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緋色の魂は二度、剣を握る ~人斬り令嬢の異世界無双~  作者: N


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第二十二話 令嬢語の朝

アカデミーに通い始めて、二週間が経った。


毎朝、馬車で王都に向かった。毎夕、馬車で帰った。その間に授業があって、食事があって、移動があった。前世では考えられない規則正しい生活だった。


規則正しい生活は、思ったより悪くなかった。


前世では夜に動いて昼に休む生活だったから、最初は朝の明るさに体が戸惑った。しかし十日もすれば慣れた。この体は順応が早かった。


今朝も馬車の中だった。


フィーナが向かいに座って、昨日の授業の話をしていた。魔法理論の講義で、光属性と暗属性の関係について教員が説明した部分が引っかかったという話だった。


「光と暗は相反する属性で、共存できないって説明だったんですけど、エルシア様はどう思いますか」


「教科書通りの説明ですわね」


「でも、エルシア様はそう思わないんですか」


「水と火が共存できないかと言えば、そうでもありませんでしょう。使い方の問題ですわ」


「そうですよね」フィーナが頷いた。「私もそう思ったんですけど、言えなくて」


「なぜ言わなかったのですかしら」


「だって、光属性の人たちがいる前で、暗属性の肩を持つみたいで」


朱音はフィーナを見た。


赤毛の侍女が窓の外を見ていた。少し困った顔をしていた。思っていることを言えなかったことを、引きずっていた。


「フィーナ」


「はい」


「思ったことは言いなさいな。言わなければ、言わなかったことになりますわよ」


「でも」


「言った後で何かあれば、その時に考えればよろしいのですわ。言う前に全部考えようとすると、何も言えなくなりますわ」


フィーナが少し考えた。


「エルシア様は、いつもそうしているんですか」


「そうですわね」


「でも、エルシア様はうまく言えるじゃないですか。私は言い方がうまくなくて」


「うまく言おうとするから言えないのですわ」


フィーナがまた考えた。


考えているうちに、馬車がアカデミーの門に着いた。



最初の授業は魔法理論だった。


教室に入ると、レオンがすでに座っていた。


特級クラスの教室は小さかった。十二名のための部屋だったから、一般クラスの三分の一の広さしかなかった。必然的に、全員の距離が近かった。


朱音は自分の席に座った。


レオンの席とは三つ離れていた。三つ離れていても、会話ができる距離だった。


カインが入ってきた。


カインの席は端だった。平民枠の学生は、慣習として端の席を使うことが多かった。カイン自身がそれを望んでいるのか、慣習に従っているだけなのかは分からなかった。


授業が始まった。


魔法属性の歴史的な扱われ方についての講義だった。


教員が各属性の特性を説明していた。火は攻撃、水は回復、風は移動、土は防御、光は聖なる力、暗は不明と不吉。


暗属性の部分で、教室の空気が少し変わった。


全員が意識した。


朱音がいるからだった。


朱音は普通に聞いていた。


特別な反応をしなかった。暗属性の説明を、他の属性の説明と同じように聞いた。


教員が続けた。


暗属性は歴史的に制御が困難で、使用者が暴走した記録が複数ある。そのため魔法教会は暗属性の管理を定めており、現在も封印の措置が検討されることがある。


教員は朱音を見なかった。


意図的に見なかったのか、それとも本当に意識していないのかは分からなかった。


レオンが発言した。


「先生、暗属性の封印は現在も有効な措置ですか」


教員が少し止まった。


「制度としては残っています」


「具体的にはどのような手続きで」


「王家への請願と、貴族議会の審議と、魔法教会の認定が必要です」


「その三つが揃えば、封印は実行されますか」


「理論上は」


レオンが答えを聞いて、黙った。


何を考えてその質問をしたのか、朱音には読めなかった。


授業の後半で、レオンが朱音の席の前を通った。


立ち止まった。


「さっきの質問は」


「なんでしょう」


「手続きの確認だ。封印の手続きが正式なものかどうかを、公式の場で確認した」


「なぜですかしら」


