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3話 葵と晴の思惑

 平穏な普通の高校生活は夢と消えたれど、授業が始まってから莉緒は気づいた。教室で授業を受けることがどれほど素晴らしいことなのかを。

小4振りの授業の雰囲気が懐かしくもあり、小学生の時とはまるで違う学習環境に心躍らされた。小学校では貸出だったタブレットが個人の物として支給され、ChatGPTを使ったり、様々なアプリを駆使して行う学習はどれも新鮮だった。6年間でこれほど授業が進化するものなのかと感激で涙が滲む。


朝から訳の分からないからまれ方をされて疲れたけど、こんな経験ができるだけでも高校に入ってよかった! それに授業の時だけは、最恐最悪な双子と関わらずに済む。私にとって授業は束の間の自由時間! 授業、最高! 先生、最高!

……そう思っていたのに、あの永遠のクソガキのせいで上がっていたテンションがどん底に落とされた。


音楽の授業で音楽室に移動しようと莉緒が席を立つと、目の前に葵が立っていた。


「俺の弁当持ってきたんだろうな」

「ありますけど、昼休みにはまだ早いですよ。音楽の授業がまだ残ってて」

「そんなのどうでもいいんだよ。俺のとおまえの弁当持ってついて来い。命令だ」


はあ? 授業すらまともに受けられないの? すかしてヤンキー気取ってるのがかっこいいとか思ってるわけ? マジでクソガキなんですけど! あんたの弁当なんかこうしてやる!

早朝から作ってきた葵の弁当を床にぶちまけ、ぐしゃぐしゃに踏みつぶす。葵の髪を鷲掴みにして、潰れて床にひっついたご飯やおかずの上に顔をなすりつける。

「どうよ、私特製の恨み弁当。とーってもおいしいでしょ?」

「や、やめてください、莉緒さま~。ガキでごめんなさい!」

「謝るんだったらこれ全部食べて誠意みせなさいよ!」

「どうかご勘弁を~」

「オーホッホッホッホッ! 私の恨みはこんなもんじゃ晴らされないけど、今日のところは勘弁しといてあげる。私ってなんて心が広いんでしょ」

泣きながら懇願する葵の顔に空の弁当箱を投げつけ、颯爽と音楽室に向かった。


「フフフフ」

「おい、気色悪い笑い方してないで、さっさと持って来い」


葵のむかつく一言で、バイオレンス妄想から現実に引き戻されてしまった。


 何で私まで行かないといけないわけ!? ひとりで行けよ、甘えん坊か!


 心の中で怒りをぶちまけながら、弁当を持って先を歩く葵の後をついていった。階段を最上階まで上り、屋上の扉の前にある立ち入り禁止の立て札を無視して、ポケットから取り出した鍵をドアノブに差し込んだ。鍵を開けて、誰もいない屋上へ我が物顔で入って行ってしまう。きっと理事長から鍵をもらったのだろう。自由すぎて腹が立つ。

 フェンスに寄りかかって座り込み、隣を指差して顎でこっちにこいと合図を送ってきた。新品のスカートを汚したくない莉緒は、葵にお弁当を手渡すと隣に立ち、誰もいない静かな校庭を眺めた。


「おい、おまえも食え」

「今? ここで?」

「何のためにおまえの弁当持ってきたんだ」


あんたが持って来いって言ったからだろと言いたいのをぐっと堪えて、スカートが汚れるのを覚悟して隣に座って弁当を広げた。葵と晴が中学生の時から毎日弁当を作らされている。今年から自分の分も作れることは莉緒にとって喜ばしいことだった。しかし、まさかこんな形で食べることになるとは。

 

授業中、しかも立ち入り禁止の屋上で、こいつと2人きり。高校生初のお弁当の時間が、最低最悪なものになっちゃったじゃんか! 唯我独尊、我儘放題、甘ったれのクソガキめ! 許すまじ!


