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3.まさかのご対面

 わたくしと婚約者であるジョルジェット様との間でちょっと問題があって、それを解決するために頑張っているのだと、ミレットとその両親にはそう説明している。


 そんなこともあって、ミレットは積極的に社交界の情報を探ってくれていた。ジョルジェットに動きがないか、それとなく調べてくれていたのだ。


 ミレットは有用な情報をつかんできましたよとばかりに、頬を赤らめて話している。


「招待状は不要の、大規模な舞踏会になるみたいです」


 その情報に、耳を疑った。ガイヴェルとふたり、顔を見合わせる。


 まさかあの人見知りのジョルジェットが、わざわざ舞踏会を開くなんて。わたくしが彼の望みを引き受けるなりいなくなったので、じれたのだろうか。それはあるかもしれない。彼、待たされるのは苦手だから。


「ともかく、顔を出しておいたほうがよさそうですね。ジョルジェット様が何をするか、分かったものではありませんから」


 こうも急だと、事前にジョルジェットに会ってあれこれ確認するだけの時間はない。舞踏会の会場で彼を捕まえて、話をするほかない。


 するとガイヴェルが、難しい顔で口を開いた。


「俺も同行させてくれ。……そのジョルジェット殿に、実際に会ってみたい。それに俺がいれば、何かあったとしても君を守れる」


 舞踏会で、彼の力が必要になるようなことがあるだろうか。ないと思う。けれど、彼の気持ちはとても嬉しい。


 だから笑顔で、うなずいた。





 次の日、わたくしとガイヴェルは着飾って、ツェンの屋敷に出向いていった。


 ミレットは「フィリーシア様と兄上の邪魔はしませんから」と宣言して、別の馬車でついてきていた。彼も、わたくしの力になりたいのだそうだ。本当に心優しい兄弟だ。


 会場は、ツェンの屋敷の大広間だった。ガイヴェルにエスコートされながら人ごみをかきわけるようにして突き進んでいるうちに、ようやくジョルジェットの姿を見つけることができた。


「ジョルジェット様、ごぶさたしています。例の件について考えていたら、思いのほか手間取ってしまって……」


 謝罪を込めて頭を下げると、ジョルジェットののんきな声がした。


「そうか。ではそちらは任せた。君なら、いつもどおり首尾よくやりとげてくれるだろうし」


「あの、それと……どうして、急に舞踏会など?」


「パティナに会いたかったからだ。君に彼女の話をしたからか、いてもたってもいられなくなってしまって」


 だったらせめて、事前に相談くらいして欲しかった。わたくしは穴に落ちたあの日から家には戻っていないけれど、マリナス家のお世話になっていることはきちんと知らせていたのに。


