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婚約破棄された気弱令嬢リリエラ・ライムブリュレは、選ばれるのをやめました 〜冷酷公爵は静かに立候補する〜  作者: テラトンパンチ


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第二十一話 言葉にしないと伝わらない

ベリーナが王太子に話したのは、面会の翌日だった。

場所は王宮の小さな談話室だった。


アルフォンスはいつも通り、よく整った顔をしていた。

礼装ではなく、普段着に近い格好だった。そのせいか——いつもより少し、素の顔が見えた。

「話がある、と言っていたな」

「はい」

「座れ」

ベリーナは座った。


扇を膝の上に置いた。手が震えそうだったから、扇を持っていたくなかった。

「殿下」

「なんだ」

「先に——謝ります」

アルフォンスの目が、少し動いた。


「ショコラオランジュ公爵の帳簿の件、私がやりました」

部屋が静かになった。

ベリーナは続けた。

途中で止まりたくなった。

でも——止まらなかった。

ライムブリュレ嬢が言っていた。

怖くても言える、と。

体が正直に動くことがある、と。

全部話した。

商会を動かしたこと。噂を広めたこと。

なぜやったか。公爵たちに呼ばれて、認めたこと。不問にしてもらったこと。

話しながら、アルフォンスの顔を読もうとした。

読めなかった。

いつもは感情が顔に出る人だった。

声が大きくなったり、目が動いたり。

今日は——静かだった。

全部話し終えると、アルフォンスはしばらく何も言わなかった。

窓から午後の光が入っていた。


「……なぜ、今日話した」

「隠し事が嫌いなので」

「今まで、隠していたじゃないか」

「はい」

「矛盾しているだろう」

「……矛盾しています」

ベリーナは言った。


「でも——もう、隠したくなかったです」

「なぜ今更」

「変わりたいと思ったので」

「何がきっかけだ」

ベリーナは少し考えた。

「ライムブリュレ嬢に——怖いまま逃げないことを、見せてもらいました」

アルフォンスが黙った。


「あの方は、私がやったことを知っていて、それでも庇ってくれました」

「……庇った?」

「公爵家として正式な対応を取ろうとした公爵を、ライムブリュレ嬢が止めてくれました。逃げなかったから、と言って」

アルフォンスが窓の外を見た。

しばらく、黙っていた。


「俺に、どうしてほしい」

「どうもしてほしくないです」

「怒らなくていいのか」

「怒っても、いいです」

「謝れということか」

「謝ってほしいわけでもないです」

アルフォンスが、ベリーナを見た。

「では、なぜ話した」

ベリーナは少し間を置いた。


「……殿下に、ちゃんと知っていてほしかったから、だと思います」

「知っていてほしい」

「はい」

「俺に——隠したくなかった、ということか」

「……はい」

部屋が静かだった。

アルフォンスがため息をついた。

立ち上がって、窓のそばに歩いた。

背中を向けたまま、言った。

「俺は——お前のことを、わかっていなかったと思う」


「殿下‥」

「計算が得意で、ふわふわして見えて——でも中身は全然違う。そういうことを、ちゃんと見ていなかった」

「……それは」

「ライムブリュレとの話もそうだ。あいつのことも、わかっていなかった」

アルフォンスが振り返った。


「俺は、隣にいる人間を——ちゃんと見ていなかった」

ベリーナは何も言えなかった。

「お前が話しに来たのは——俺にちゃんと見てほしかったから、じゃないのか」

「……」

「違うか」

「違わないです」

小さな声だった。


アルフォンスが歩いてきた。

向かいの椅子に、座った。

「帳簿の件は——俺からも、ライムブリュレに詫びる」

「それは」

「お前だけの話じゃない。俺が、ちゃんとお前を見ていれば——お前がそこまで追い詰められることは、なかったかもしれない」

「追い詰められていたわけでは」

「違うのか」

ベリーナは黙った。


「……少し、追い詰められていたかもしれないです」

「そうだろう」

「でも、殿下のせいではないです。私の判断です」

「両方だ」

アルフォンスが言った。

「お前の判断と、俺の不注意と、両方だ」

ベリーナは俯いた。

「……殿下は」


「なんだ」

「怒らないんですか」

「怒っている」

「怒っているんですか」

「怒っている。でも——話してくれたことの方が、大きい」

ベリーナが顔を上げた。

アルフォンスは、いつもと違う顔をしていた。

声が——静かだった。

よく通る声が、抑えられていた。


「俺は、ライムブリュレに言われたことがある。考えたことがなかった、と。お前のことを、ちゃんと考えたことがあったか——今、自分に問うている」

「……」

「なかったと思う」

「殿下」

「これから——考えたい」


ベリーナはしばらく、アルフォンスを見ていた。

計算しようとした。

できなかった。

「……怖いです」

「何が」

「ちゃんと見てもらうのが——怖いです」

「なぜ」

「今まで、見られないようにしてきたので。本当のことを、隠して生きてきたので」

「それは——俺もだ」

アルフォンスが言った。


「体裁を重視してきた。中身を、ちゃんと見せたことがなかった」

ふたりの間に、静かな時間が流れた。

どちらも——完璧な貴族の顔を、していなかった。

「ベリーナ」

名前を呼んだ。

婚約してから初めて、名前だけで呼んだ気がした。


「はい」

「今日、話してくれてよかった」

「……よかったですか」

「ああ」

「怒っているのに?」

「怒っていても——よかった」

ベリーナは少し、目が熱くなった。

泣くつもりはなかった。

でも——こらえるのに、少し苦労した。

「……私、変わりたいです」

「変われるだろう」

「根拠はありますか」

「今日、怖くても話しに来た」

アルフォンスが言った。

「怖くても来られる人間は——変われると思う。誰かに教えてもらった話だが」

「誰にですか」

「ライムブリュレだ」

ベリーナは少し笑った。

泣きそうなのに、笑った。


「あの方、本当に——人を変えますね」

「ああ」

アルフォンスが、少し遠い目をした。

「変えられた人間が、ここに二人いる」


その話をリリエラが聞いたのは、三日後だった。

王太子から手紙が来た。


ベリーナの話を聞いた。詫びる。これ以上、ふたりの邪魔はしない。——アルフォンス


短かった。

比喩がなかった。

珍しく——真っ直ぐな手紙だった。

リリエラは手紙を読んで、少しの間、窓の外を見ていた。

「お嬢様」

マリアが声をかけた。


「どうしましたか、そんな顔をして」

「……色んな人が、変わっていくな、と思って」

「よいことではないですか」

「うん」

「お嬢様も、変わりましたよ」

「そうかな」

「変わりました。最初に婚約破棄された夜のお嬢様と、今のお嬢様は——全然違います」

「どう違う」

マリアが少し考えた。


「昔は——震えていても、声が出なかった」

「今は?」

「震えていても、声が出ます」

リリエラは少し笑った。

「……それが全部だね」

「それが全部だと思います」

リリエラは手紙を折りたたんだ。

手帳に挟もうか、と思った。


色んな人の言葉が、この手帳に集まっていた。

公爵の手紙。父の言葉。マリアの話。夫人の沈黙。ベリーナの笑顔。


全部、リリエラの手帳には詰まっている。

足せば増えて、減らない減ることのない思い出だった。

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