 本日二度目のバイオレンス妄想に突入しかけた時、葵が話しかけてきた。


「おまえさ、何で高校通いたかったんだよ」

「何でって、それは……」


あんたたちから少しでも解放されたかったからに決まってるだろうが! 

 そう叫びたい気持ちを押さえて、もうひとつの理由を口にした。


「小学校は中退、中学は通えず、高校まで行けないなんてイヤだったから。小学生振りの学校生活を味わいたかったんです」

「うっすい理由だな」

「薄くて悪かったですね。恵まれてる人には私の気持ちなんて分かりっこないですよ」

「下僕のおまえの気持ちなんて分かるわけねえだろ。バカ」

「どこかの誰かさんと違って主席入学しましたけど、葵さまがバカと仰るのなら、私はバカなんでしょうね」

「クソ生意気だな」

「葵さまには勝てません」


卵焼きを口に運ぼうとした手を葵に掴まれ、卵焼きは箸の間をすり抜けてスカートの上を転がり、無残にも地面に落ちてしまった。ご飯もまともに食べられないのかと怒りで目の前の葵を睨みつけると、眉間に皺を寄せているのに眉尻が下がっている初めて見る表情でじっと莉緒を見つめてきた。


「な、何ですか?」

「いつまで葵さまなんて呼び続けるんだよ」


何を言われるかと思えば、どうでもいい呼び方のことだとは。そもそもさま付けで呼べと言ったのは葵の方だ。

『俺のこと呼ぶ時はさまをつけて、敬語で話せ。口答えはするな。命令は絶対だ。おまえは俺の下僕なんだから当然だろ』

ふんぞり返ってガハハハと笑う葵の姿が鮮明に思い出され、莉緒は溜息をついて首を傾げた。


「それを決めるのはあなたでは? そう呼べと言われたから従っているだけですが」


葵は舌打ちをすると、雑に手を離して腕組をした。


「うるせえ。いい加減さま付けやめろ」

「もしかして、恥ずかしいとか?」

「なっ! バカ! そんなんじゃねえよ」


顔を赤くして怒鳴り、そっぽを向いてしまう。明らかに図星だ。6年前から見た目は変わったけど、中身は同じ。永遠のクソガキのまま。

 莉緒はやれやれと肩をすくめて念のため尋ねてみた。


「何て呼んだらいいんですか?」

「アオ」

「はい? えっと、アオ、さま?」


聞き間違えたかと思っておそるおそる口にすると、葵は莉緒の方に向き直って睨みつけてきた。


「だから、“さま”はいらねえって」

「じゃあ、アオ、さん?」

「何でハルは“くん”付けで、俺は“さん”なんだよ!」

「何でって、晴くんからそう呼べと言われたからで。アオくん、でいいですね」

「それだとハルと同じだろうが」

「まさか、アオと呼べと?」

「文句あんのか? ないよな。俺の命令は絶対だからな」

「文句っていうか、今までの呼び方とのギャップに驚きを隠せないと言いますか。敬語なのに名前だけ呼び捨てって、本当にいいんですか?」

「敬語もやめろ。命令違反したら罰だ。分かったな」


葵は莉緒が返事をする前に立ちあがり、屋上の扉を開けて出て行ってしまった。

 1人残された莉緒は目を瞬かせて、勢いよく閉められた扉を呆然と見つめた。


 葵が扉を開けると、すぐそこに晴がいて手を振ってきた。


「なんだ、覗きか? 趣味悪いな」

「そういうんじゃないよ。莉緒ちゃんはぼくたちのモノなのに、アオが独り占めしようとしてる気がしてさ」

「なんだそれ」


階段を下りようとする葵の肩を晴が掴み、葵は面倒くさそうな顔で振り返った。


「莉緒ちゃんのこと、好きなんでしょ」


張り付いた笑みを浮かべる晴に舌打ちをして睨みつける。晴は顔を近づけて耳元で囁いた。


「本気なら、ぼくが手伝ってあげよっか?」

「ふざけんな。おまえの魂胆丸見えなんだよ」


葵は晴を押しのけ、階段を駆け下りて行った。その後ろ姿を見ながら、晴はにんまり口角を上げ、恍惚の表情を浮かべた。


「さすがアオ。バレバレか。手伝ってるふうを装いながら、莉緒ちゃんをぼくに惚れさせようと思ってたんだけど。ぼくに莉緒ちゃんを奪われて、悔しがるアオの顔、想像するだけでもたまらないなあ。その後ぼくに捨てられる莉緒ちゃんの顔も、きっとあの時以上にぞくぞくさせてくれるんだろうなあ」


