54 赤き城・実験区画
リナは、カイたちと別れた後、ステルンを肩に乗せて、実験区画に急いだ。
実験区画は赤き城の地下にある。この区画では、オシオが行う数々の実験が行われており、ここにあるとされている遺物のダイナマイトを探すために、リナたちは向かっている。
「あそこが、きっと実験区画だ!」
ステルンが目の前の扉を指さす。目の前に鉄でできた、ひと際頑丈な扉になっている。
「たしかに、星環砦で実験していた場所と同じ扉ですね。厳重な扉です」
リナはその扉を押し開ける。
扉の先を見て、リナとステルンは言葉を失う。
「えっ......? あれって......」
実験区画内には、ガラス製のタンクが何個も並んでいた。そのタンクには培養液で満たされ、その中には、ステルンの仲間のハム族が目を閉じたまま微動だに動かず、閉じ込められていた。
管がハム族の腹に刺さり、その管から光が脈打ち、その先は一つの機械へ接続している。
「......。あれは、きっとクスルを作っているんだ......」
ステルンの声は酷く震えている。
「クスルって、あの鉱石の?」
「ああ、オシオはずっと狙っていたんだ。クスルはこの国の動力だからな。あれは俺たちハム族の女性しか作れない。どうやっているかはわからないが、あの装置で作っているんだ」
ステルンはリナの肩から降り、装置に近づく。
「くそっ!! 俺っちがもっと早くここに来ていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないのに!!」
――酷すぎる。ステルンさんの怒りが私にまで伝わってくる。
リナは言葉が見つからず、黙るしかなかった。
「あれれー? こんなところで何をしてるのかなぁー?」
声だけが先に届く。
そして、紫色の髪をした一人の女性が奥から突然現れる。
足音も、風の揺らぎもない。
リナとステルンはその異様な気配に一歩後ろに下がる。
――この女性、強い。禍々しいオーラを身にまとっているだけじゃない。全く音がなかった。
「あなたは?」
リナが警戒しながら尋ねる。
「私は、副才のシャーデン。知っているかしら?」
シャーデンは、腰の革鞄を擦っている。
「お前か。俺っちの仲間に、こんな酷いことをしたのは?」
ステルンの毛が逆立つ。
「あら? ハム族じゃない。小さくて見えてなかったわ。もしかして、仲間を助けにでも来たのかしら?」
シャーデンは、無防備にもこちらに背を向けて、タンクの方を見る。まるで美術品を見るみたいに。
「これ、素晴らしいでしょ? ハム族の女性だけがこのクスルを作ることができるの。きっと生命の神秘が関係しているのね。同じ女性として、尊敬するわ」
「なんでこんな酷いことができるんですか!?」
リナは自分で驚くほど怒りに満ちた声となった。
「酷い? 何が? 全くわからないわ。この世界では、始原族以外の生き物は、等しく平等よ。あなたは、動物の肉を食べるでしょ? それと全く同じ。食べるか、使うか......。その差でしかないわ」
「ステルンさん達は、私たちと同じ意思があるんです。それを勝手に奪うことは許されない。早くその装置を......」
リナが言いかけるところに、ステルンがリナの前に立つ。
「いいんだ。リナっち。もうこいつに話しても無駄だ。こいつを倒して、装置を止める方法を吐かせる」
ステルンは肩を震わせながら、大きくなる。
「ええ、わかりました」
リナも杖を取り出し、魔力で先端が光る。
「もっとおしゃべりしたかったのに......。私、こう見えて、おしゃべり好きなのよ。ただ、殺し合う戦いは......、もっと好き」
シャーデンは、細身の刺突剣――レイピアを構える。
「さあ、殺し合いよ」
シャーデンの声は、笑っているのに体温がない。
レイピアが、細い月光のように赤い照明を裂いて構えられている。
――来る。
リナが詠唱に息を乗せようとした、その一拍前。
シャーデンの足音が、消えた。
消えたのは音だけじゃない。視界ごと抜け落ちる。
「っ!!」
ステルンが飛び出す。
膨張した体が床を揺らし、シャーデンめがけて、爪が金属床に火花を散らす。
だが、爪は空を裂いた。
――シャーデンが避けた? 違うわ。
そこにいたシャーデンは、最初からそこにいない。
シャーデンが、もう1人――いや、2人、3人、4人。
リナの視界に、同じ紫髪の女が重なるように現れた。
タンクの前。配管の陰。リナの右斜め後ろ。
全員が同じ角度でレイピアを構え、同じ無表情で瞬きをする。
「……メモリス」
リナは息を呑む。
偽像ではない。
実態がある。
強い殺意を感じる。
呼吸をしている。
「当たり。あなた、賢いわ」
どのシャーデンが言ったのか分からない。声が四方から同時に刺さる。そして、シャーデンは丸い石の形をしたメモリスを手に取り見せびらかすようにする。
リナは反射で杖を振り、床に円を描く。
「風陣!」
風の結界が、リナとステルンの周りに竜巻のように立ち上がる。
だが、シャーデンは笑う。
「守り方が優しいのね。こんな物では守ったうちに入らないわ」
その瞬間。
リナの背後にいたシャーデンが、ふっと輪郭を薄めた。
そして、薄くなり、やがて消える。
それと同時に、リナの上から強い殺意を感じて、リナは無意識に上を見る。
――今度は、場所が変わった? 素早く移動した?
いや、それは違う。あの分身には間違いなく実態がある。それが予備動作なく、一瞬で移動するのは不自然だわ。
――シャーデンの何かが詰め込まれた鞄.....。
複才のシャーデンという異名。
......そうか!
ステルンが叫ぶ。
「リナっち、下がれぇぇっ!」
ステルンがリナの上に覆いかぶさるようにする。
――速すぎる。
レイピアが、影のようにステルンの脇腹へ向かう。
バチッ!
リナがぎりぎりのところでレイピアに杖を当てて、軌道を逸らした。
しかし、シャーデンに風陣の中に踏み込まれた。
――このままでは袋の鼠.....。
リナはすぐに風陣を解除した。
すると、周りのその他のシャーデンが、この機を待っていたかのように、一斉に向かってくる。
「っ……!」
――避ける? 間に合わない。
ステルンが身を捻り、リナを抱きしめながら、突如、咆哮を上げる。
その咆哮は衝撃波となり、ステルンを中心に広がり、シャーデンを吹き飛ばす。
4人いたはずのシャーデンはふっと消えて、1人に戻っていた。
「意外とやるみたいね」
「......あなた、複数のメモリスを使っているのね。ただ、そんなことして体に負荷はかからないの?」
リナの激しい息が混じる。
「そうよ。私は確かに何個もメモリスを使っている。体への負荷はないわ。なぜなら、このメモリスには記憶がなく、単に始まりの才だけを取り出したものだからね」
「そんなことどうやって......? メモリスを作ったとでもいうの?」
シャーデンは、レイピアを床に落とし、音を鳴らす。
「メモリスは元々月宵の国で生まれた技術。それをこちらに持って来て、私が昇華させたの。ねぇ、知っている? メモリスを作る時、その体に宿った魂を引き抜くの。それは死体でもできるんだけど、やっぱり生きている時の方が、活きがいいのよ。叫び声に交じる、魂の活きがね」
「狂ってやがる」
ステルンは声を荒げる。
「誉め言葉として受け止めておくわ。さあ、おしゃべりはこれぐらいにして、これで最後にしましょう」
シャーデンは、新たなメモリスを鞄から取り出した。




