57 見慣れた教室
カイが目を開けると、真っ白な空間が広がっていた。
――ここは一度きたことがある。たしか、初めてヴァースに刺された時だ。
カイは首を擦る。傷はない。
「円環の中に囚われし者よ」
前回と同様、空間に響き渡る女性の声が聞こえる。
「また会ったな。たしか、ここは表と裏の狭間って言ってたか? それで今回は、何の用だ? 前回お前が言ったように、ヴァースを倒して、運命を切り開いたぞ。今回はオシオを倒せってことか?」
「フフフ」
小馬鹿に笑うような声が聞こえる。
「なにがおかしい? 今回は俺は戻って、皆を救わなきゃならないんだ。早く俺を戻せ」
「何か勘違いをしているようだな。お前はまだ円環に囚われたままだ。何一つ成し遂げてなどいない。ヴァースに負けること、ヴァースに打ち勝つこと。ここまでは、まだ円環の中だ。これからなんだよ、始まるのは」
その声は酷く冷たく、突き放すようだった。
――まだ円環の中? これから? もしかして......。
「もしかして、ここまでは想定通りってことなのか?」
「誰かの想定などではない。ここまでは運命だ。ここからなんだ。ここから始まるんだ。お前が、運命を切り開けるかどうかはな」
握りしめた手の平に汗がにじむ。
「待ってくれ。それじゃあ、俺はまた廻るのか? 同じことを何度も何度も......」
「それはお前次第だ。強い意思だけが運命を切り開く。さあ、お前が時渡りとして、記憶の輪廻から解き放て!」
白い空間が突然光り輝く。カイは思わず、目を閉じる。
目の裏の光が収まり、再び柔らかい光が広がる。そして、何やら声が聞こえる。
――あれ? 誰の声だ?
カイはゆっくり目を開ける。前回廻ってきたときは自分の部屋だった。しかし、今回は違う。
カイは学校の教室にいた。椅子の硬さが現実の重さとして戻ってくる。
今はちょうど世界史の授業中。よく知った銀縁のメガネをかけた先生が、フランスの百年戦争で現れたジャンヌ・ダルクについて話をしていた。
――戻ってきている。ただ、戻ってきた地点が違う。何日前に......? 今日は、いつだ?
黒板の端に書かれた日付を確認する。
2021年7月1日(水)11時28分
カイは、シャーペンを手に取り、机に置かれたノートに走り書きのように筆を進める。
前回表の世界に戻ってきた時は、2021年7月14日だった。そして、嫌というほど戻っているから日付を正確に覚えている。
裏の世界にカイが行った日が、裏の世界では322年7月24日。
そして、ヴァースを倒したのが322年8月3日。
――そこから、オシオに殺されるまで、何日が経過した? 時限竜を倒した後、意識を失っていたから正確な日付は把握していないが、1週間以上は経っているはずだ。
カイは計算をする。
今が7月1日だから、前の時より13日前に戻っている。ということは、ヴァースを倒してから、13日が経過をしていたということだ。
――それに、時間も同じなのか。
ヴァースに殺されるのはいつも深夜だったから、表の世界の深夜に戻っていたが、今回、オシオの殺されたのは、恐らく昼前。だから、今回は、授業中に戻っている。
――前回よりも、1廻りするのに、表と裏を合わせて、26日も増えたということか......。前回の時だけでも、心がぐちゃぐちゃになったんだ。もう何度も廻ってられない。
「......そうして、ジャンヌ・ダルクは百年戦争で英仏間の危機からフランスを救った救国の少女として、今も愛されている。じゃあ、今日の授業はここまで」
ちょうど3限の授業を終わりを知らせるチャイムが鳴る。
カイは授業が終わっても座ったまま。
(まだ円環の中だ。これからなんだよ、始まるのは)
カイの頭に狭間の世界の女性の声がこだまする。
――また、繰り返せというのか? いや、上等だ。今度は、こっちが円環とやらを壊す番だ。