「正式な手続きであれば、正式に異議を申し立てられる。手続きが不正であれば、別の方法で止められる」


朱音はレオンを見た。


「つまり、封印に異議を申し立てるおつもりですの」


「まだ決めていない」


「でも考えているわけですわね」


レオンが少し止まった。


「クロイツェルの剣を見た。あれは脅威ではない」


「まあ」


「脅威でないものを封印する理由がない。それだけだ」


朱音は少し考えた。


二週間前とは言葉が変わっていた。


アカデミー初日、この少年は剣を見て何かを判断していた。訓練場での模擬戦を、最初から最後まで見ていた。誰も傷つけずに制圧した戦い方を、見ていた。


その上での言葉だった。


「ルミナール公爵のご子息が、そのようなことをおっしゃると、ご家族が困りませんかしら」


「それは俺が考える」


「まあ、ご自由に」


レオンが立ち去った。


カインが近くに来た。


「今のは」


「どう聞こえましたかしら」


「封印に反対する可能性がある、と言ったように聞こえた」


「そう聞こえましたわね」


「ルミナールが父親に反対するのか」


「まだ決めていないとおっしゃいましたわ」


カインは少し考えた。


「でも考えている、とも言った」


「ええ」


カインは黙った。


何かを処理していた。


「あの人が動けば、議会の空気が変わる可能性がある」


「そうなるかもしれませんわね」


「それを見越してエルシアはあの訓練場の模擬戦を、レオンが見ているところでやったのか」


朱音は少し止まった。


カインを見た。


「見越していたかどうかは、さあですわ」


「さあで答えが終わるのか」


「自然にそうなったものは、どうやったか説明しにくいですわ」


カインが少し間を置いた。


それから「なるほど」と言った。


訓練の方法を聞いた時と同じ返し方だった。


教室を出た。


廊下を歩きながら、朱音は今のレオンとの会話を整理した。


方向が変わり始めているかもしれなかった。


変わったとは言えない。しかし変わる前の、揺れている状態に見えた。


揺れている人間に、こちらから押しても逆効果になる可能性があった。


待つ方が良かった。


揺れているうちに、自分で結論を出させる。


前世でも、人を動かす時には、押すより待つことが多かった。押せば動く人間より、待てば動く人間の方が、動いた後で強かった。


次の授業に向かいながら、朱音は令嬢語変換が今日何回機能したかを数えていた。


数えてみると、思ったより多かった。


朝にフィーナと話した時も、レオンと話した時も、カインと話した時も、全部変換されていた。


変換前と変換後で、内容が変わっていたかどうかを確認した。


フィーナへの言葉は、変換前とほぼ同じだった。思っていることを言いなさいという内容は、変換されても変換されなくても同じだった。


レオンへの言葉は、変換によって少し丁寧になっていた。変換前はもう少し短かった。変換後は説明が少し増えていた。


カインへの言葉は、ほぼ変換されていなかった。


変換の量が、相手によって違った。


フィーナとカインには変換が少なかった。レオンには変換が多かった。


相手との距離感を、令嬢語変換が反映していた。


距離が近い相手には変換が少なく、距離が遠い相手には変換が多かった。


それが意図的なのか、自然にそうなっているのか、朱音には分からなかった。


しかし面白い現象だと思った。


変換の量が、今の自分の人間関係を示していた。


次の教室に入った。


歴史と政治の講義だった。


席についてから、朱音は窓の外を見た。


王都の空が青かった。


クロイツェル領の空と同じ青さだった。


封印の話が保留になったまま、日常が続いていた。


日常の中で、少しずつ何かが動いていた。


レオンの言葉。カインの観察。父の議会。母の手紙七通。


全部が別々の動きをしながら、どこかで繋がっていた。


前世では、そういう繋がりを一人で作ろうとして、できなかった。


今は、作ろうとしなくても、できていた。


それが前世との一番大きな違いだと、朱音は窓の外を見ながら思った。


講義が始まった。


今日の歴史の講義は、百年前の貴族議会の改革についてだった。


朱音は前を向いた。


令嬢語変換が、今日も静かに動いていた。

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