第二十七話 光が効かない理由
評議結果が来たのは、予告通り一週間後だった。
セバスチャンが封書を持ってきた。
アカデミーの公式な封書だった。メルヒオールの署名があった。
開いた。
読んだ。
剣術実技の評価。最高評価。全員一致。
魔法実技の評価。評価保留。
評価保留の理由が書いてあった。
計測不能の魔力量について、評価基準が存在しないため、新たな基準を設ける必要がある。制御の問題については、実技中に漏れが確認されたが、自力で止めた事実も確認された。双方の意見が対立したため、保留とする。
査問官が危険を主張した。
父が制御できると主張した。
メルヒオールが保留で収めた。
結論として、封印の根拠にも、完全な無実の根拠にもならなかった。
「評価保留、ですわね」
「はい」
「ルミナール公爵側は、これで封印を進める材料が増えましたかしら」
「微妙なところです」セバスチャンは台帳を開いた。「評価保留は封印の確定根拠にはなりません。しかし危険の可能性が残ったという解釈はできます。どちらに使うかは、使う側の問題です」
「どちらに使われると思いますかしら」
「封印側は危険の可能性を強調するでしょう。クロイツェル側は制御の事実を強調するでしょう。どちらが多くの人間に届くかが、今後の展開を決めると思います」
「情報の戦いですわね」
「はい。現時点では、ヴァレンシア家の情報網が動いています。イレーナ様が、評価保留の内容を有利な方向で流す準備をされているようです」
母がすでに動いていた。
封書を受け取った日の夜には、動いていた。
「分かりましたわ。引き続き報告を」
「承知しました」
その日の授業に向かった。
廊下でレオンに会った。
レオンが先に声をかけてきた。
「評議結果を見たか」
「見ましたわ」
「保留だ」
「ええ」
「俺の父は、保留を封印の材料に使おうとしている」
朱音はレオンを見た。
「お父様と話し合いは続いていますかしら」
「続いている。進んでいない」
レオンが少し間を置いた。
「一つ、聞いていいか」
「どうぞ」
「魔法実技で、測定器が計測不能になった。その魔力の量は、自分でも把握できているか」
「把握できていませんわ」
「制御はできているか」
「完全ではありませんわ。止めることはできますが、量を調整することはまだ難しいですわ」
レオンが頷いた。
「正直に答えてくれたな」
「嘘をつく理由がありませんわ」
「普通は、有利に見せようとして誇張する」
「誇張して、後でそれが崩れる方が困りますわ」
レオンが少し考えた。
「魔法の制御が難しい理由は何だと思っているか」
「感情と連動しているからですわ。感情を切れば制御できますが、切りすぎると別の問題が出ます」
「別の問題とは」
「前世では」
止まった。
また出かけた。
「戦場では、感情を切り続けると、戻し方を忘れることがあります。感情の制御と魔力の制御が同じ仕組みで動いているなら、片方を切りすぎることは、もう片方にも影響する可能性がありますわ」
「なるほど」レオンは言った。「光属性では、そういう問題は出ない」
「光属性の魔力は、感情とどう繋がっていますかしら」
「熱量だ。感情が高ぶるほど、光が強くなる」
「感情を切る必要はないわけですわね」
「むしろ切ってはいけない。感情がなければ光は弱くなる」
朱音は少し考えた。
光属性と暗属性の違いが、魔力の仕組みの違いとして出ていた。
光は感情の熱量で強くなる。
暗は感情の制御で止まる。
正反対だった。
「だから光と暗は対立する、という説が出るのかもしれませんわね」
「そういうことかもしれない」レオンが言った。「光と暗が対立するのは、魔力の性質が逆だからだ。使い方が逆だから、共存が難しいと思われてきた」
「しかし対立する性質が、必ずしも共存できないわけではありませんわよ」
「そうは言えない場面もある」
「どんな場面ですかしら」
「光属性の最大出力と、暗属性の最大出力が同じ空間で使われた場合だ。理論上は打ち消し合う。しかし実際に試したことがない」
「試してみますかしら」
レオンが止まった。
「今ここで、というわけではありませんわよ」朱音は言った。「制御された環境で、小さな出力から試してみることに、意味があるかもしれないという話ですわ」
レオンが考えた。
長い間だった。
「父が知ったら止めるだろう」
「アカデミーの実験として行えば、止める根拠が難しいかもしれませんわね。メルヒオール学園長の承認があれば」
「メルヒオールが承認すると思うか」
「面白いと言いそうな方ですわ」
レオンが少し笑った。
初めて見る笑いだった。
今まで、この少年が笑うのを見たことがなかった。まっすぐさが全面に出ていて、笑いの入る余地がない人間だと思っていた。
しかし笑った。
短かった。すぐに戻った。しかし確かに笑った。
「メルヒオールに話してみる」
「私からも話しますわ」
「どちらが先に話すか」
「同時でいかがですかしら。どちらが先でも後でも、同じ話が二方向から届いた方が、重みが増しますわよ」
レオンが少し間を置いた。
「それは戦術か」
「自然にそうなりましたわ」
「よく分かった」
レオンが歩き始めた。
三歩で止まった。
振り返った。
「なぜ俺に協力しようとするのか、最初から聞こうと思っていた」