目を閉じると、6年前に見た絶望する莉緒の顔が思い出される。またあの顔が見たい。とにかく莉緒を惚れさせて自分のものにしてしまえば、葵の悔しがる顔も、莉緒の絶望の顔も見られる。欲望が満たされる瞬間の幸せは何物にも代えがたい。

晴は目を開け、自他共に認める天使のスマイルで扉を開けた。


「ハル、くん?」

「いないと思ったらここにいたんだね。隣座ってもいい?」

「もう戻るので」


弁当箱を片付けている莉緒の手を取り、晴は笑みを崩さないまま迷惑そうな顔をする莉緒を見つめた。


「アオとは2人きりで話して、ぼくとは話してくれないの?」


莉緒は冷たい眼差しを晴に向けて手をふり解き、さっさと弁当箱を袋に詰めて立ち上がった。晴は残念そうな顔で立ちあがり、肩をすくめた。


「そういうのは、“ツイプリ”ファンの人達に言ったら喜びますよ」

「アハハ。もう知ってるんだ。ぼくとアオで“ツインズプリンス”なんて、笑っちゃうよね。女の子って夢見すぎててカワイイ。昔の純情な莉緒ちゃんも可愛かったなあ。でも……」


晴は一歩近づき、莉緒の前髪をそっと持ち上げた。重苦しい前髪のカーテンが開かれ、つけまつげをしているかのような長くてふさふさのまつげに、二重瞼で薄茶色の大きな丸い瞳があらわになった。晴は莉緒の目をじっと見つめて微笑んだ。


「今はすごくきれいになった」

「やめてください」


“晴さま”のファンなら失神してそうな距離感とセリフだが、晴の言うこと全ては嘘だということを、身をもって知っている莉緒は全く動じず、晴の手を振り払って前髪を元に戻した。


「もったいないな、その前髪。ぼくは切ってほしいんだけど」

「2人が真逆の命令をした場合は、先に命令した方の言うことを優先させる。そういうルールなので」

「それはそうだけど。ねえ、さっきアオと何か話してたでしょ」

「覗いてたんですか?」

「莉緒ちゃんまで人聞きの悪いことを。2人がいなくなってたから気になって探してたんだよ。で、アオに何て言われたの?」

「しょうもないことですよ。呼び方を呼び捨てに変えて敬語も使うなって」

「へえ。じゃあさ、ぼくも同じようにしてよ」

「命令ですか?」

「うん。呼んでみて」

「……ハル」


晴は照れたように笑うと、ペットにするように莉緒の頭を撫でてきた。


「よくできました。おりこうさんだね」


莉緒は溜息をついて、ぐしゃぐしゃになった髪をなでつけた。その途端、さあーっと春風が通り過ぎていき、前髪が持ち上げられる。フェンスの下を見ると、校庭に植わっている桜の木々がいっせいに揺れて花びらが風に乗って舞い上がっていった。

 

 きれい。こいつと一緒じゃなければもっと良かったけど。この先の高校生活、ずっと双子と一緒なのかな。友達も彼氏も諦めないといけないの? ううん、そんなの誰が決めた? 友達と彼氏作ってはいけないって命令されてないじゃん! 女子からは敵対視されてるし、男子からは変な目で見られてるけど、私ならできる! いや、やってみせる! 友達も彼氏も作って、最恐最悪双子から逃れてやる! そして気のすむまで殴って、蹴って、ぼこぼこにして、復讐してやるんだからー!!

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