7話 ウラアカ作成者との接触
翌日家に戻ると、玄関の前にフクロウが立っていた。
「おかえり」
片手を上げるフクロウに、麗が会釈をすると、ボールをくわえたサクラが体当たりをしてきた。
「いだっ!」
倒れ込んだ麗を踏みつけたサクラは、尻尾を大きく振ってフクロウに飛びついた。
「舐められてんなあ」
「サクラも女子だね。おそろしい嫉妬心」
よろよろと立ち上がる麗を、葵と晴がにやつきながら見下ろした。
「そういえば、オリエンテーリングだったんだっけ?」
サクラを撫でながら、フクロウが横目で麗たちを見た。
「そうだよ。おじさんに強制参加させられてさ。疲れた~」
「だるすぎる。2年も、女子共もうぜえし」
不満を口にする晴と葵とは対照的に、麗は笑顔を浮かべた。
「でも、3位になれて、1学期分の学食チケットもらえたんです」
「そうか、よかったな」
麗の頭を撫でるフクロウの腕を葵が振り払い、睨みつけた。
「フク兄、何しに来たんだよ」
「何って、情報持ってきたんだよ」
フクロウはワイドパンツのポケットからメモの切れ端を出した。
「さすがフクロウさん。ウラアカ作成した人、もう分かったの?」
晴が紙を受け取ろうとするが、フクロウは無視して、麗の前に差し出した。
「ありがとうございます。助かります」
紙を手に取ると、覗き込んできた晴が目を丸くした。
「牧野浩平? 2年の不登校じゃん」
「住所まで書いてる。フクロウさん、すごいです」
「だろ? ちなみにそいつ、ハッキング歴もあるITオタクだ」
フクロウは鼻高々に胸を反らした。
「そいつにウラアカ削除させたら、任務は終わりだな」
サクラを撫でている葵に、晴が呆れ顔を向けた。
「何言ってんの。盗撮問題があるじゃん。そうだ。フクロウさん、また手伝ってくれない?」
ゴッドイエローの瞳を針のように細め、フクロウは肩をすくめた。
「おれさ、めちゃくちゃ有能じゃん。クソ忙しいんだよ。麗ちゃんのためにタダ働きしたけど、他にも仕事山積みだから、これ以上はムリ」
「麗ちゃんからも頼んでみて」
晴に耳打ちをされ、麗が上目遣いでおずおずとフクロウを見上げた。
「ううっ、そんな目で見られても、ムリなもんはムリなんだよ。麗ちゃん、ごめん!」
フクロウはサクラのリードを握って、玄関を飛び出して行った。
「麗ちゃんでも駄目なんて、よっぽど忙しいんだね」
「盗撮のこと、どうすんだよ」
「とりあえず、カメラがあるかどうか、探してみるしかないです……ん!」
麗の唇に、晴が人差し指を当てた。葵がその指を払って奥歯を噛みしめた。
「てめえ、何してんだよ」
「命令違反しそうだったから、助けてあげたんだよ。敬語禁止なんでしょ」
忘れてた。命令違反したら罰だって言われたような気がする。
「麗ちゃん、気を付けてね」
手を振って廊下の奥に消えていく晴の後ろ姿に、葵は舌打ちをした。
「晩飯、手抜きすんなよ」
そう言い残すと、廊下を踏みならしながら部屋に向かって行った。
麗は溜息をつきながら、夕飯のメニューに頭を悩ませた。
その日、麗が律儀に理事長に、牧野浩平のことを報告したばかりに、翌日家に行くよう命令が下された。
「せっかくの休みだってのに、おまえのせいで」
「融通が利かないっていうか、頭が固いっていうか。さすが、ザ・優等生だよねえ」
2人にねちねち文句を言われながら、麗はマップアプリのナビを見ながら、スマホを握る手に力を込めた。
スマホを2人に投げつけて、塀に頭を何度も、何度も叩きつけてから、電柱に縛り付ける。情けない姿を撮って、ウラアカに投稿してやる!
ファンは一瞬で冷めて、学校で笑いものにされるはず!
