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婚約破棄された気弱令嬢リリエラ・ライムブリュレは、選ばれるのをやめました 〜冷酷公爵は静かに立候補する〜  作者: テラトンパンチ


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9/25

第九話 王太子殿下の婚約者


それから少し時間が経った。


リリエラは王太子の新しい婚約者の噂を耳にする。


新しい婚約者‥ベリーナ・パンナコッタ侯爵令嬢の噂は、リリエラの耳にも届いていた。


侯爵家の令嬢。

社交界に出てまだ一年だが、すでに「今季一番の美しさ」と評判だという。


実際に会ったのは、春の大茶会だった。

「まあ」

振り返った先に、淡いピンクのドレスがあった。

ふわふわ、という言葉が似合う人だった。

巻いた金髪。

大きな瞳。柔らかそうな笑顔。

全体的に、綿菓子のような印象だった。

「ライムブリュレ嬢でいらっしゃいますよね」

声も柔らかかった。

「はい。パンナコッタ嬢、ご婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます。ずっとお会いしたかったんです」

「……私に?」

「殿下から、お話を伺っていたので。とても印象に残る方だと」


リリエラはベリーナの顔を読んだ。

笑顔。瞳。表情の動き。


……読みにくい。

読めない、のではなかった。

読もうとしたとき——笑顔の下が、すこし見えた気がした。

少し見えて、すぐに隠れた。

綿菓子の層が厚くて、中身がどこにあるかわかりにくいような。


「殿下が、私の話を」

「ええ。自分が選びたいとおっしゃったんでしょう? 素敵だと思いました」

「……ありがとうございます」


「でも」

ベリーナの声が、ほんのすこし——ほんのすこしだけ、変わった。

笑顔は変わらなかった。

声の温度だけが、一度下がった気がする。


「選ぶ、というのは難しいことですよね。選んだ後のことも、考えなくてはなりませんから」

「……どういう意味でしょう」

「女性が選ぶためには、選ばれる価値がなくてはならないと思って」

柔らかい声だった。


柔らかい声で、言った。

「ライムブリュレ嬢はショコラオランジュ公爵と親しくされているとか。公爵家が相手では——ライムブリュレ伯爵家では、少し荷が重くはないかしら」

笑っていた。


終始、笑っていた。

「もちろん、余計なことを申しました。ではごきげんよう」

ふわりと頭を下げて、ベリーナは歩き去った。


残されたリリエラは、しばらく動かなかった。

頭の中で、会話を反芻した。


表面だけ取れば、悪意はない。

心配しているような体裁だった。でも言っていることの中身は——

あなたには、分不相応だ。

そういうことだった。

昔のリリエラならそうかもしれない、と思っていた。

でも今は——

「……」

胸の中で、静かな何かが灯った。

怒り、というほど熱くなかった。

でも——消えなかった。


その夜、手帳を開いた。


パンナコッタ嬢に会った。

ふわふわしていた。 でも、中身は違う。

「選ばれる価値」という言葉が、引っかかっている。

私は——価値を、誰かに決めてもらうつもりはない。

いつからそう思えるようになったのだろう。


書き終えて、リリエラは少し驚いた。

自分でも気づかないうちに、そう思っていた。

価値を、誰かに決めてもらうつもりはない。

いつから。


答えは——なんとなく、わかっていた。

あの夜会から、だった。

震えながら言えた、あの夜から。



ベリーナ・パンナコッタは、計算が得意だった。

本人は誰にもそう言わない。

言う必要がなかった。

ふわふわして見せていれば、誰も中身を疑わない。

疑われなければ、動きやすい。

それを学んだのは、十二歳のときだった。

侯爵家の令嬢として生まれ、美しく育ち、早くに気づいた。

賢い女は煙たがられる。

でも愛らしい女は、守られる。

守られながら動く方が、ずっと効率がいい。

だから、ふわふわし続けた。

王太子との婚約も——計算の上だった。


アルフォンス殿下は、体裁を重視する。

体裁を重視する人間は、隣に置く人間の見た目を気にする。

ベリーナはその条件を満たしていた。

条件を満たすことが、侯爵家の娘としての仕事だとわかっていた。

問題は——

「ライムブリュレ嬢か」