「でしたら、わたくしにも前もって声をかけていただければ、あれこれとお手伝いもできましたのに……」


「すまない、君のことをきれいに忘れていた。パティナに会えるかもと思ったら、心が浮き立ってしまったんだ」


 触れているガイヴェルの腕が、かすかにこわばった。


「そうだ、せっかくだからパティナに会ってくるといい。本当に愛らしい、素敵な女性だから。そうすれば君も、よりうまく私を手伝うことができるだろう」


「……はい」


 短く答えて、その場を離れる。ジョルジェットは、わたくしの隣にいるガイヴェルについては一度も尋ねなかったし、そもそも彼に興味すらないようだった。


 婚約者が知らない男にエスコートされているというのに、その態度はないだろう。そんな言葉を呑み込んで、歩き続けた。


 少し進んだところで、ガイヴェルが小さくため息をついた。


「……話に聞いていたより、遥かに面倒な方みたいだな。これでは、ずっと大変だったろう、フィリーシア」


 声をひそめ、ガイヴェルがささやきかけてくる。


「いえ、今はあなたという理解者がいてくれますから、ずっとましです」


 ほんの少し前まで、わたくしは孤独だった。誰にも苦悩を打ち明けられずに、ジョルジェットに振り回されるだけだった。それを思えば、今はいっそ幸せなくらいだ。


「あの、フィリーシア様……ですよね?」


 すると今度は、横合いから声がした。そちらを向くと、生き生きとした目の令嬢がこちらを見つめていた。


 ええそうですが、と答えると、彼女たちはスカートをつまんでお辞儀し、名乗ってきた。


「はじめまして、フィリーシア様。わたし、パティナ・スーリンと申します」


 思いもかけない展開に、顔がひきつりそうになる。すんでのところでこらえて、優雅に微笑んだ。


「ご挨拶ありがとう、フィリーシア・ターレンです。こちらは友人のガイヴェル・マリナス」


 すると彼女はぱあっと顔を輝かせ、身を乗り出してきた。確かに子リスのような、愛らしい女性だ。


「一度、お話ししてみたかったんです。思い切って声をかけてみてよかった」


「あら、わたくしのことをご存知ですの?」


 不思議に思って尋ねると、彼女は顔を赤らめてもじもじしてしまった。


「ええ、はい、その……これから、仲良くしてくれると嬉しいです」


「もちろんよ。よろしくね」


 わたくしの言葉に、彼女は飛び跳ねんばかりにして喜んでいる。本当に可愛らしい。


「わあ、ありがとうございます! ところで……てっきり、こちらの方がジョルジェット様なのかと思いましたけれど、違うんですね。でも考えてみれば、そうですよね。ガイヴェル様、とっても立派な方みたいですし」


 彼女の無邪気な言葉に、思わず天を仰ぎそうになる。やっぱり彼女は、ジョルジェットの顔すら知らない。


 それも、当然といえば当然だった。これまで社交の場では、ジョルジェットはいつも隅のほうにいた。わたくしが彼にエスコートされたことはない。


 パティナともう少し話して、またその場から移動する。周囲の人たちから少し距離を取って、ガイヴェルにささやきかけた。


「……今さらなのですが、罪悪感が……パティナさん、いい方のようですし……無理にジョルジェット様を押しつけるのが、申し訳なくて……」


「その気持ちも分かる。だがここはもう少し、様子を見るしかなさそうだな」


 こそこそと話し合いながら、それとなくパティナを目で追いかける。どうか何事もなく過ぎてくれと、こっそりと祈っていた。


 しかし祈りもむなしく、視界の端にジョルジェットの姿が見えた。彼はゆったりとしつつもぎこちない足取りで、パティナに向かって進んでいる。


「あ」


「止めたほうが、いいのか……?」


 固唾を呑んで見守るわたくしたちの前で、ジョルジェットはパティナにさらに近づき、ついに声をかけた。


「や、やあ、パティナ。僕はジョルジェット。この舞踏会を主催したものだ」


「はい、お名前はかねがね……」


 パティナの顔には、うさん臭いものを見るような色がはっきりと浮かんでいる。さっきの愛らしい様子とは、まるで違っている。なぜだろう。


 そもそも、あのふたりが顔を合わせるのは初めてのはずなのだけれど。


「彼女、どうしてあんな表情をしているのでしょうか?」


「さあ。見当もつかない」


 小声でガイヴェルにささやくと、彼も不思議そうな顔で首をひねっていた。


「そそ、そうか。私の名前を知っていてくれて、嬉しい」


 ジョルジェットは上ずった声で、パティナに話しかけている。初恋にとまどう男心……といったところなのだろうが、はっきりいって不審者そのものだ。


「あの、御用がないのでしたら、わたし、もう行きたいのですけれど」


 明らかにパティナは、ジョルジェットから離れたがっていた。しかしそのせいで、ジョルジェットは焦ってしまったらしい。彼はいきなり彼女の手を取ると、声を張り上げたのだ。


「パティナ、君をひと目見たそのときから、私は君のとりこになってしまったんだ!」


 明るいお喋りに満ちていた大広間が、一瞬にして静まり返った。


 思わずガイヴェルと手を取り合って、はらはらしながらなりゆきを見守る。するとジョルジェットは駄目押しとばかりに、さらに叫んだ。


「……どうか、私の妻になってほしい!!」


 ああもう、これではめちゃくちゃだ。初対面の相手に、出会ってすぐ求婚するなんて、聞いたことがない。


 ただ、パティナはジョルジェットよりも格下の家の娘だ。彼の求婚を断ることができずに、困っているかもしれない。


 このまま彼女が流されてくれれば、わたくしの悩み事はいったん片付く、かもしれない。でもそれでは、あまりに彼女にとって酷だ。


 割って入ろうとしたとき、パティナの静かな声がした。


「嫌です」


 ジョルジェットは、目を真ん丸にしてただパティナを見つめていた。


「フェリーシア様は、わたしの憧れなんです!」


 するとパティナは、思いもかけないことを口にした。えっ、わたくし?


