1.そして令嬢はひとり叫ぶ
「ふざけるなあああ!! なーにが『好きな人ができたんだ、どうしようフィリーシア』よ!!」
ぽっかりと地面に空いた穴のそばに手をついて、穴に向かってかがみ込み、全力で叫ぶ。
「よりにもよってそれを、婚約者であるわたくしに相談するなんて、どうかしてるわあの男!!」
ここは明るい林の中で、わたくしのほかには誰もいない。誰も、わたくしの叫び声を聞いてはいない。
それをいいことに、わたくしは力の限り叫び続けていた。先ほどのできごとを延々と思い出し続けながら。
◇
あれは、数時間前のことだった。婚約者のジョルジェットが、突然わたくしを呼び出したのは。
「急に呼び出してすまないね、フィリーシア。君にしか相談できないことがあって」
大急ぎでかけつけたわたくしが彼の向かいの席に腰を下ろすやいなや、ジョルジェットがはにかんだ笑みを浮かべる。
彼は一応面差しこそ整っているし、柔和で優しげと言えなくもない。ただその笑みは、どちらかというと軟弱さを感じさせるものだった。
「いえ、婚約者の頼みですから、何をおいてもかけつけるのは当然ですわ。それで今日は、どのようなお話でしょうか」
期待に輝く彼の顔から目をそらし、淡々と言葉を返す。内心、深々とため息をつかずにはいられなかった。ああ、また面倒なことになりそうだ、と。
わたくしとジョルジェットは、物心つく前からの知り合い、いわゆる幼馴染という関係だ。
我がターレイン家と、ジョルジェットのツェン家はともに伯爵家で、屋敷もすぐ近くにあった。その縁もあってか、それぞれの親は、結婚する前から四人で仲良くしていたらしい。
自然と、わたくしとジョルジェットは幼いころからちょくちょく顔を合わせるようになっていた。
やがてわたくしたちがそろって十六歳になったとき、双方の親はどちらからともなく言い出したのだ。このふたりを夫婦にしよう、と。
そうしてわたくしたちが婚約したのが、去年のこと。
これだけ聞いたなら、恋愛小説のようだと思う人もいるかもしれない。幼いころからともに育ち、淡い恋心を抱いたふたりが、結ばれて幸せになる物語だと、そう思われても仕方はない。
……でも実態は、まるで違った。そう、まったく逆だった。
わたくしにとってジョルジェットは、とにかく手がかかるというか……彼との思い出は、ろくなものではなかった。
こっそりふたりだけで探険にいこうよとわたくしを外に連れ出したあげく、転んでひざをすりむいて大泣きした彼が、森の中で一歩も動けなくなったのが、五歳のとき。
なだめすかしながら手を引いて屋敷まで連れ戻したけれど、あれは大変だった。
一緒に勉強しようよと呼び出されたものの、わたくしのほうが学習が進んでいたのが悔しかったのか、またしても大泣きされたのが、六歳のことだった。
あれ以来、彼の前では手を抜くことにした。本気を出したら、またややこしいことになると、幼心にそうさとったから。
ダンスの練習がしたいと言われてつきあったはいいものの、わたくしを思いっきり振り回して転ばせてきたのが、確か八歳のときだ。
彼はごめんと言って泣いていたけれど、お気に入りのスカートのすそを破られてしまったわたくしのほうが泣きたかった。
十歳で、ふたり同時に社交界デビューした。しかし彼は他の子たちに声をかけることができずに、彼はずっとわたくしの後ろに隠れていた。
おかげで、わたくしもあまり他の子と話せなかった。正直いって、かなり迷惑だった。
そこからも、ジョルジェットのとんでもない行動は続いていた。
あるとき、彼は意気込んでお茶会を開くことにしたものの、犬猿の仲の令嬢同士をうっかり招いてしまったことに後になって気がついた。そうしていつものように、わたくしに泣きついてきたのだ。
結局、お茶会の席でふたりが接触しないようにわたくしが必死に立ち回り、どうにかこうにか事なきを得たのだった。思い出しただけでも疲れる体験だった。
とまあ、わたくしにとって彼は、かなり手のかかる弟のようなものでしかなかった。それも、彼が引き起こす面倒ごとときたら、日に日に大きくなるばかり。