鏡台の前で、ベリーナは独り言を言った。

侍女たちは下がらせていた。

独り言は、聞かせない。


「殿下がまだ、気にしている」

それは別に構わなかった。

殿下が過去の婚約者を懐かしむくらい、想定の範囲だった。

問題は——ショコラオランジュ公爵だった。

公爵家は王家に次ぐ位を持つ。

その公爵が、ライムブリュレ嬢と親しくしている。

公爵夫人になった令嬢が社交界にいれば——ベリーナの計算の中で、邪魔になりうる要素があった。

それだけのことだった。

個人的な感情ではない、とベリーナは自分に言い聞かせていた。

ただ——

鏡の中の自分を見た。

昨日の茶会で、ライムブリュレ嬢の顔を読もうとした。

読もうとして——少し、苦労した。

あの令嬢は、人の顔を読む人間だとわかった。気弱に見えて、観察している。

そして——揺れなかった。

「荷が重くないか」と言ったとき。

怯えなかった。

傷ついた様子もなかった。ただ静かに、何かを考えていた。

あの目が——少し、引っかかっていた。


数日後、ベリーナは行動に出た。

ライムブリュレ家と取引関係にある商会のひとつに、伝手があった。

侯爵家の息がかかっている商会だった。

そこを通じて——直接的ではない、遠回しな方法で、取引条件を少し動かした。

ライムブリュレ家が困る程度に。

王太子が示唆した圧力とは、別ルートだった。殿下の名前は使っていない。

ベリーナ自身の動きだった。

やりすぎとは思っていなかった。


社交界とは、そういう場所だとベリーナは知っていた。

誰もが何かを持ち寄って、誰かを押しのけて、それで成り立っている。

正直に生きれば、正直に負ける。

それだけのことだ。


リリエラがそれに気づいたのは、取引商会から連絡が来た翌日だった。

「突然の条件変更で——」

担当者が申し訳なさそうに言った。

「……わかりました。帳簿を見直します」

帰宅して、数字を並べた。

影響は小さくなかった。

ただ、致命的でもなかった。

取引先を分散させれば、カバーできる範囲だった。

リリエラは計算した。

一時間かけて、代替案を三つ出した。

それから——少し考えた。


これは‥偶然ではない?

タイミングが、よすぎた。

王太子の圧力は、父への面会という形だった。あれは正面からだった。

今回は——遠回しだった。手口が違う。

パンナコッタ嬢かと思った。


でも根拠はなかった。

でも——あの目を思い出した。

笑顔の下を、一瞬だけ見た気がした。

あれは計算できる人間の目だった。


怒りがあった。

今度は、静かではなかった。

少し熱い怒りだった。

でも——泣かなかった。

縮まなかった。机の上の数字を見た。

対処できる。

対処できることを、まず確認した。

確認してから、リリエラは手帳を出した。


やられた、と思う。

でも、数字は動かせる。 私には、これがある。


書いてから、もう一行書いた。

私の価値を、数字が知っている。


翌朝、リリエラは公爵に手紙を書いた。

相談ではなかった。

報告だった。

取引先の件、対処法の試算、今後の方針——三枚にわたって書いた。最後に一行添えた。


自分で対処します。

ご心配なく。——R


送ってから、少し恥ずかしくなった。

わざわざ報告するようなことでもなかったかもしれない。

でも——なぜか、知っていてほしかった。

私はここで、自分の力で立っている、ということを。


返事は夕方に来た。

信じているよ。——L


一行だった。

最初に戻った、とリリエラは思った。

でも——最初の一行とは、重さが違った。

信じている

ずっと前から、信じていた。

そういう意味だった。

リリエラは手紙を、手帳に挟んだ。

捨てられなかった。


その夜、ベリーナは殿下との夕食の席で、にこにこしていた。

「最近、よく笑っているな」

殿下が言った。


「楽しいことがあったので」

「何が」

「内緒です」

ベリーナは笑った。

計算通りだ、と思っていた。

ただ——心の奥のごく小さな場所で、昨日のライムブリュレ嬢の目が、まだ引っかかっていた。

揺れなかった目。

あれは——ベリーナが持っていない種類の、強さだった。

気のせいだ。

ベリーナはワインを飲んだ。

気のせいだと、思うことにした。


ネーミングセンス無くてすいません‥。

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