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婚約破棄された気弱令嬢リリエラ・ライムブリュレは、選ばれるのをやめました 〜冷酷公爵は静かに立候補する〜  作者: 仁科異邦


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第三十九話 言葉が足りなかった

新婚生活三日目の夕方に、それは起きた。


きっかけは——本当に、小さなことだった。

リリエラが資料室で帳簿を見ていたとき、公爵が入ってきた。

「今夜、来客がある」

「そうでしたか」

「夕食に同席してほしい」


「わかりました。何時頃ですか」

「夜六時には来る」

時計を見た。

四時半だった。

「準備します」

「頼む」

公爵が出ていった。


リリエラは帳簿を閉じた。

来客、という話は今日初めて聞いた。

前もって教えてほしかった、と思った。

でも——まあ、急なこともある、とも思った。


支度をして、夕食に臨んだ。

来客は公爵領の取引先の商会主だった。

話は領地の物流の件だった。

リリエラは黙って聞いていた。

数字の話が出たとき、少し口を挟んだ。

商会主が驚いた顔をした。


公爵が静かに「妻です」と言った。

それだけで、商会主の態度が変わった。

話は思ったより早く進んだ。


食事が終わって、商会主が帰った後——リリエラは片付けの指示を出して、書斎に戻ろうとした。

「リリエラ」

公爵が呼んだ。


「はい」

「今夜の件、助かった」

「いいえ」

「数字の部分、あなたが整理してくれたので早かった」

「役に立てたならよかったです」

「……疲れていたり無理はしていないか?」

「大丈夫です、ありがとうございます」

そこで——少し、間があった。


リリエラは何も言わなかった。

公爵も、それ以上言わなかった。

ふたりで、廊下を別れた。

部屋に戻って、リリエラはしばらく窓の外を見ていた。

怒っているのか、自分の気持ちを確かめようとした。

少しだけ怒っていたかもしれない。

来客の件を、当日に告げたことに対して。

急な話だとわかっていても——前もって知っていたら、もう少し準備できた。

気持ちの準備も、話の準備も。

でも——どうして怒っているのか、うまく言葉にできなかった。

うまく言えないから、言わなかった。


言わなかったから——公爵には伝わっていない。

言葉が、足りなかった。

それだけのことだった。

でも——そのたった一つが、胸の中でじわじわと重くなっていた。


マリアが来た。

「お夜食をお持ちしましょうか」

「いいです」

「食欲がないですか」

「そういうわけじゃないですが」

マリアがリリエラの顔を見た。


「何かありましたか?」

「……少し」

「公爵様と?」

「どうしてわかるんですか」

「顔が——少し、固いので」

リリエラは窓の外を見た。

「怒っているのかもしれない。うまく言えないけど」


「何にでしょうか?」

「来客のことを、当日に言われたことに——少し」

「それは、事前に教えてほしかった、ということですか」

「そうだと思います。でも——忙しかったのかもしれないし、急だったのかもしれないし」


「でも、気になっていると」

「えぇ」


マリアが少し考えた。

「言った方がいいと思いますよ」

「言えるかな」

「言えますよ」

「怒っているわけじゃない、という気持ちを伝えるのが難しくて」


「でも、怒っていてもいいと思いますよ」

リリエラはマリアを見た。

「怒っていい?」

「えぇ、少しは怒っていい。大事なことなので」


「大事なこと?」

「これからの話だから」

マリアが言った。

「言わないと——ずっと同じことが続くかもしれないので」

リリエラは少し考えた。

「……そうだね」

「はい」

「言ってみます」

「はい」

「でも——うまく言えなかったら」

「うまくなくていいと思います」


「なぜかしら?」

「うまくない言葉の方が、本当のことが入ってることが多いので」

リリエラは少し笑った。

「マリア、的確ですね」

「そうでしょうか?」


「うん。昔からそう」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

マリアが出ていった。

リリエラはしばらく、部屋にいた。


それから——立ち上がった。

書斎に向かった。


書斎の扉を、ノックした。

「どうぞ」

入ると公爵が書類を見ていた。

顔を上げた。

「どうした」

「少し、話していいですか」

「ああ」

公爵が書類を置いた。


リリエラは向かいの椅子に座った。

「今夜の来客の件なんですが」

「あぁ」

「当日に聞いたので——少し、焦りました」

「そうか」

「前もって教えてもらえると——気持ちの準備ができるので」


「……そうか、気づかなかった。申し訳なかった」

「いえ、謝ってほしいわけじゃなくて」


「でも——気づかなかったのは、私の落ち度だ」

リリエラは少し間を置いた。

「これから——少し早めに教えてもらえますか。来客のことや、予定の変更など」

「わかった」

「お願いします」


「……他に、言いたいことはあるか?」

公爵が静かに聞いた。

責めているのではなかった。

ただ——聞いていた。

その聞き方が、少し胸に刺さった。


「……少し、怒っていたと思います」

「そうか」

「怒っていいか、わからなかったけど——マリアに、怒っていいと言われたので」

「怒っていい」

「そうですか」

「当然だ。言ってくれてよかった」

「言えなかったかもしれなかったです」


公爵がリリエラを見た。

「言いにくかったか」

「少し‥うまく言えなくて——伝わらなかったら、と思って」

「あぁ、しっかり伝わった」


リリエラは少し俯く、肩から力が抜けた。

言えた。


うまくはなかったけど——言えた。

「ありがとうございます、聞いてくれて」

「礼はいい」

「受け取ってください」

「……受け取った」

少し間があった。

静かだった。

でも——さっきより、ずっと柔らかい静けさだった。


「あなた、次に言いにくいことがあったとき——また、言いに来ていいですか」

レオンハルトは笑顔で

「当たり前だ、いつでも良い、夜中でも良いぞ」

リリエラは少し笑った。


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