このまま放っておいたら大変なことになりそうだなと、そう思っていたところだったのだ。
そんなわたくしの嫌な予感を裏切ることなく、彼は恥じらいつつ口を開いた。
「実は、好きな人ができたんだ」
……今、なんて言った? 問い詰めたいのをこらえて、上品に相槌を打つ。今はとにかく、体勢を立て直す時間が欲しかった。
「まあ、そうでしたの……」
「でもほら、私は恋愛経験なんて、まるでないし……どうしたらいいんだろう」
あごを引いて、ジョルジェットは上目遣いにわたくしを見つめていた。これは質問ではない。君がどうにかしてくれないかと、そう懇願している目だ。何度も見ているから、間違いない。
あまりの情けなさに、頭を抱えそうになる。
わたくしと彼の間に、恋愛感情はない。それはお互いに、分かっていることだった。というか貴族の婚約なんて、だいたいがそういうものだ。
しかしながら、あまりにも情けなくて……悔しかった。形ばかりの婚約であっても、最低限の礼儀というものがあるだろう。それがまさか、婚約者に、好いた女性の相談をされることになるなんて……屈辱だ。
泣きたいのをぐっとこらえて、上品な笑みで言葉を返す。
「あいにくと、わたくしもそういった事柄については詳しくなくて……」
そっと拒絶の意を示したら、彼は目を見張って立ち上がり、こちらに身を乗り出してきた。
「ええっ、それは困るよ。だって私には、君しか頼れる人がいないのだから。お願いだ、私
を助けてくれ!」
彼は珍しくも声を張り上げ、懸命に主張している。わたくしが承諾するまで、きっと彼はこうやってごね続けるに違いない。
無作法に舌打ちしたいのをこらえつつ、ひとまず話だけでも聞いておくことにする。仕方ない、どうするかは、後で考えよう。
「……相手のご令嬢は、どなたですか?」
すると、ジョルジェットは真っ赤になってしまった。長い付き合いではあるけれど、こんな表情をしているのは初めて見る。どうやら彼は、本気でその女性に惚れ込んでいるらしい。
「パティナ・スーリン。子爵家の令嬢だ。えくぼが愛らしい、子リスのような女性なんだ」
さて、聞いたことのない名前だ。
「彼女について、他に何か知っていることはありませんか? 性格とか、好きなものとか。どんなささいなことでもいいのですが」
「それが……知らないんだ」
彼の言葉に、ついうっかりあんぐりと口を開けてしまう。もしかしてこれって、ろくに口もきいたことがない、とか? 極度の人見知りである彼なら、そういったこともないとは言い切れないけれど。
「先日のお茶会で、彼女をたまたま見かけて、ひと目でとりこになった。けれど勇気が出せなくて、それ以上彼女に近づけなかったんだ。それくらいに、彼女は輝いていたから」
自分のいくじなさをさらけ出しながら、ついでにさらりとのろけている。こんなところだけ器用なのだから、困ったものだ。
ともかく、これ以上ジョルジェットに話を聞いたところで何も得られなさそうだ。むしろ、どんどん怒りが増してしまいそうだ。
「分かりました。それではひとまず、打つ手を考えてみます」
淡々と告げて下がろうとすると、ジョルジェットは優雅な笑みを浮かべた。
「ああ、任せた」
これでもう大丈夫だと言わんばかりの安心しきった笑みに、ふと殺意のようなものがこみ上げるのを感じていた。
◇
そんな一幕を経て、わたくしは森の中で叫んでいたのだった。
ジョルジェットの問題については後で片付ける。しかしその前に、胸の内にたぎる怒りを吐き出してしまわなくては。このままでは、冷静に考えることなどできはしない。
今わたくしが叫んでいる穴は、以前ひとりで遠乗りをしているときに偶然見つけたものだ。
人里離れた明るい林の中に、ぽっかりと空いた穴。小石を落としてみたら、何の音も聞こえなかった。たぶん、かなり深い。
この穴に向かって叫べば、誰にも聞かれることなく本心をぶちまけられるのではないか。そう気づいてからは、こっそりひとりでここにやってきて、思う存分叫ぶことにしていた。
ジョルジェットに振り回されて辛いとき、悲しいとき、悔しいとき。わたくしの思いを受け止めてくれるのは、この穴だけだった。
