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緋色の魂は二度、剣を握る ~人斬り令嬢の異世界無双~  作者: N


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第二十五話 ルミナールの要求ふ

その日の朝、登校するとレオンが待っていた。


正門の前だった。


馬車を降りると、レオンが門の脇に立っていた。待っていたことは明らかだった。朱音が来る時間を知っていて、その時間に合わせて来ていた。


「話がある」


「まあ、おはようございますわ、レオン様」


「挨拶はいい」


「私はいただいたのですから、返すのが礼儀ですわよ」


レオンが少し止まった。


「おはよう」


「ありがとう存じますわ。話とは何でしょうかしら」


レオンが周囲を見た。


他の学生たちが登校してきていた。人が増えてきた。


「場所を変える」


「どちらへ」


「中庭だ。今の時間は人が少ない」


二人で中庭に向かった。


フィーナがついてこようとした。朱音は首を振った。フィーナが「でも」という顔をした。朱音はもう一度首を振った。フィーナが渋々と門のところで止まった。


中庭には人がいなかった。


レオンが立ち止まった。振り返った。


「一つ、確認させてくれ」


「何でしょうかしら」


「先日の模擬戦で、騎士団員を五人同時に制圧した。あの時、誰も怪我をしていなかった」


「ええ」


「意図的にか」


「意図的に、とはどういう意味ですかしら」


「怪我をさせようと思えばできた。しかししなかった。それは意図的な選択だったのかという意味だ」


朱音はレオンを見た。


まっすぐな目だった。


答えを知りたい目だった。答えによって、何かを判断しようとしている目だった。


「意図的ですわ」


「なぜ怪我をさせなかった」


「必要がなかったからですわ」


「必要がなければ怪我をさせない、ということか」


「ええ」


レオンが黙った。


長い間ではなかった。しかし何かを確かめるような間だった。


「俺は今まで、暗属性は制御できないから危険だと思っていた」


「そうおっしゃっていましたわね」


「しかしあの模擬戦を見て、考えが変わった」


朱音は何も言わなかった。


待った。


「制御できているかどうかが問題なのであって、属性そのものが問題なのではない。そう考えを改めた」


「まあ」


「ただし」レオンは続けた。「父はそう考えていない。ルミナール家の立場として、封印請願を取り下げることはない」


「存じておりますわ」


「しかし俺個人は、請願に賛同していない」


「個人として、どうなさるおつもりですかしら」


「動く」


一言だった。


「具体的には」


「父に話す。賛同できないと伝える。ルミナール家の中で、意見の相違があることを明確にする」


「それは、ご家族との関係において、難しいことではありませんかしら」


「難しい。しかしやる」


迷いがなかった。


決めてから来ていた。決める前ではなく、決めた後に話しに来ていた。


「なぜ私にお話しくださいますの」


「当事者だからだ。俺が動くことで、お前の状況が変わる可能性がある。事前に伝えるのが筋だと思った」


筋が通っていた。


自分が動くことで相手の状況が変わる。だから事前に伝える。それが礼儀だという判断だった。


この少年は方向さえ合えば、信頼できる人間だった。


「一つ、お聞きしていいですかしら」


「なんだ」


「考えが変わったのは、模擬戦を見たからですかしら」


「それだけではない」


「ほかには」


レオンが少し間を置いた。


「最初に会った時、悪魔を見たことがあるかと聞かれた」


測定会の帰りの話だった。二年前だった。


「覚えておりますわ」


「その後、ずっと考えていた。見たことのないものを、なぜ信じているのかを」


「二年間、考えていましたの」


「考えるのに時間がかかった。結論が出るまで、中途半端なことは言えなかった」


朱音はレオンを見た。


二年間。


あの一言を、二年間考えていた。考えて、模擬戦を見て、結論が出た。


時間がかかる人間だった。


しかし出た結論は、本物だった。


時間をかけた結論ほど、変わりにくかった。前世でも、そういう人間を何人か見た。ゆっくり動く人間だが、動き出したら止まらない人間だった。


「ありがとう存じますわ、レオン様」


「礼はいらない」


「お受け取りくださいませ。伝えてくださったことへの礼ですわ」


