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4話 ウラアカウントの噂、燃えるツイプリファン

 ペアの2年生と4組1チームで集まったものの、心配と不安でしかないメンバー構成になってしまった。

 麗のペア、2年3組の中村杏奈はシャイで気弱な雰囲気。女子のもう一組は、1年3組の野間彩夏と、2年3組の間山佳奈。佳奈は、葵と晴のファンで、2人と同じチームだと知って歓喜の声を上げていた。

 問題は、葵と晴のペアだ。


「てめえが鹿島葵か!」


葵のペア、片倉弘人が突然葵の胸ぐらを掴んで睨みつけた。


「だったらなんだよ」


一触即発、睨み返す葵の腕を麗が引っ張り、晴が人当たりの良い笑みで問いかけた。


「先輩、アオが何かしました?」

「兄貴を投げ飛ばして、恥かかせたじゃねえか!」


葵は、相手の腕を掴んで捻り上げ、冷笑した。


「忘れたな。何の話だ?」

「てめえ!」


カシャッ、カシャッ。


「撮るな」


スマホを向けてくる佳奈に、葵がすごむと、頬をピンクに染めてとろけた顔で頷いた。


「ごめんなさ~い」

「アオじゃなくて、ぼくと写真撮りましょうよ。先輩」


晴の微笑みに、佳奈はスマホを取り落とした。


「尊死……」


佳奈は唖然として、膝から崩れ落ちた。


「ちっ。何で学年一位の僕が、馬鹿みたいなチームと行動しないといけないんだ」


晴のペア、田島賢一は眼鏡を指て押し上げ、顔をしかめて呟いた。


「こいつ、首席。基本、アホだけど」


葵に指差され、麗は拳を握りしめた。


 一言多い! 誰がアホだ! 


 殴りたい気持ちを堪えて黙っていると、賢一が不振な目を向けてきた。


「本当に首席か? 5教科の合計点数は?」

「498点でした」

「なっ……!」


賢一は目を見開いた。他の生徒も驚いた顔で麗に注目した。賢一は、ずれた眼鏡を直すと、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。 