いつもなら、ものの数分も叫べば落ち着きが戻ってくる。しかし今日は、そうもいかなかった。
叫びに叫んで、肩で息をする。
「はあ、はあ……駄目、まだ叫び足りないわ……」
叫びすぎてくらくらしてきたけれど、胸の中に渦巻く怒りはちっとも収まってくれない。
穴の縁に手をかけて、穴をのぞき込むようにして、ありったけの力を込めて叫んだ。
「ジョルジェットの馬鹿野郎―!! 最低男、甘ったれの能無し!!」
家族が聞いたら目をむきそうな言葉を、次々穴に投げ込んでいく。
わたくしは伯爵家の令嬢としてきちんとしつけられてはいるけれど、使用人たちや町の人たちの言葉にも耳を澄ませているから、砕けた物言いもできる。というか、今は上品な言葉遣いをしたい気分ではなかった。
「だいたいわたくし、恋愛経験なんてないわよ!! 助言なんてできるわけないじゃない!!」
ぜーぜーと肩で息をして、さらに叫ぶ。
「というか、なんで婚約者の浮気を、わたくしが手伝わなくちゃならないのよー!!」
そう、形式的にはこれは、浮気なのだ。本来ならジョルジェットは、もっと後ろめたそうな態度であるべきなのだ。わたくしに相談するなど、ありえないのだ。
「わたくしのことを、なんだと思ってるのよー!!」
そこまで叫んだところで、ふとむなしさを覚えた。
わたくしさえ我慢すれば、ジョルジェットとの腐れ縁を気にしなければ、全ては丸く収まるのだ。ずっとそう自分に言い聞かせて、今日まで耐えてきた。
でもどれだけ頑張っても、少しも報われない。むしろ、どんどん辛くなるばかり。あげくの果てに、こんなことになってしまった。
「はあ……最悪な気分」
叫びすぎてくらくらしていたからか、ふとよろめいてしまった。穴の縁をつかんでいた手が、ずるりと滑る。
「きゃあああああ!!」
さっきまでのものよりさらに大きな悲鳴を上げながら、まっさかさまに落ちていった。
「痛ったた……」
穴の底で、小さくうめく。ゆっくりと体を動かし、状況を確認する。
どうやらここは、岩でできたホールのようになっているようだった。わたくしは、その底にたっぷりと積もった落ち葉の上に着地していたのだ。
着地の衝撃で足も手もじんじんしているけれど、大きな怪我はしていない。よかった。
着ているのがドレスではなく、乗馬用のしっかりとしたズボンとジャケットだったのも幸いした。革のブーツではなく繊細な女物の靴だったら、足首くらいくじいていたかも。
ばっと真上を向くと、高い岩の天井の中に、小さく丸い青空が見えていた。
あれが、さっきまでわたくしがのぞきこんでいた穴だ。けれどここからあの穴まで登っていくのは難しい、というより無理だ。
ロープか何かを穴から垂らしてもらって、それにつかまって登るしかなさそうだけど、上には誰もいないし、そもそもそんな器用な動きはできない。
「他に出られそうなところは……」
ため息をついて、辺りを見回す。横のほうに、真っ暗な洞窟がぽっかりと口を開けていた。
ここは上の穴から光が入っているおかげで明るいけれど、あの洞窟を進むとしたら、手探りで少しずつ進んでいくしかない。それに、その先に出口がある保証もない。最悪、真っ暗な中で立ち往生だ。
自分が置かれた状況がはっきりしてくるにつれて、恐怖がこみ上げてくる。
「どうしましょう……」
もちろん、このままわたくしが戻らなければ、両親はわたくしを探させるだろう。
しかしこの穴のことは、誰にも話していない。ここはわたくしが見つけた、唯一弱さをさらけ出せる場所だったから。
つまり、助けが来るのはかなり先になる可能性もあるわけで……。
かつん。
心細さに泣きそうになったそのとき、遠くでそんな音がした。暗い洞窟のほうからだ。
かつん、かつん。
最初は、小石が転がる音かと思った。でも違う。これは、靴音だ。
誰かが、あの暗い洞窟をこちらに向かって歩いている。そのことに気づいたとき、背筋がぞわりとした。
こんなに早く、助けが来るはずがない。だったらあの誰かは、なんのためにこんなところにいるのだろう。まさか、賊とか!?