妄想にふけっている麗が、顔をにやけさせた。
その後ろで、ずっと歩きスマホをしている晴に、葵が怪訝な顔を向けた。
「さっきから何やってんだよ」
「……あった」
晴は手を止め、画面を葵に見せた。
「盗撮動画の販売サイト、探してたんだ。何回か弾かれたけど、やっとサイトに入れたよ。あっ、この体操服、九南学院の」
更衣室を上から撮影した動画のサムネイルを凝視した葵が、眉間に皺を刻んだ。
振り向いた麗が、晴の画面に目を向けて、顔を歪めた。
「盗撮の噂、本当だったってことです……じゃなくて、本当だったの?」
「そうみたい。けっこうな高値で取引されてる」
「胸糞わりいな」
心の奥から燃え上がる怒りで、麗の体がわなわな震える。晴のスマホを放り投げたい衝動を抑えて、唇を噛みしめた。
許せない。絶対犯人見つけてやる。
『目的地に、到着しました。案内を終了します』
麗のスマホから機械的な声が聞こえ、顔を上げた。左側の一軒家の表札に「牧野」と記されている。
緊張の面持ちで麗がインターホンを押すと、くぐもった女性の声が返事をした。
『……どちらさまですか?』
「九南学院の生徒です。牧野浩平さんにお会いしたいのですが」
息を呑む音がして、すぐに玄関が開いた。
白髪交じりの中年の女性が、泣きそうな顔で門を開けた。
「お友達が来てくれるなんて、何年振りかしら。さあ、あがって」
友達ではないと言う暇もなく、麗たちは背中を押されてリビングに通された。
「会いに来てくれて嬉しいわ。あの子、ずっと部屋から出てこないから、心配で」
2 階を見上げて涙ぐむ母親に、晴が天使のスマイルを向けて、階段を指差した。
「浩平くんの部屋、上ですか? ぼくたち、話したいことがあって」
「上がってすぐ左の部屋よ。あの子、口下手だから、失礼なこと言ったらごめんなさいね。悪い子じゃないから、嫌わないであげて」
晴は頷くと、足早に階段を上っていき、その後に葵と麗も続いた。
「ああいう親、まじでキライ」
スマイルを一瞬にしてしかめっ面に変えた晴に、葵が頷いた。
「それな。とっとと話して帰ろうぜ」
トントン。
晴が部屋の扉をノックして、声をかけた。
「牧野先輩? ぼくたち、九南高校の1年なんですけど、確認したいことがあって来ました」
――返事がない。
晴が強めにドアを叩く。
ドンドン、ドンドン。
「牧野せんぱーい!」
またしても反応がない。
苛立った葵がドアノブを回すが、鍵がかかっていて開かない。葵は乱暴にノブを回しながら、扉を拳で激しく叩いた。
ガチャガチャッ、ガチャガチャッ!
ドンドンッ、ドンドンッ!
「いるんだろ! 開けろよ!」
まるで借金取りのようだ。ドアが壊れないか心配になった麗が、葵を止めようとした時。
ドンッ!
中から、扉を叩く力強い音がした。
「うるさい!」
「いるじゃねえか」
「先輩、開けてくださいよ」
葵と晴がまたドアを叩こうとすると、刺々しい声が返ってきた。
「誰だよ、おまえら。こっちは話すことなんて何もねえよ。帰れ!」
葵の顔が歪む。
「いい度胸してんじゃねえか」
ボキボキッと関節を鳴らし、正拳突きの構えをとった。
「ま、待って! さすがにそれは駄目!」
麗は扉を守るように慌てて両腕を広げ、扉に向かって話しかけた。
「乱暴なことをしてすみません。私たち、学校のウラアカウントのことで話したくて来たんです。牧野先輩が、ウラアカウントを作ったんですよね?」
しんと静まり、物音ひとつ聞こえない。
麗が扉に耳を近づけた時、鍵が開く音がして、わずかに扉が開く。
扉の隙間から、黒ぶち眼鏡をかけた面長の顔が半分だけ見える。
「……何でおまえらが」
麗たちの顔を見た途端、浩平が目を見開き、警戒と不審の眼差しを向けてきた。
「ぼくたちのこと、知ってるみたいですね。ウラアカ運営してるんだから、当然か」
晴が口角を上げると、葵が扉を掴んで強引にこじ開け、薄暗い室内に足を踏み入れた。
「今すぐウラアカ削除しろ」
「な、何言ってんだ」
顔をひきつらせた浩平の視線が、一瞬だけ背後のデスクトップパソコンに向いた。葵の後ろから入ってきた晴が、パソコンの画面を覗き込もうとした。
浩平は慌てて画面を隠し、目をつり上げた。
「初対面のくせに、ウラアカ作っただの、削除しろだの、意味わかんねえよ!」
葵と晴が冷たい眼差しで浩平を見下ろした。
「説明する必要ねえだろ」
「とっとと削除してくださいよ。いらないでしょ、あんなもの」
麗が2人の後ろから顔を出して、頭を下げた。
「嘘か本当か分からない噂話だらけだし、隠し撮りされて憶測で嫌なこと投稿されるし、本当に困ってるんです」
浩平は麗の方を見向きもせず、パソコンの電源を落として声を荒げた。
「そんなん知るか」
麗は頭を上げて、浩平に一歩近づいた。
「ウラアカのせいで、誰かが傷つくかもしれないんです。お願いします。削除してください」
振り向いた浩平の眉がわずかに動く。奥歯を食いしばると、机の横に飾ってあるモデルガンを手に取った。
「おまえら、出てけ!」
葵が鼻で笑うと、浩平は安全装置を外して銃口を葵に向けた。
「改造銃だからな! 馬鹿にしてると痛い目みるぞ」
葵がぴくりと眉を動かし、麗は息を呑んだ。晴は両手を上げて肩をすくめた。
「脅しじゃなさそうだね。帰る前にひとつ聞きたいんですけど、牧野先輩、自分が噂されてるって知ってました?」
「何のことだよ」
「全く学校来てないのに、進級できたのおかしいって言われてますよ。もしかして、先生に書類を改ざんさせた、とか?」
銃口が一瞬下がる。すぐに両手で持ち直して、晴に銃口を向けた。
「……どうやって教師にそんなことさせるんだよ。意味わかんねえ。おまえら、さっさと出てけ! まじで撃つぞ!」
銃を構えたままじりじりと近づいてくる。銃を奪おうとする葵を、晴と麗が止めて、部屋の外に出た。
バタン!
