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アオハルな恋とウラらかな復讐  作者: 春野ひなた
3章 復讐の果てにあるものは……
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19話 もう、引き返せない

 夕日を受けて黙って歩く麗の背中に向かって、葵は舌打ちをする。


「おい! いい加減話せよ。あいつに何言われたんだ」


麗は振り向きもしない。


「話してくれないなら、会長に聞くしかないね。麗ちゃんに何してくれたんだって問い詰めないと」


晴が不適な笑みを浮かべる。麗は足を止め、ゆっくり振り向いた。


「やめて」


薄茶色の瞳に鋭い光が宿る。


「なんだよ、その目」

「麗ちゃん?」


葵と晴は怪訝な顔で眉を寄せる。


「澪さんは、私が知りたかったことを教えてくれた」


麗は奥歯を噛み締める。 

 喉の奥が締まって声が震える。


「私の本当の……復讐相手」

「は? おまえが恨んでるのは、父親じゃないのかよ」


葵の言葉に、麗の顔が強張る。


「……どうして、知ってるの」

「言ってただろ。絶対に許せない、見つけ出してやるって」

「父親だって言ってない」

「それは……」


葵が口ごもる。晴が顔をしかめ、葵を小突いた。


「両親のことは誰にも話してないのに、何で?」


喉元が熱い。唇が震える。

 葵は麗から視線を逸らす。


「おまえがうちに来てすぐ、親父たちが話してるの聞いちまったんだ」

「全部、知ってたの?」


晴は目を伏せ、頷く。


「……うん」

「そんな……」


麗は愕然として立ち尽くす。


「なんで、知ってること黙ってたわけ?」

「わざわざ言うことじゃないだろ」

「知られたくなさそうだったし」


目線を合わせずに頬をかく葵と晴が、気まずそうな顔で呟く。


 知られたくなかった……。

 この2人には。

 私の中のどす黒い感情も、醜い復讐心も、本当は知られたくなかったのに……。

 でも、ずっと前から知られてた。

 知っていながら葵と晴は――。


 見下した顔で笑う葵と、笑顔の裏で冷淡な表情を浮かべる晴の顔が脳裏をよぎり、ふつふつと怒りが込み上げる。

 胸の奥から黒々としたガスが全身に広がり、むせ返るような息苦しさと吐き気が込み上げる。震える唇から、葵と晴に向かってそれを吐き出す。


「お父さんは失踪、お母さんは自殺、独りになった私を見下して嘲笑ってたんでしょ。下僕扱いして楽しんで、 絶望する顔見て喜んで、さぞいい気分だったでしょうね」

「そういうわけじゃ……」

「麗ちゃん、その……」


気まずそうにたじろぐ葵と晴に、麗は冷たく言い放つ。


「最低」


2人は同時に息をのみ、顔が青ざめる。

 

「私の人生、あんたたちヤクザのせいでめちゃくちゃ。組長が私のお父さんに依頼しなければ、お父さんは大熊に殺されなかったのに! お母さんも自殺なんてしなかった!」


募らせてきた恨み辛みが、次から次へと溢れてきて止まらない。

 胸に石が詰まったみたいに重苦しい。

 拳で胸を打ちながら、悲痛な叫びを上げる。


「組長が私を連れていかなければ、あんたたちに会うこともなかった! こんな、苦しい思いすることなかったのに……」


立ちすくむ葵と晴の顔が滲む。

 冷たい涙がこぼれ、頬を濡らす。

 

 もう、2人の顔なんか見たくない。

 苦痛から解放されたい。  

 

 だったら、復讐するしかないでしょ。


 レイの声が耳の奥に響く。


 大熊に復讐して、人生を取り戻そう。

 自由になろうよ。

 そのためには、わかるよね?