せめて武器の代わりになればと、近くに落ちていた小石をにぎりしめ、身構える。やがて洞窟の入り口がふわりと明るくなり、大柄な人影が姿を現した。
「だ、誰なの!?」
緊張のあまり少し裏返った声で叫ぶと、人影がそこで立ち止まった。
「怪しい者ではない。先ほどの叫び声を聞いて駆けつけた」
そう言うと、彼は手にしていたランタンを近くの岩の上に置き、一礼した。きびきびとした無駄のない動きが印象的だった。
「俺はガイヴェル。マリナス男爵家の者だ」
どうして貴族の令息がこんなところに、と思いながら、彼をまっすぐに見つめる。
年のころは……たぶん、二十歳くらい。貴族にしては質素な身なりで、体つきはかなりがっしりしている。どちらかというと、騎士のようなたたずまいだ。
その凛々しい姿に思わず見とれてから、はっと我に返る。
「あ……わたくし、ターレイン伯爵家のフィリーシアと申します」
彼は驚いたように目を見張ると、わたくしをじっと見て、それから視線を上に向けた。
「……もしかして君は、あの穴から落ちてきたのか?」
「え、ええ」
「よく無事だったな……怪我はないか?」
ガイヴェルはゆっくりこちらに近づくと、まだへたり込んだままのわたくしに手を差し出してきた。
その手を取って、そろそろと立ち上がろうとし……右足に、鋭い痛みが走り抜けた。
「……っ! ……落ちたときに、足をぶつけたみたいです。もう少し休めば、歩けるかとは思いますが……」
さっきまでは、痛みなんて感じなかった。今ごろになって痛み始めたのは、助けが来てくれてほっとしたからかもしれない。
「失礼する。少し、見せてくれないか」
すると彼はわたくしをもう一度座らせると、そのそばにひざをついた。それから、そっとわたくしの右足を手に取った。慎重にブーツを脱がせると、何やら確かめている。
……彼はおそらく、足の具合を診てくれているのだろう。それは分かっているけれど、年の近い青年にこんなふうに触れられるのは、初めてで……彼の大きな手の感触、かすかに香る、香水ではない香り……どうしようもなく、胸がざわついてしまう。
「よかった。どうやら、折れてはいないようだ。おそらく、打ち身だろう」
幸い、わたくしが必死に平静を装おうとしていることには気づかれなかったらしい。彼はほっとしたように息を吐き、さわやかに笑った。
「ああ、もう少しだけじっとしていてくれ」
なんだろう、と思っていたら、彼はハンカチを取り出してわたくしの頬をそっとなでた。
「少し頬をすりむいている。汚れは拭ったが、あとできちんと水で洗い流しておくといい」
「は、はい……」
「さあ、ここを出よう。この道を進んでいけば、じきに外に出られる」
ガイヴェルはそう言ったかと思うと、ひょいとわたくしを横抱きにしてしまった。力強い腕の感触に、さらにどぎまぎしてしまう。
「あの、これは、いったい!?」
「この洞窟は足場が悪い。その足で歩くのは危険だ。ああ、代わりにランタンを持っていてくれないか」
こともなげにそう言って、彼は近くの岩の上に置いたままになっていたランタンを手渡してきた。それも、わたくしを抱きかかえたままで。
人ひとり抱えているとは思えないくらいに安定した足取りで、彼は洞窟の中を歩いていく。
「足は大丈夫か? できるだけ気をつけて歩くが、痛むようなら言ってくれ」