「皆さん。しおりの地図を見ながら、スタンプを集めていってくださいね。制限時間はお昼のチャイムが鳴るまで。それでは、スタートしてください」


澪が言い終わると同時に、ピストルの音が校庭に響き渡った。

 生徒達が一斉に裏門に向かって移動していくなか、弘人が葵に指を突きつけた。


「鹿島葵、俺とおまえ、どっちが先にスタンプを集めるか勝負しろ」

「は? チーム戦だろ?」


葵はジャージのポケットに手を突っ込んで、肩をすくめた。


「そんなの関係ねえ。俺に負けたら柔道部入れ。何が特例だ。ふざけやがって」

「あっ、その話、ウラアカに投稿されてた!」


佳奈がスマホ画面を触りながら、声を上げた。その横から、杏奈が小声で囁いた。


「私も、見たよ。白バックに、黒文字だけで書いてあったやつだよね」


杏奈の肩を軽く佳奈が叩いて、大きく頷いた。


「そう、それ! 堅苦しい、連絡事項みたいで、先生が書いてんじゃね?って噂になってさ。ガチで先生だったらうけるんだけど」


麗の隣にいる彩夏が、ぼそっと呟いた。


「その説、有力」

「えっ?」


麗が聞き返すと、彩夏は何も言わず、しおりに目を落とした。


 理事長が投稿したのかな? 削除したいはずのウラアカウントを利用するとは。にしても、一体誰が、何のためにウラアカウントを作成したんだろう。


 麗は、佳奈をちらりと見て、声をかけようした途端。葵と弘人が突然走り出した。


「麗ちゃん、行こう」


晴が麗に手を差し出してきた。背後で賢一が眉を寄せた。


「でも、ペアと行動しないと」

「どうせチーム戦なんだから、同じだよ。早くいかないとビリになっちゃうよ」


晴は強引に麗の手を掴んで歩き出した。麗が振り向くと、女子3人の鋭い視線に射抜かれ、さっと視線をそらした。

 賢一は晴を追い越し、早足でどんどん先へ行ってしまった。


「ちょっと! 手、離してください!」

「ダメだよ。麗ちゃんにはぼくのボディーガードになってもらわないと」

「何ですか、それ」


晴はすっと笑顔をなくすと、麗の耳元に口を近づけた。


「麗ちゃんはぼくの“モノ”だからね。どう使おうが、ぼくの勝手でしょ」


体温を感じない声に、背中がぞくっと震えた。

 最初に晴の本性を知った時の絶望感がよみがえってきそうだ。麗は頭を振って、前方の裏門を見据えた。


 裏門を出ると、駐車場の向こうに竹林と森林が広がっている。更に奥には、テニスコートやゴルフコースなどもある。スタンプ10個のうち、5個がこの中にあるのだが、広大な敷地を1周しなければ集められないようになっている。どのスタンプから集めてもいいのだが、大半のチームが門の外から回ることにしたようだ。余裕を持って歩く晴の横を、多くの生徒達が駆け抜けていく。それに紛れて、賢一は姿を消してしまった。


「早く行かなくてもいいんですか?」


晴の手を振りほどいた麗が尋ねると、晴は小首をかしげた。


「うーん、いいんじゃない? ひとりでも先にゴールしておけば、チームの得点になるでしょ」


そんなことしおりに書いてあったかな? チーム全員がゴールした順番に、ポイントがつくって書いてなかった?