 レイが耳元で囁く。


 葵と晴は、もう必要ないよ。

 私を閉じ込める鳥籠から抜け出さないと。

 行くなら今でしょ。 

 大丈夫、ひとりじゃないよ。

 私も、澪もいる。

 さあ、走って。


 レイに背中を押されるようにして、走り出す。


「麗!」


葵が追いかけようとするが、晴が腕を掴んで引き留める。


「アオ、今はそっとしとこう」

「何でだよ! 離せ!」

「麗ちゃんを苦しめたのは、ぼくたちだから」

「……くそっ」


葵は晴の腕を強引に振り払う。遠ざかる麗を追いかけたい衝動を抑え、拳で電柱を殴った。


「でも、ぼくたちだけじゃない。元凶は、大熊だ」


晴の目元が険しくなる。


「麗の親父は失踪したんだろ。大熊と何の関係が」

「父さんに聞いたら分かるでしょ」


晴が家の門を潜る。玄関を開けると、ちょうど恒一が靴を脱いでいるところだった。


「おう、おまえらも戻ってきたか」

「父さん、ちょうどよかった」

「麗の親父と大熊、何があったんだよ」

「てめえら……」


葵と晴の後方に目を向け、表情を硬くする。


「麗は? 一緒じゃないのか?」

「はぐらかすなよ!」


葵が睨むと、恒一は葵の胸ぐらを掴んで声を荒げた。


「何でひとりにした! あいつは大熊に狙われてんだぞ!」


恒一は手を離し、葵を突き飛ばす。


「な、何であいつが?」


葵の顔から血の気が引いていく。


「麗ちゃんなら、学校の近くの公園にいる」


晴がスマホで、麗のGPSを表示させた。


「行くぞ」


恒一は車の鍵を出し、険しい顔つきで外に出た。



 日が沈みかけている公園には、麗の他に誰もいない。あまりにも静かで、影に覆われた遊具が不気味だ。


「もう、鹿島家には戻りたくない。けど、行くところなんてない……」


ブランコに腰掛け、スマホを握りしめる。連絡アプリのともだちリストに追加された澪の名前を見つめる。


『澪さん、私どうしたら』


そこまで書いてすぐに消し、スマホを裏返した。


「こんなことで頼っちゃだめ……」


何を悩んでるの? 


 隣のブランコが揺れ、レイの幻想が微笑む。


 葵と晴に言いたいことは言ったし、鳥籠から抜け出せたんだから、あとは復讐するだけでしょ。


「復讐……。私がずっと願ってきたこと」


お父さんとお母さんの命を奪って、私の人生を狂わせたすべてが許せない。

 大熊だけじゃない。

 お父さんを巻き込んだ鹿島恒一。

 私を見下して嘲笑っていた葵と晴。

 

 レイが耳元で囁く。


 憎いでしょ。

 もう我慢しなくていいんだよ。

 麗の思うままにして。


「憎くて憎くてたまらない。私の大切なもの全部奪ったやつらに、同じ苦痛を味わわせてやりたい」


爪が食い込むほどきつく両手を握りしめる。

 

「この手で、全部終わらせる」


麗はブランコから立ち上がり、明かりの届かない闇へ一歩踏み出す。


「まずは、大熊から」


闇の中にレイの影が揺らめき、手招きをしている。その手には鋭利な何かがぎらついて見える。


 もう、引き返せないよ。

 いいよね?


 麗は頷き、ゆっくりレイに手を伸ばす。

 レイの口角が裂けそうなほど吊り上がる。

 麗の指先が触れようとした瞬間――。


 キキーッ!


 急ブレーキが闇を切り裂く。

 公園の外からヘッドライトが麗を照らし出す。

 麗は眩しさに目を細め、見覚えのある黒い車を凝視する。


「見つけたぞ」


車のドアが開く。険しい表情の恒一が、鋭い眼差しを麗に向ける。その背後から、葵と晴も姿を現した。

 麗の顔がひきつり、息を呑む。


「何で……!」


あと一歩だったのに――。


 レイはそう呟くと、暗闇へ溶けていった。

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