こんなふうに誰かに甘やかしてもらうのって、いつぶりだろう。普段はジョルジェットのお願いやら尻拭いやらで気を張っているからか、ガイヴェルの気遣いはとっても心にしみた。
「その、ガイヴェル様は、どうしてこんなところに?」
どぎまぎしているのを隠すように、小声で尋ねてみる。すると彼も少しためらった様子で、言葉を返してきた。
「この洞窟の入ってすぐのところは、ちょっとした部屋のようになっているんだ。誰もこないから、よくそこで鍛錬をしている」
鍛錬なら、別に自分の屋敷でもできるだろうに。そんなわたくしの疑問を感じ取ったのか、彼は弁明するように頭を横に振った。
「まあ、色々あるんだ」
どうやら彼にも、色々事情があるらしい。ちょっと親近感がわくのを感じつつ、あいまいに笑って話を打ち切った。
しばらく進んだところで、行く手が明るくなってきた。すぐに、ちょっとした部屋くらいの広さがある空間に出た。きっとここが、ガイヴェルが鍛錬しているという場所だろう。
岩壁の一角がぽっかりと切り取られていて、そこから外の光が差し込んでいる。彼はそのまますたすたと、外へと出ていった。
そこは、開けた草原になっていた。近くの木にがっしりした馬がつながれていて、のんびりと草をはんでいる。彼の馬だろう。
「さて、君が落ちた穴があるのは……あちらのほうだろうか?」
「たぶん、そうだと思います。穴の近くの木に、馬をつないできたのですが……」
なおもわたくしをしっかりと抱えたまま、ガイヴェルが考え込んでいる。と思ったら、わたくしを彼の馬にそっと乗せてしまった。
「ずっと俺に抱えられているというのも疲れるだろう。俺が手綱を取るから、あの穴が見つかったら教えてくれ」
本当に、彼は頼りになるし、気遣いもできる。ジョルジェットも十分の一……いや、千分の一でもいいから見習ってほしい。
馬に揺られながら、きょろきょろと辺りを見渡す。ガイヴェルはあの穴の大まかな位置が分かっているのか、迷いなく進んでいく。やがて、明るい林に差し掛かった。
「あ!」
木々の向こうに、わたくしが乗ってきた白馬の姿が見えた。ほっとしながら、手綱を取っているガイヴェルに声をかける。
「あそこに、わたくしが乗ってきた馬がいます」
「そうか。屋敷まで、ひとりで戻れるか? 不安なら、俺が付き添うが」
彼のその言葉を聞いたとき、頬を転げ落ちるものがあった。
「あ、あら……?」
わたくしは、泣いていた。
初対面の男性の前で泣くなど、はしたない。そう自分に言い聞かせても、少しも涙は止まってくれなかった。
「ごめんなさい、穴から落ちた怖さを、今ごろになって感じてしまったみたいです」
本当は、そんな怖さはもう忘れていた。ガイヴェルが助けてくれたおかげだ。わたくしが泣いているのは、もっと別の理由だった。
ジョルジェットに無茶苦茶に振り回された後だったということもあって、ガイヴェルの優しさが、どうしようもなく胸にしみたのだ。
でもそのことを、そのまま彼に伝えるのははばかられた。自分が置かれた情けない状況を、この親切な人に知られたくはない。
だから、とっさにごまかそうとした。けれど彼は難しい顔になると、ぽつりとつぶやいた。
「……君を苦しめているのは、浮気者のジョルジェット殿……ということで合っているだろうか」