「なぜだと思いますかしら」
「利用しているのかと思っていた。俺がルミナール家の息子だから、俺を動かすことで有利になれると考えているのかと」
「そう考えるのは自然ですわね」
「違うのか」
朱音は少し考えた。
正直に答えることと、全部を話すことは違った。
「利用、という言葉の定義によりますわね」
「どういう意味だ」
「利用するという言葉が、相手を道具として扱うという意味なら、違いますわ。お互いの方向が近いから、一緒に動く方が効率がいいという意味なら、そうかもしれませんわ。しかし効率だけで動いているかと言えば、それも違うかもしれません」
「では何で動いている」
朱音は少し間を置いた。
前世なら、効率だと答えていた。
前世の朱音は、効率で動いていた。感情は切っていた。必要なことをして、必要でないことはしなかった。
しかし今は、それだけではない気がしていた。
「さあですわ」
「さあで答えが終わるのか」
「まだ自分でも分かりませんの」
レオンが少し止まった。
それから「分かった」と言って、歩き始めた。
今度は止まらなかった。
廊下の先に消えた。
その夜、カインが工房から戻ってきた。
アカデミーの宿舎に帰る前に、朱音に話があると言ってきた。
「今日、ゴルドと話した」
「何を話しましたかしら」
「ミスリル刀の接合部分の試作を作った。失敗した」
「どのように失敗しましたの」
「予測通り、接合部分にひびが入った。段階的に接合する方法を試したが、温度の管理が難しかった」
「それで」
「ゴルドが別の方法を提案した。接合する前に、両方の素材の組成を少し変える方法だ。お互いが近づくように、先に素材を調整してから接合する」
「素材を調整する、とはどういう意味ですかしら」
「ミスリルに少量の別の金属を混ぜる。特殊鋼にも少量を混ぜる。それぞれが相手に近い組成になってから、接合する」
「混ぜることで、ミスリルの特性が変わりませんかしら」
「そこが問題だ」カインが言った。「混ぜる量が多すぎると、ミスリルの魔力親和性が下がる。少なすぎると、接合がうまくいかない。最適な量を探す必要がある」
「探し方は」
「試作を繰り返すしかない。ゴルドと俺で、今週から小さな試作を作り続ける。刀の形ではなく、小さな金属片で試す」
「時間がかかりますわね」
「かかる。しかし急いで作った刀は使えない刀になる。それはゴルドも俺も、同じ考えだ」
朱音は頷いた。
「分かりましたわ。続けてください。何か必要なものがあれば言いなさいな」
「今は必要ない。しかし一つ確認したいことがある」
「なんでしょう」
「ミスリル刀が完成した時、エルシアはそれをどう使う予定か」
朱音は少し考えた。
「今の刀と同じ使い方をしますわ。消耗品として」
カインが少し止まった。
「ミスリル刀でも消耗品か」
「消耗すれば替えますわ」
「ミスリルは希少だ。消耗品として使うには、入手が難しい」
「だからゴルドが入手経路を確保しましたわ。消耗品として使えるだけの量を確保できる見込みがあるから、作ることになったのですわ」
「そういうことか」カインが言った。「ゴルドが最初から量を前提に考えていた理由が分かった」
「あの職人は先を読む人間ですわ」
カインが頷いた。
「もう一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「ミスリル刀が完成した時、試し切りをする予定か」
「いずれはしますわ。ただゴルドが言っていたように、いきなり全力では使わない。段階的に感触を確かめますわ」
「その試し切りに、俺も立ち会っていいか」
朱音はカインを見た。
「なぜですかしら」
「作った側として、実際に使われる場面を見たい。どこが問題で、どこが良かったかを確認したい。次の改良のためだ」
職人の理由だった。
作ったものが使われる場面を見る。それが次に活きる。前世でも、腕のいい職人は使い手の動きを見たがった。
「よろしくてよ。ゴルドも呼びますかしら」
「ゴルドもそう言っていた。三人で確認したい、と」
ゴルドもすでに考えていた。
「では三人で」
「分かった」
カインが宿舎に向かった。
夜の廊下を、足音なく歩いていった。
朱音は窓の外を見た。
夜の空が見えた。
評議結果が保留だった日に、レオンと実験の話をして、カインからミスリル刀の進捗を聞いた。
保留という結果は、どちらにも転べる状態だった。
しかしその間にも、動いている者たちがいた。
母が情報を流していた。
父が審査員として残っていた。
レオンが父と話し合いを続けていた。
カインとゴルドが試作を作り続けていた。
全員が別の動きをしていた。
しかしどこかで繋がっていた。
前世では、こういう繋がりを作ることができなかった。
一人で全部やろうとして、全部はできなかった。
今は違った。
やるべきことが、誰かのところに自然に行っていた。
なぜそうなるのかは、まだ分からなかった。
しかしそうなっていた。
それで、今夜は十分だった。
稽古場に向かった。
今夜も刀を振る。
ミスリル刀が来る前に、今の刀でできることを全部やっておく必要があった。
今の刀が消耗品なら、消耗する前に全部学んでおく。
前世からの習慣だった。
今ある道具で、今できる全部をやる。
それだけだった。