麗はしおりを開いて確認しようとしたが、後ろから晴との間に割って入ってきた佳奈に押された。


「うわっ!」


危うく転びかけた麗のことなど眼中にない佳奈は、晴の腕を掴んだ。


「ハルさま~。うちと一緒に回ろうよ。2人で」


晴が微笑んで、佳奈の腕をやんわりはずした。


「抜けがけは許さな……じゃなくて、ペアは私です。ペアと一緒じゃないと、スタンプもらえませんよ」

「えー、そんなの聞いてないしー」

「しおりに書いてあります」


 麗がしおりを確認してみると、小さな文字で注意書きが書かれている。

 スタンプは、ペアと一緒にもらうこと。

 チーム全員が、そろってゴールすること。

 ということは、葵と先輩は……。


「勝負の意味ないね」


肩を揺らす晴に、佳奈と彩夏が頷いた。杏奈がはっとした顔で、前方を指した。


「あっ、田島君」


竹林に入ってすぐのチェックポイントの前。生徒会の腕章をつけた生徒と賢一が、言い合っていた。賢一は晴に気づくと、怒りの形相で晴を睨みつけた。


「面倒なルール作りやがって。鹿島晴、僕のそばを離れるな!」

「ハルさまが離れたんじゃなくて、あんたが勝手に、先に行ったんでしょー。ハルさまに指図してんじゃねーよ、がり勉」

「なっ、何で僕が、責められるんだっ!」


佳奈に詰め寄られ、賢一は顔を真っ赤にして、目を逸らした。

 全員分のスタンプを押してもらい、肩を怒らせて歩く賢一を先頭に、次々とチェックポイントを回って行った。

5個集めて校庭に戻ってきたが、葵と弘人とはすれ違わなかった。

勝負の意味がないのに、何をしているのか。

麗が校舎を見上げると、3階の廊下を爆走している2人の姿が見えた。


「えー……」


本当に何をやっているのか。

麗が呆れた顔で見ていると、晴が冷めた口調で呟いた。


「バカだなあ」

「おい、早く行くぞ!」

「はいはーい」


晴は不満気な顔で、校舎に入る賢一の後についていった。


「麗さん」

「はい?」


杏奈の方を向くと、もじもじしながら小声で話しかけてきた。


「ツイプリの、異母妹って噂、本当?」

「いや、それは……って、今、ツイプリって言いました? もしかして、先輩も?!」


顔を引きつらせる麗に、杏奈はファンクラブサイトの画面を見せてきた。佳奈が杏奈の肩に手を置いて、得意げな顔をした。


「この子さ、こう見えてツイプリのガチファン。ウラアカにも、サイトにも、一番ツイプリ情報投稿してんの」


一切表情が変わらなかった彩夏が、目を輝かせて杏奈を見上げた。


「アンアンさん、ですか⁉ 神がこんな近くにいたとは!」

「アンアン? 神?」


眉を寄せる麗に、杏奈が一歩近づき、真剣な顔で見つめてきた。


「それで、麗さん。どうなの?」


麗は目を泳がせて口を引き結んだ。


 違うって言うのは簡単だけど、説明は無理。誰にも話すつもりはない。葵と晴もどこまで知っているのか。

 ていうか、何で私が追い詰められないといけないの? ウラアカウントのこと探らないといけないのに。……そうだ。


「先輩。私も聞きたいことがあるんです。答えてくれたら、私も答えます」


杏奈は驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んで頷いた。


「うん、いいよ」

「あっ、今はまずいかも」


彩夏が昇降口を見て、ぽつりと呟いた。

 葵が校庭に飛び出してきたと思ったら、すぐ後から弘人が追いかけてきた。


「待て!」

「待つわけねえだろ。最後も、おれが先だ」


体育館に向かって走って行く葵と一瞬目が合ったが、そのまま麗の横を通り過ぎて行った。


「ねー、競争しても意味なくなーい?」


佳奈が声をかけると、息を切らしながら、弘人が返事をした。


「チェックポイント、ごとに、どっちが、先につくか、競ってんだよ!」

「うわー。男子ってアホ。やっぱ、ハルさま推しだわ」


小さくなっていく弘人の背中に、佳奈が呆れた顔を向けた。


「いえ。子供っぽいアオさま、推せます」


ぐっと拳を握りしめた彩夏が、目を光らせた。


「ふふふふ。アオさまの走ってる姿、ゲット」


杏奈が不敵な笑みで、スマホの上で高速に指を動かしている。佳奈と彩夏が、杏奈の手元を覗きこんだ。


「さすが、アンアン。やること早っ」

「ウラアカではアオさまの後ろ姿、ファンサイトでは、ご尊顔! 神ってます」

「あっ、DM。……麗さん」


杏奈は手を止めると、麗の顔をじっと見てきた。


「お昼休憩の時、話さない?」

「あっ、はい」


杏奈は微笑むと、昇降口に向かって歩き出した。彩夏と佳奈も後に続いていった。麗は3人の後ろ姿を見つめた。


 ファンって言いながら、誰も葵と晴の気持ち、考えようとしてない。


「……気持ち悪い」


こぼれた本音は、誰に聞かれることもなく、風に乗って飛んでいった。



 無音の生徒会室に、乾いた通知音が立て続けに鳴った。スマホに触れた澪が、ふっと笑みをこぼした。


「さすが、ファンクラブの情報屋ね。ウラアカとファンサイトの投稿が止まらないわ」


スクロールしていた指を止めて、澪は目をすぼめた。

投稿画面には、『異母妹疑惑の真相を突き止める。乞うご期待』という文字と、目線の合っていない麗の顔が映っている。


「長宮、麗」


コンコン。


扉がノックされ、澪はスマホの画面を裏にして机に置いた。澪の返事を待たずに扉は開かれ、女子生徒が入ってきた。深緑色のリボンを揺らしながら、澪に用紙を1枚手渡した。


「澪ちゃん、スタンプラリーの順位、まとめておいたよ」

「紬先輩、ありがとうございます」


澪は渡された用紙に目を通すと、少し驚いた表情をした。


「あら。一番まとまりがなかったHチームが、3位? すごい追い上げですね」

「そうなんだよ。トップでゴールした鹿島と片倉ペアが、他のメンバーの尻を叩いてさ。秘密のご褒美効果で、今年はチームのまとまりが良さそうだよ。澪ちゃんの狙い通りだね」


親指を立てる紬に、澪は柔らかく微笑んだ。


「いえ、副会長の紬先輩が、私の意見を尊重して賛同してくれたおかげです。いつも助かっています」


澪の両手を握りしめた紬は、やる気に満ちた顔を近づけた。


「もう、澪ちゃんってば、本当に良い子なんだから! 生徒会みんな、澪ちゃん親衛隊だよ。澪ちゃんのやることに反対する人なんていないからね!」

「そう言ってもらえると嬉しいです。順位の発表を、校内放送で伝えてもらってもいいですか?」

「もちろん!」


大きく頷いた紬は、用紙を持って生徒会室を後にした。

 澪が小さな溜息をついた時、通知音が鳴った。スマホを表にすると、澪は目を見開いて口元に手を当て、息を呑んだ。素早くスクリーンショットすると、にやけた締まりのない顔でしばらく画面を見つめた。