扉は勢いよく閉められ、すぐさま鍵がかけられた。
葵は怒り任せに、扉を拳で殴ると、舌打ちをして階段を駆け下りる。浩平の母の横を葵は無言で通りすぎ、リビングを出ていった。
2階から下りてきた晴と麗に、浩平の母が眉を八の字にして話しかけた。
「あの子、怒らせるようなこと言っちゃったかしら? せっかく来てくれたのに、ごめんなさいね。よかったらシュークリームだけでも食べていって。あの子の大好物でね、とってもおいしいのよ。行列ができる人気店でね」
「ありがとうございます。持って帰りますね」
シュークリームをひとつ取ると、晴はさっさと玄関に行った。
「すみません。頂きます。お邪魔しました」
麗は頭を下げながら、葵の分のシュークリームも持って、急いで靴を履いた。
外に出ると、門の前でふてくされた顔で立っている葵が、麗の手からシュークリームを奪って大口で頬張った。
既に食べ終わっていた晴が、口の回りを舐めて満足気な笑みを浮かべた。
「うまい。人気なだけあるね」
葵が手に付いたカスタードを舐めて呟いた。
「まあまあだな」
呆れ顔の麗は、カーテンが閉まっている2階の窓を見上げた。
「麗ちゃん、行くよ」
数歩先を行く晴が手招きをしている。麗はシュークリームを落とさないよう気をつけながら、早足で追いかけた。
カーテンがわずかに揺れ、人影が通りすぎた。
空一面が茜色に染まる頃。
葵が濡れた髪をタオルで拭きながら、リビングの椅子に腰かけた。唐揚げを揚げている麗の後ろ姿をぼうっと眺めた。
「あっ!」
ソファに寝転んでいた晴が、大声を出して飛び起き、スマホの画面を凝視した。
「何だよ、うるせえな」
晴は神妙な顔つきで、葵にスマホを見せた。
「これ、麗ちゃんじゃない?」
盗撮動画の販売サイトに表示されている、動画のサムネイルを晴が指差した。更衣室で、体操服に着替えている数人の生徒の中に、麗の姿が小さく映っている。
葵の眉間に深い皺が刻まれる。肩にかけていたタオルを床に叩きつけ、怒りを露わにした。
「クソがっ!」
「な、何っ?!」
山盛りの唐揚げを運んできた麗が、驚いた拍子に危うく皿をひっくり返しそうになり、晴が慌てて支えた。
「麗ちゃん、大丈夫?」
「はい……じゃなくて、うん。急に怒り出して、どうしたの?」
葵はいぶかしげな表情の麗から目を逸らし、晴のスマホを睨みつけた。晴が動画のサムネイルを麗に見せ、眉を寄せた。
「どこで撮影されてるのか調べようと思って、サイト見てたんだけど。そしたら、さ」
画面に映る自分を見つけた麗は、背筋がぞっとした。
「う、映ってる」
「ふざけやがって」
髪をぐしゃっとかきあげる葵に、麗はちらりと視線を向けた。
「サムネイルだけでも、撮影場所は分かったよ。更衣室、部室、教室、それに、トイレ。カメラしかけてるの、女だろうね」
「見せて」
晴からスマホを受け取った麗は、指を動かしながら縦に並んでいるサムネイルを凝視した。
「こんなにたくさん? 同性が犯人とか、意味わかんない。……あれ?」
「どうしたの?」
首を傾げる晴が、画面を覗き込んできた。
「教室の動画、ほとんど私たちのクラスだ」
「足しか映ってないのに、分かるの?」
「上履き、靴下、鞄も映ってる。どれも見たことあるのばっかり」
葵が顔をしかめて、麗の手からスマホを奪い取って晴に放り投げた。
「他のやつの上履きとか鞄とか覚えてんのかよ。キモイな」
唐揚げ投げつけてやろうか!
