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第10話:……行くぞ、陽菜

            ***


「えー、じゃあ文化祭の出し物だけど……」


 ホームルーム。文化祭のクラス企画を決める話し合いが行われていた。うちのクラスはメイド喫茶に決まったらしい。華やかな一軍女子たちが盛り上がっている。


「で、役割分担なんだけどぉ」


 委員長の愛梨が、黒板の前でチラリと私を見た。


「小日向さんと本郷くんは、裏方でいいよね?接客とか無理そうだし」

「あー、それな。客が引くわ」

「お皿洗いとか、ゴミ捨て係でよくね?」


 クラス中からクスクスと笑いが起きる。私たちは、華やかな文化祭の表舞台から排除された。ゴミ捨て係。それが、私たちに与えられた役割だった。


「……分かりました」


 私が小さく答えると、本郷くんも無言で頷いた。愛梨は満足そうに笑う。


「決まりね!じゃあ、地味カップルのお二人は、裏でしっかり支えてね~」


 屈辱的な扱い。

 ――ブブッ。いつもの通知。差出人は『Y』


『ステージの大トリの枠、裏ルートで押さえた』


 え……?

 顔を上げて彼を見ると、彼は誰にも見えない角度で、ニヤリと凶悪に笑った。


 そう。

 表向きはゴミ捨て係の私たち。けれどその裏で、私たちは着々と準備を進めていたのだ。この文化祭のステージをジャックし、全校生徒の前で正体を明かす。その瞬間のために。


            ***


 文化祭当日までの1ヶ月は、地獄と天国の往復だった。


 学校では、皿洗いの練習やゴミ箱の設置準備。愛梨たちに雑用を押し付けられ、罵声を浴びる日々。

 「どんくさい」「もっとテキパキやれよ」「これだから陰キャは」

 その言葉の一つ一つが、心に降り積もっていく。


 でも、放課後は違った。スタジオに籠もり、新曲の制作とリハーサル。本郷くんの指導は鬼のように厳しかった。


「違う!そこはもっと感情を込めろ!」

「Nona、お前の『色』はそんなもんか!?」

「愛梨たちを見返すんだろ? あいつらの度肝を抜くんだろ!?」


 マイクの前で、何度も何度も歌い直す。喉が枯れそうになっても、足が震えても、彼は許してくれない。

 でも、休憩時間になると、彼は無言で喉に良いハチミツ湯を出してくれたり、腫れた足をマッサージしてくれたりした。


「……絶対、成功させるぞ」

「うん」

「俺たちの全てを、あの30分のステージにぶつけるんだ」


 私たちは、戦友だった。恋人であり、共犯者であり、運命共同体だ。


 披露する楽曲のうち3つはこれで決まった。

 『カレイドスコープ』

 『Lieu』

 『Thumbtack』


 …そして、まだタイトルが決まっていない、最後の曲。


「本郷くん。最後の曲は私が作詞をしたい」


「……本気か?」

 本郷くんは、私を見つめて言った。


「……うん。任せてほしい」

「わかった」


 私たちは準備を整えた。狐面も、衣装も、機材も。

 全ては、Xデーのために。


            ***


 文化祭、初日。

 学校中はお祭り騒ぎだった。

 クラスのメイド喫茶は大盛況。愛梨たちは可愛いメイド服を着て、「いらっしゃいませ~♡」と愛想を振りまいている。

 私と本郷くんは、薄暗い調理室の隅で、延々と皿を洗っていた。


「……ねえ、洗剤足りないんだけど」

「とってきてよ、小日向さん」

「遅い!早くして!」


 こき使われる私たち。誰も見向きもしない。

 私たちが、今夜ネットニュースのトップを飾るであろう&roitとNonaだなんて、誰も知らない。


 そして、運命の2日目。

 後夜祭のステージイベント。


 体育館は熱気に包まれていた。ダンス部、軽音部、有志のバンド。次々と演目が披露され、生徒たちのボルテージは最高潮に達している。


 プログラムの最後。

 生徒会バンドの演奏が終わり、司会者がマイクを握った。


「さあ、これですべての演目が終了しまし……」


 フッ。


 突然、体育館の照明がすべて落ちた。

 停電?

 ザワザワと生徒たちが騒ぎ出す。


「え、なに?」

「トラブル?」


 闇の中で、私は本郷くんの手を強く握った。舞台袖。私たちはもう、ジャージ姿じゃない。

 私は群青色のドレスに狐面。彼は黒いスーツに仮面。


「……行くぞ、陽菜」


 彼が初めて、下の名前で呼んだ。

 その声が、震える私の背中をドンと押した。


 ジャーンッ!!


 暗闇を切り裂くように、強烈なギターのリフが鳴り響いた。同時に、ステージ中央にスポットライトが突き刺さる。


 そこに立っていたのは、ゴミ捨て係の二人ではない。

 正体不明のカリスマユニット、&roitとNonaだった。


「――こんばんは、翔陽高校」


 本郷くんの、加工された低い声がマイクを通して響く。


「最後の授業を始めようか」


 悲鳴のような歓声が、体育館を揺らした。

 私たちの反撃の狼煙が、今、上がった。

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