56 カイの覚悟
オシオはミレナに近づく。
闇に包まれるオシオの右手。
「メモリスは、こうやって、抜くんだ」
オシオはそう言って、右手をミレナの胸に突き刺す。
「......うっ!」
ミレナが苦しむ声を上げる。
カイは必死に体を動かそうとするが、ぴくりとも動かない。
――くそっ! 体も動かない。声も出せない。
オシオは笑みを浮かべている。
ミレナの顔が歪む。
ただ、オシオの右手はミレナの胸を貫いているが、ミレナの胸から血は流れない。
そして、ゆっくりと引き抜かれた右手は何かを掴んでいる。
「これが、始まりの才・時織のメモリスだ」
オシオのその声が届くと同時に、カイが空中から落下する。
――体が動く。どうなっているんだ......? それよりも、ミレナは......?
カイがミレナを見ると、ミレナは手足から力を失い、顔も青ざめ......、そして、
息もしていない。
呼吸の揺れがない。
オシオの右手が抜けたときの揺れで、縄がぎしぎしと鳴るだけだった。
「オシオ!!!!」
カイは体を強張らせ、顔を真っ赤にする。手の平に爪が食い込み、血が垂れる。
怒りに身を任せて、剣を取る。
「カイ! 待って!」
カイの前にアイラが立ちはだかる。
「どけ! アイラ!」
「どかない! 今のオシオの力を見たでしょ? 何が起こったのかすらわかっていない。不用意に近づいたらダメ。今は逃げるの!」
アイラの顔が泣きそうに歪んでいる。こんな顔を見たことない。
カイはその顔を見て、少し冷静さを取り戻す。
一度、深く空気を吸う。手の力を緩める。
――たしかに、アイラの言う通りだ。今怒りに身を任せても、何も進展しない。当初の目的を思い出せ。ここでオシオをやることができなくても、山落としさえ成功できれば、目的のほとんどを完遂したようなものだ。だから、今は......。
「さあ、行くわよ! カイ!」
アイラは、オシオと逆方向に向かって走り出す。カイも踵を返し、アイラの後を追おうとする。
しかし、その瞬間......、
鎖が鳴る音が聞こえ、アイラのもとに何かが降ってくる。
ドシンという音と風圧。
何かがつぶれる音。
カイの目の前にいたアイラの体が床に倒れている。そして、アイラの頭には、大きなイカリが落ちており、隙間から見えるアイラの目は見開いたまま、焦点だけが合っていない。そして、少し遅れて、床に血が広がる。
――......えっ?
「ははは、俺の方が先に仕留めたな!」
「ネイフ! お前はいつもうるさいんだ。王の前だぞ!」
焔鱗族の大柄の男と始原族の細見の女が立っている。
そして、オシオの低く冷たい声が背中から聞こえる。
「ネイフ、シャーデン。他のネズミは始末できたのか?」
「ええ」
「おう」
ネイフとシャーデンが揃って返事をする。
――他のネズミ......。まさか、リナたちのことなのか......。
足が動かない。
(おい! 動け! さっさと逃げるぞ!! 逃げるだけなら、まだ間に合う!)
カイの目の前でレオンが叫んでいるが、カイにはよく聞こえない。
――リナ、タツ、ステルン、ティズ、アイラ......。みんな死んだのか......? どうしたらいいんだ?
(おい! カイ! 死にたいのか!)
レオンの一言にカイの心が反応する。
――死にたい? 死にたくはない、普通なら。ただ、そうか......。そうだな。俺なら......。
カイの心の中にドス黒い気持ちが広がる。
そして、カイは突如笑みを浮かべて、笑い出す。
「そうか。そうだよな!」
「何笑ってやがる。ついに狂いやがったな」
カイを見るネイフの目は侮辱で溢れている。
「......ああそうだな。ある意味、狂っているのかもな。ただ――」
カイは自らの首元に短剣リヴェルナをもっていく。
「――お前らの首は、必ず俺の手で仕留める。全員だ、一人残らず。何度、廻ることになってもな」
短剣リヴェルナはカイの首を綺麗に裂き、噴き出した血が玉座の間の床を真っ赤に染めた。