 食堂での昼食後、葵と晴の食器も片付けさせられた麗を、杏奈が呼び止めた。


「ちょっといいかな?」


麗が頷くと、背後に佳奈と彩夏が立った。麗は3人に挟まれるようにして、食堂から連れ出された。


「杏奈先輩。ウラアカウントとファンサイトに、よく投稿しているんですよね?」


前を歩く杏奈に麗が尋ねると、足を止めて振り向いた。


「うん。……聞きたいことって、何かな?」

「最近、ウラアカウントで噂になってることってありますか?」

「ウラアカって、嘘か本当かわかんない噂話ばっかじゃん」

「アンアンの情報、一番信頼できる」


佳奈が首をかしげると、彩夏が信頼の眼差しを杏奈に向けた。


「じゃあ、杏奈先輩が信頼できる噂話を教えてください」

「どうしてそんなこと知りたいの?」

「えっと、それは……」


言い淀む麗の肩に、杏奈は優しく手を置いた。


「無理に答えなくてもいいよ。気になってる噂、いくつかあるから、教えてあげる」

「ありがとうございます」


麗が頭を下げると、杏奈はスマホの上で指を滑らせて、ウラアカの投稿画面を見せた。


「これ、目撃者も何人かいるから、信ぴょう性高そうだよ」


『放課後、教師の不倫現場を激写!』

ゴシップ記事のようなタイトルと、教室で密着する男性教師と女性教師の後ろ姿の画像が載っていた。投稿文に書かれている教師の名前を見て、麗は目を見開いた。


「えっ、担任の町田先生?」

「クラスの大半知ってる」


淡々と話す彩夏の言葉に、麗は更に驚いた。佳奈は口を歪めてべーっと舌を出した。


「やっぱそれ、ガチ? ていうか、男の方って、2年1組担任の、葉山っしょ。けっこー生徒人気高いくせに、奥さんいて不倫とか、ドン引きなんだけど」

「それな、です」


人差し指を立てた彩夏が首を縦に動かした。

 杏奈は指を動かして、他の投稿画面を見せてきた。


「あと、この噂。まだ確信ないけど、本当だったら大問題だよ」


画面を覗き込んだ麗たちは、一様に顔をしかめた。

 『あやしいカメラ見つけた! 盗撮⁉』という文字と、小型カメラを映した画像が載っていた。バレー部の生徒が部室で見つけたらしいという文面を、杏奈は指差した。


「カメラの中身確認したとか、あやしい人を見たとか、証拠になりそうなコメントも投稿もないから、真相は分からないの」


杏奈はコメント欄をスクロールして、眉を下げた。


「カメラ見たことあるっていうコメントは何件かあるけど、投稿はこれひとつだけ」


佳奈と彩夏は、眉を吊り上げた。


「キモすぎるんだけど」

「最低」


不倫に、盗撮。もしこれが真実で、公になれば、学院の評判はがた落ちだ。理事長が危惧していた事態になってしまう。

でも、嘘だったら? 

生徒の不審や不安があおられて、学院内部が混乱するかもしれない。

ウラアカウントを作った人は、それが目的?


 再び歩き出した杏奈についていくと、校舎裏の用具倉庫の前で止まった。なぜか1年生と2年生の女子たちが10人ほど集まっていた。


 どういう状況?


麗が困惑していると、杏奈を中心にじりじりと詰め寄ってきた。


「あ、あの、何なんですか?」


杏奈の後ろから、明るい髪色の女子が2人、鋭い目つきで麗を睨みつけた。


「うちらさ、あんたにガチギレしてんだよ」

「あたしら、中学の時から、ツイプリのファンなわけ。なのに、一緒に住んでる女いるとか、意味わかんないんだけど」


意味わかんないのはこっちだけど。何これ、リンチ? あの双子のせいで、何で私がこんな目に!