レオンが少し止まった。


受け取り方が分からない顔をしていた。


礼を言われることに慣れていない人間の顔だった。ルミナール家の嫡男として、礼を言われることより礼を言う立場に慣れていなかったのかもしれなかった。


「一つ、私からもお伝えしますわ」


「なんだ」


「お父様と話すことは、簡単ではないと思いますわ。もし困ったことがあれば、言っていただければ、私にできることをしますわよ」


「クロイツェルに借りを作るつもりはない」


「借りではありませんわ。単純に、方向が同じなら協力できるという意味ですわ」


レオンが黙った。


長い間ではなかった。


「分かった」


それだけ言って、中庭から出ていった。


金色の髪が朝の光を反射していた。


まっすぐな歩き方だった。


決めたことに向かって歩く歩き方だった。



授業が終わった午後、カインが近づいてきた。


「今朝のレオンとの話を聞いたか」


「廊下では話していませんわよ」


「中庭で話していたのは見えた。何を話していたかは聞こえなかった。しかしレオンの顔が、入学以来で一番落ち着いていた」


朱音はカインを見た。


「落ち着いていた、とはどういう意味ですかしら」


「決めた後の顔だ。何かを決める前の人間は、どこか落ち着かない。決めた後は落ち着く。今朝のレオンは、決めた後の顔をしていた」


「よく見えますわね」


「人の顔は、刀と同じで、状態が外に出る」


朱音はカインの言葉を繰り返した。


人の顔は刀と同じで、状態が外に出る。


刀は使い込むと傷が出る。丁寧に扱うと艶が出る。製作した職人の癖が出る。状態が外に出る素材だった。


人の顔も同じだと、カインは言った。


「その見方は、鍛冶師の目ですかしら」


「そうかもしれない。ゴルドに教わった見方ではないが、昨日話していて気づいた」


「昨日、ゴルドと何を話しましたの」


「素材の話だ。同じ素材でも、扱い方で状態が変わる。無理に曲げれば割れる。丁寧に熱を入れれば伸びる。その話をしていたら、人間も同じだと思った」


「まあ」


「余計な話だったか」


「いいえ」朱音は言った。「面白い見方ですわ」


カインが少し止まった。


面白い、という言葉を受け取る準備ができていない顔だった。


平民枠の学生が貴族の子弟から面白いと言われることが、想定外だったのかもしれなかった。


「ゴルドとの話は、どうでしたかしら」


「昨日は基礎を見てもらった。金属の扱い方の基礎だ。俺が知っていることと、ゴルドが教えることが、どこが同じでどこが違うかを確認した」


「違う部分はありましたかしら」


「多かった。父の工房と、ゴルドの工房では、道具が違う。道具が違うと、やり方が変わる。やり方が変わると、できるものが変わる」


「それは良い発見でしたかしら、悪い発見でしたかしら」


「良い発見だ。知らないことが多いと分かれば、学べることが多いということだから」


朱音はカインを見た。


十歳の少年だった。


知らないことが多いと分かれば、学べることが多い。その言葉を、感情なく事実として言っていた。


前世でも、そういう人間は少なかった。


知らないことを恥だと思う人間と、知らないことを資源だと思う人間がいた。後者は、前者より速く育った。


「カイン」


「なんだ」


「ゴルドとの話は、続けてくださいな。あの職人は、目がいい人間を見捨てませんわよ」


「俺もそう思っている」


「そうですかしら」


「昨日、俺が接合部分の問題を指摘した時、ゴルドは俺より先にその問題を知っていた。しかし俺が自分で気づくまで言わなかった。教え方を知っている人間だ」


「ゴルドは、そういう職人ですわ」


カインが頷いた。


授業に戻る時間になった。


廊下を歩きながら、朱音は今日の二つの話を整理した。


レオンが動く。


カインがゴルドの下で学ぶ。


どちらも、朱音が指示したことではなかった。


それぞれが自分で判断して、自分で動いた。


前世では、周囲の人間を動かすために、朱音が考えて、判断して、動かす必要があった。動かすための労力が必要だった。


今は違った。


朱音が考える前に、それぞれが動いていた。


それぞれが違う方向を向いているようで、しかし最終的な向きが近かった。


(なぜそうなるのか)


分からなかった。


意図していなかった。


しかしそうなっていた。


教室の扉を開けた。


午後の授業が始まった。


窓の外に王都の空が見えた。


今日も青かった。

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