」
それだけで会話が止まった。
二人で茶を飲んだ。
この沈黙は前から知っていた。言葉が要らない沈黙だった。祖母との時間は、いつもこうだった。何も言わなくていい時間だった。
曇った空が窓から見えていた。
「ヴァレンシアが来たそうだな」
「ええ、昨日」
「あの男が来るということは、動きが速まっているということだ」
「そのようですわ。審議を早める申し入れが出ていると」
「そうか」
祖母が茶を飲んだ。
「エルザ」が誰かに言ったわけではなかった。ただ飲んだ。
「お祖母様は、今の状況をどう見ておられますかしら」
「状況か」祖母が窓の外を見たまま言った。「まだ決まっていない。どちらにも転べる」
「有利ですかしら、不利ですかしら」
「五分五分だ。お前のお母様と同じことを言う」
「お母様も五分五分とおっしゃっていましたわ」
「あの子はよく見えている。イレーナはわしの見方に近い」
「お祖母様とお母様は、よく話しますかしら」
「たまにな。イレーナはわしの部屋に来ることがある。来て、茶を飲んで、少し話して帰る」
「どんな話をしますかしら」
「大体はお前の話だ」
朱音は少し止まった。
「私のことを話していますの」
「お前が来た時から、話すようになった。あの子はお前のことを心配している。わしに聞きに来る」
「何を聞きに来ますかしら」
「クロイツェル家の暗属性のことだ。二人の先祖のことを、わしから聞いた。それで何度か来るようになった」
母が北棟に来ていた。
知らなかった。
「お母様は、二人の先祖のことをご存知でしたかしら」
「今は知っている。わしが話した」
「どうして話しましたの」
祖母が朱音を見た。
「イレーナが知るべきだと思ったからだ。母親として、娘の置かれた状況を知る権利がある」
「お母様は、聞いてどうなさいましたかしら」
「泣かなかった。怒っていたな。消させた者たちへの怒りだった。しかし顔には出さなかった。ただ目だけが怒っていた」
母が怒っていた。
顔には出さなかった。しかし目だけが怒っていた。
前世で、誰かがそういう怒り方をしていたか。
なかった。
誰かが自分のために怒ることが、前世では一度もなかった。
「お祖母様」
「なんだ」
「お祖母様とお母様は、似ていますかしら」
祖母が少し間を置いた。
「似ているな。感情を顔に出さないところが似ている。内側に全部持っているところも似ている」
「私も似ていると言われますわ」
「知っている。三人とも似ている」
「三人」
「わしとイレーナとお前だ。外から見れば全部違う。しかし内側は同じ構造をしている」
構造が同じ。
「どんな構造ですかしら」
「感情を切って動く。動く前に全部考える。弱さを見せない」
「それは良い構造ですかしら」
「さあな」祖母が茶を一口飲んだ。「生き延びるには向いている。しかし疲れる構造だ」
「疲れる」
「感情を切り続けると、疲れる。わしは七十四年でよく分かった。イレーナはまだ疲れている途中だ。お前は、これからそれを知ることになる」
朱音は祖母の言葉を聞いた。
感情を切り続けると疲れる。
前世でも、それは知っていた。戻し方を忘れた時期があった。感情を切ったまま、戻せなくなった時期があった。
「解決策はありますかしら」
「一つある」
「何ですかしら」
「切らなくてもいい場所を持つことだ」
「切らなくてもいい場所」
「わしにはない。それが唯一の後悔だ。わしは七十四年間、一人でいることを選んだ。選んだというより、そうなった。結果として、切らなくてもいい場所を持てなかった」
祖母が窓の外を見た。
「お前には、すでにある」
「フィーナとのお茶の時間ですかしら」
「それだけではない。カインとの刀の話も、ゴルドの工房も、父親の稽古場も。全部が切らなくてもいい場所だ」
「そうかもしれませんわね」
「大事にしろ。消えるなと言ったのは、封印の話だけではない。その場所が消えないようにしろということでもある」
朱音は祖母を見た。
七十四年間、一人でいることを選んだ。
選んだというより、そうなった。
「お祖母様は、寂しかったですかしら」