「美しくて教養もあって、けれどそのことを鼻にかけることもない立派な令嬢だって、もっぱらの噂なんですよ! わたしも、一度お会いしたいなって、ずっとそう思ってました」


 それを聞いて、彼女の態度の理由が分かったような気がした。


 いつも舞踏会なんかでは、ジョルジェットに付き合うようにして会場の隅のほうにいたから、わたくしもあまり他の方と交流を持つことができなかった。


 でも今日のわたくしはガイヴェルにエスコートされて、会場の真ん中を堂々と歩いていた。だから彼女は、ここぞとばかりに声をかけてきたのかもしれない。


「なのに、婚約者であるはずのジョルジェット様については、どんな方なのかすら分からなくって、不思議だなっていつも思ってました」


 そんなことを考えている間も、パティナははきはきと話し続けている。大広間に集まっている人たちはみな、彼女に注目していた。


「今自己紹介してもらって、ようやく分かりました。時々舞踏会で見かける、妙にこそこそした人がジョルジェット様だったんだな、って」


 こそこそした人……と、ガイヴェルが小声で復唱している。ちょっぴりあきれたような口調だ。


「それが、いきなりわたしに求婚ですか!? わたし、あなたのことを何も知りませんし、家のほうに婚約の打診ももらってませんよ!?」


「いや、そういったあれこれは、後々整えていけばいいかと……今は、君の気持ちを聞きたくて……」


 うろたえながらも、ジョルジェットはつぶやく。愛らしくてほんわかしたパティナの豹変っぷりに、彼は完膚なきまでに圧倒されていた。


「それに、フィリーシアのことなら気にしなくていい。彼女は、私に協力してくれているんだ」


 苦しまぎれに口にしたであろう言葉に、パティナが目を真ん丸にした。


「協力……ですか? それっていったい、どういうことでしょう?」


「彼女はいつも、私の困りごとを鮮やかに解決してくれるのだ。今回も、君に恋してしまったと打ち明けたら、すぐに動いてくれて」


「信じられない!! 自分のことくらい、自分でどうにかしたらどうですか!!」


 もはやパティナは、嫌悪感を隠そうともしていなかった。どうやら彼女、見た目よりはずっと気が強いらしい。


「そもそもジョルジェット様は、既にフィリーシア様と婚約しておられますよね! わたしに声をかけること自体、おかしいです! わたしを、どうするおつもりだったんですか!」


「それは……側室になってもらってもいいし、フィリーシアとの婚約を白紙に戻して、改めて君と婚約してもいい。どちらでも、君の好きなように……」


 ジョルジェットは背中を丸め、ぼそぼそとつぶやいている。パティナは彼から顔をそむけると、ばっとこちらを見た。


「フィリーシア様」


「は、はいっ!?」


 彼女の気迫に、わたくしまで圧倒されてしまう。背筋を伸ばして答えると、彼女ははっきりした声で言った。


「これって、あなたのほうから婚約破棄を言い渡してもいい状況ですよね。証人は、ここにいるみんなです!」


 パティナが周囲を見渡すと、大広間がざわつき始めた。彼女はわたくしをまっすぐに見つめ、きっぱりと告げてくる。


「フィリーシア様は、ジョルジェット様にはもったいないです」


 そうだ、という声が、周囲の人垣から上がった。


「家の都合なんかもあるとは思いますけど、でも……このままあなたがこの人に縛られているのは、よくないと思うんです」


 彼女の言葉に同意する声が、次々と上がる。その声を聞きながら、わたくしはただとまどうことしかできなかった。


 ジョルジェットとの婚約を破棄する。すなわち、彼から自由になる。


 それは長年、わたくしが心の奥底で望んでいたことではあるけれど……いざその可能性が目の前に現れてしまったら、動けなかった。


 ガイヴェルの腕にすがるようにして、ただ立ち尽くす。すると、隣から静かな声がした。


「俺もそう思う」

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