 麗は拳を震わせ、前から疑問に思っていたことを口にした。


「ツイプリって、何なんですか?」


全員の顔が凍り付いた。と思ったら目を吊り上げ、一斉に怒鳴り出した。誰が何を言っているのか全く聞き取れない。杏奈も、佳奈も、彩夏も人が変わったように恐ろしい表情だ。

 逃げ出そうかと思っていると、落ち着きを取り戻した杏奈が全員をなだめ、ファンサイトの画面を突きつけてきた。


「ここ、書いてあるでしょ。ツインズプリンス、略してツイプリ。ここにいる皆は、中学の時から、ツイプリファンクラブのコアメンバーなの」


笑顔の晴と、不機嫌そうな顔の葵の画像を麗は呆然と見つめる麗に、杏奈は鋭い眼光を向けた。


「ねえ、麗さん。どうして2人と一緒に住んでいるの? 二又の毒女説まで出るんだけど」


蛇に睨まれた蛙のように、麗はその場に足を縫い留められた。

 

私が毒女? ただの下僕なのに、どこからそんなでたらめが。訂正したいけど、本当のことは絶対に言いたくない。どう切り抜ければいいの……。


全員の視線がちくちく突き刺さるが、麗は唇を引き結び、押し黙った。


「おまえさ、いい加減しゃべれよ!」


我慢しきれなくなった明るい髪色の2人が、杏奈を押しのけて前に出てきた。


「あんたマジでなんなの? 陰キャ臭エグイし、その前髪もウザいし、キモイし」


悪意のかたまりが、ぐさぐさと胸に突き刺さる。


私だって好きでこんな前髪にしてるわけじゃない。葵の意味分かんない命令のせいだ。

『高校行くつもりなら、目が隠れるぐらい前髪伸ばせ。嫌なら親父にお前の入学許可取り消してもらう』

そう脅されて、仕方なく従っているだけなのに、こんな悪口言われるなんて、理不尽すぎる!


「うちらで切ってやるよ。みんなー、こいつ、押さえてて」


杏奈たちに両腕、両足をがっちり掴まれ、身動きが取れなくなった。明るい髪色のひとりが、ポケットから出したハサミを手に、にやついた顔で麗の前髪を掴んだ。


「は?」


前髪が持ち上げられた途端、一瞬にして驚きの表情に変わった。


「あんたこれ、ガチ?」


麗を抑えつけていた女子たちが手を離した。

その場の視線が全て麗に集まった。

全員が、麗の顔を覗き込んだ。


息を呑む音と、ハサミが地面に落ちる音が、同時に響く。


目を見開いた杏奈、佳奈、彩夏が、鼻息を荒くまくしたてた。


「ナチュラルメイクじゃなくて、すっぴんなの?」

「まつげ長いし、肌つるすべ! やばっ」

「ありえない。もしやその前髪で、わざと隠しているとか? なぜに?!」


戸惑いながらも葵の命令だと話すと、杏奈と彩夏は驚愕の顔で固まってしまった。


「ハ、ハルさまは、そんな命令してないっしょ?」


佳奈が唇を震わせながら、真剣な顔で問いかけてきた。


「伸ばせとは言われてないけど、切れとも言われてないです」


佳奈を筆頭に、全員こと切れた人形のように、その場にうずくまった。


 麗はそそくさと逃げ出し、深い溜め息をついた。


前髪ごときで空気が一変するなんて何事? 葵の命令はむかつくけど、前髪あって良かった。まだ切らないでおこう。

にしても、ツインズプリンスってバカバカしいにもほどがある。

2人がやくざの息子だって知ったら、ファンクラブ解散するかも。

でも、本当に知られたら、私の高校生活は終わってしまう。

ウラアカウントで噂されやらまずい。早く作成したやつ見つけて、削除させないと。


 校庭に向かって走っていると、体育館の角から葵が飛び出してきた。


「わっ!」


ぶつかる寸前で葵がよけ、足がもつれてこけそうになる麗の腕を掴んで引き寄せた。


「おまえ、どこに行ってんだ。探したんだぞ」

「どこって言われても。何か用ですか?」

「おじさんが呼んでんだよ」

「……手、離してください」


葵は顔を赤くして、麗の腕を雑に離すと、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。心なしか、耳まで赤い。掴まれていた腕をさすりながら、麗は後についていった。

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