祖母が長い間、黙った。
今まで聞いたことのない長さの沈黙だった。
「寂しいという感覚が、正確かどうかは分からん。しかし」
また少し間があった。
「もう少し早くこういう話ができる相手がいれば、違ったかもしれないとは思う」
「今はできていますわよ」
「そうだな」
祖母が初めて、笑った。
唇の端だけの笑いではなかった。もう少し大きかった。七十四年間の人間が、今日初めて見せる種類の笑いだった。
「お前と話すのは、悪くない」
「私もですわ」
「似た者同士だからかもしれんな」
「三人とも似ていますから、お母様とも話しやすいですわ」
「そうだ。三人で話せばよかったな、もっと早く」
「これから話せますわ」
「そうだな」
祖母がまた窓の外を見た。
曇っていた空が、少し明るくなっていた。雲が薄くなっていた。
「公の場で話すそうだな」
「ヴァレンシアの伯父上から伺いましたかしら」
「イレーナから聞いた。何を話すか決まったか」
「方向は決まりましたわ。言葉はまだですわ」
「どんな方向だ」
「消えないということを、伝えたいですわ」
祖母が少し止まった。
「消えないと」
「ええ。二人の先祖が消えましたわ。前世の私も消えましたわ。今度は消えない。それを言いたいですわ」
祖母が朱音を見た。
漆黒の目だった。
自分と同じ目だった。
「言い方が決まったら、わしにも聞かせろ」
「はい」
「直す部分があれば言う」
「よろしくてよ」
また沈黙があった。
今回の沈黙は短かった。
「もう一つ聞いていいですかしら」
「なんだ」
「お祖母様は、お母様のことをどう思っておりますかしら」
祖母が少し考えた。
「よくできた嫁だ」
「それだけですかしら」
「それだけで十分だろう」
「でも」
「まあ」祖母が少し間を置いた。「わしに似ている部分がある。似ているから、最初は距離があった。しかし子供ができてから変わった。イレーナは母親として、わしが見たことのない動き方をする。わしにはできなかった動き方だ」
「どんな動き方ですかしら」
「守ることと、動かすことを同時にやる。守りながら前に進む。わしは守ることだけを選んだ。あの子は両方やる」
「それはすごいことですわ」
「すごいかどうかは分からん。しかしわしにはできなかったことだ」
朱音は母のことを考えた。
守りながら前に進む。
手紙を七通書いて、情報を流して、伯父と連携して、それでも娘に笑顔で茶を出す。
全部を同時にやっていた。
「三人が似ているなら」朱音は言った。「私もいつかそうなれるかもしれませんわ」
「なれるかもしれんな」
「お祖母様にはできなかったことも」
祖母が少し止まった。
「そうだな。わしにできなかったことを、お前がやれるかもしれない」
「やってみますわ」
「やってみろ」
短い言葉だった。
しかしそれで十分だった。
馬車の時間が来た。
朱音は立ち上がった。
「アカデミーに参りますわ」
「行ってこい」
「今夜か明日、また参りますわ。言葉が決まった時に」
「待っている」
扉を閉めた。
廊下を歩いた。
北棟の冷たい空気が頬に当たった。
三人が似ている。
祖母とイレーナと朱音。感情を切って動く。動く前に全部考える。弱さを見せない。
同じ構造を持った三人が、それぞれ違う場所で動いていた。
違う場所で動きながら、どこかで繋がっていた。
切らなくてもいい場所を持つこと。
祖母が言った言葉だった。
フィーナとの茶の時間。カインとの刀の話。ゴルドの工房。父の稽古場。
それが今の自分にある場所だった。
そして、北棟の祖母の部屋も、その一つだった。
今日気づいた。
馬車が待っていた。
フィーナが馬車の前で待っていた。
「エルシア様、今日はお祖母様のところに行ってたんですか」
「ええ」
「どうでしたか」
「悪くありませんでしたわ」
フィーナが嬉しそうな顔をした。
馬車に乗った。
アカデミーに向かった。
今日の授業の後に、言葉を考える。
消えないということを、どう言うか。
一週間ある。
その間に、決める。
馬車が走り始めた。
曇っていた空が、完全に晴れていた。
昨日より青かった。