麗は拳を握りしめて葵を睨む。
「それってさ、犯人が1年3組にいるかもしれないってことじゃない?」
麗と葵が、顎に手を当てている晴を見つめた。
「他の教室の動画もあったから、断言はできない。教師が犯人の可能性もあるし」
「カメラ探して回収すれば、犯人が映ってんじゃねえの」
晴はスマホをポケットにしまい、葵の向かいの席に座った。
「いつカメラが仕掛けてあるか分からないよ。ウラアカのこと犯人も知ってたら、盗撮が噂になってること知ってるでしょ。警戒してるかも」
麗は箸と茶碗を並べながら、はっと閃いた。
「私が囮になればいいんだ!」
「何言ってんだよ」
「どうやって囮になるのさ」
葵と晴が呆れ顔を向けてくる。麗は腰に手を当て、自信ありげに胸を反らした。
「販売サイトで、『1年3組の長宮麗の動画が欲しい』って連絡を取るの。そしたら私の席の近くにカメラを隠すはず」
「駄目だ」
「駄目だよ」
葵と晴の声が揃った。
「何で? 良いアイディアなのに」
「個人名出すとかアホか」
「怪しまれて、余計に警戒されるよ」
麗は口を尖らせて、バンバン机を叩いた。
「じゃあ、どうするの? 早く見つけないと、被害者が増えてくし、公になったらまずいよ」
晴は人差し指を立てて、自分のスマホを指差した。
「犯人を捕まえるよりも、サイトを削除した方が早いよ。牧野浩平に、ウラアカと一緒に販売サイトも削除させればいい。ハッキング歴あるなら、それぐらいできるでしょ」
「そんな簡単にやってくれるとは思えないけど」
銃を向けてきた浩平を思い浮かべた麗は、首を捻った。
「脅せばやるだろ」
不敵に笑って指の関節を鳴らす葵に、麗は首を横に振って、顔の前でバツ印を作った。
「それは駄目! 暴力反対!」
「アオはすぐ暴力に走るんだから。ぼくみたいな優しさも必要だよ」
「腹黒のくせに何言ってんだよ。おまえのせいで殴り合いになった女どもを、嘲笑ってただろうが」
「そんなことあったっけ?」
人畜無害な柔らかい笑顔に、誰もが騙される。
かくいう麗も、6年前、鹿島家に来てすぐ騙された。晴の本性を知ってからは、あの笑顔が胡散臭くてしょうがない。
見た目も態度も高圧的な葵のことは、最初かなり怖かった。命令は絶対、下僕だと言われて、従わなければという強迫観念にとらわれた。
一方で晴は、優しかった。葵の言いなりになって、掃除や宿題をやっても、暴言を吐かれ、傷つくたびに、明るい笑顔で気遣ってくれた。
「麗ちゃんの味方はぼくだけだからね。アオにひどいこと言われたら、ぼくに言って。注意しといてあげる」
晴の前では、強張っていた表情が緩んだ。あの笑顔に救われていた。
ある時、葵の部屋を掃除中、葵が大事にしていたロボットのプラモデルを落として、腕が取れてしまった。葵に知られたら、どうなるか。
麗の脳裏に晴の笑顔がよぎった。
きっと晴ならなんとかしてくれる。
プラモデルを持って晴の部屋に行くと、あの笑顔で安心させてくれた。
「大丈夫だよ。ぼくがやったことにしてあげる。心配しないで」
晴の言葉が胸をしめつけて、泣きそうになった。晴がいれば、母のことも乗り越えて、葵の暴言にも耐えられる。
そう思っていたのに——。
晴は葵に、粉々になったプラモデルを渡して、麗がやったと言ったのだ。葵は顔を真っ赤にして怒鳴りながら、プラモデルの破片を麗に投げつけてきた。
「わざとじゃ、ないんです。少し、壊れただけで、そんな粉々には……」
「言い訳してんじゃねえ! ハルに誤魔化してもらうつもりだったんだろ! ふざけんな、卑怯者!」
「そういうわけじゃ」
部屋の外から覗いている晴を見ると、三日月型に目を細めて、にんまりと笑みを浮かべていた。
麗の顔から血の気が引いていった。
「晴くん、どうして……」
晴は恍惚の表情を浮かべ、絶望する麗をじっと見つめた。
その瞬間、麗は気づいた。
騙された。
最初から助けるつもりなんて、なかったのだ。
今までの優しさは全部嘘だった。
暴力的で威圧的な葵と、腹黒ドSの晴は、まさしく最恐最悪の双子だ。
北風と太陽だと思っていたのに、まさか太陽が暴風雨になるなんて誰も思わない。
「……そうだ。北風と太陽! 私が太陽になればいいんだ」
「「はあ?」」
目を瞬かせる葵と晴に、麗はにんまりほくそ笑んだ。




