49 貧困区画の現実
白鯨を倒したカイたちは、黒の湖を抜けて、王都フレメルナに無事に到着した。
王都フレメルナは、火山の火口付近に存在し、外部からの侵入が容易ではない天然の要塞となっている。そのため、外部からの侵入に対する警戒はほぼしていないようで、王都フレメルナの城壁まで、誰にも見つからず来ることができた。
ここからは、ステルンの仲間が事前に用意してくれている侵入口から王都フレメルナ内に入ることになっている。
カイは城壁の前で辺りを警戒しながらステルンに話しかけた。
「王都は、王立区画と貧困区画に分かれているんだよな? 中はどんな感じなんだ?」
ステルンは、城壁の足元を丁寧に観察しながらカイの質問に答える。
「俺っちも詳しくは知らないが、三層構造になっているらしい。この壁の向こう側は貧困区画、その奥に王立区画、そして、一番奥には赤き城がある。それぞれが同じような壁で仕切られているそうだ」
「そうすると、今から入るところは貧困区画ってことか?」
「ああ、そうだな......。あっ、あった!」
ステルンは自身の足元に何かを見つけ、手で砂を払うと、木の板が埋まっており、その木にはステルンの顔が描かれていた。
カイはそのマークを見て、一瞬言葉を失った。
「かわいいー!」
リナはそのマークを見て、喜んでいる。
「俺っちはみんなの憧れの勇者だからな! さあ、早くこの板をどかしてくれ!」
カイは何も言わずに、その板を持ち上げた。板はベニヤ板のように薄く、簡単に持ち上がった。
板の下は人一人が通れるぐらいの穴が開いており、どうやらここを通るようだった。
「さあ、行くぞ! 俺っちについてこい!」
ステルンはそう言うと、ぴょんと跳ねて穴の中に入ってしまった。中は暗く、すでにステルンの姿は見えない。
「じゃあ、俺も!」
そばで見ていたタツも中に入る。それに続いて、アイラ、リナ、ティズの順で中に入っていく。
カイは最後に穴に入った。
中に入ると、カイが普通に立っても、天井が頭に当たらないぐらいの深さがあった。そして、前方を見ると、真っ暗な道が続いてる。足音からすると、皆、そちらに向かって歩いているようだ。
砂ぼこりが舞っているのか、鼻がムズムズする。
カイは、真っ暗な道を左手で壁を触りながら進む。そして、しばらく進むと、前方の上の方に光が見える。その光の方から、「こっちだ」というステルンの声が聞こえた。
――あそこが出口か。
カイは光から垂れる一本のロープを手に取り、壁に足で体重を支えながら登った。
目が慣れてくると、周りが見えるようになってきた。どうやら木でできた小さな小屋のような場所だった。
「この扉を開いた先は、貧困区画だ。目立った行動をすると、すぐに炎諏佐の兵士に捕まる。特に、タツ!」
ステルンが突然タツのことを名指しにして、タツが驚く。
「俺様!?」
「そうだ。タツは、ただでさえ声がでかいのに、その見た目だ。フレメルナに焔鱗族は少ない。いたとしても、貧困区画の奴隷だけだ。王立区画で、その顔を見せてみろ。すぐに捕まるぞ。だから、フードは常に深くかぶっておけよ!」
「そういうことか! 任せろ!」
タツの声は相変わらず大きい。
ステルンは深くため息をした後、小屋の扉を開ける。
カイたちは小屋を出ると、臭気が顔にぶつかった。視界の端から端まで、人の影、いや、生きているのかすらわからない。
――少しは想像をしていたけど、まさかここまでとは.....。
貧困区画。そこは、スラム街のように、ゴミ山に、板切れと布をつなぎ合わせた小屋が寄り添い、路地という路地を塞いでいた。
あたりは生ごみと糞尿が混じったような異臭が広がり、何より人が大量にいる。そこにいる人達は座り込んで、地面に視線を落とし、生気を失っていた。やせ細った腕は軽くぶつかっただけで、すぐに折れてしまいそうだった。
「ここはどうなってるんだ? 一応、ここは王都の中だろ?」
カイの声には怒りに似た震えが混じっている。
その声を受けて、リナが答える。
「ここは、フレメルナの闇の部分。ここにいる人たちは、元々、王立区画で奴隷として使われていたの。そして、使えなくなると、ゴミと一緒に捨てられる。だから、ここは人と物のゴミ捨て場って言われているの」
「子どもから大人まで......。みんな、逃げないのか?」
「逃げないんじゃない。逃げられないの......。ほら、首元を見て」
カイは近くにいた一人の青年の首元を見る。そこには、チョーカーのような紐が巻き付けられていた。
「これは?」
「これは呪輪って言って、魔力が吹き込まれているの。一定の条件が満たされると、その魔力が作動して......」
「爆発するのか?」
カイが尋ねると、リナは静かにうなずいた。
ステルンはカイの肩に乗った。
「だから、ここにいる人達は、死ぬまでここから出られないんだよ。それにあっちも見てみろ」
ステルンが指差した方を見ると、そこには3名の炎諏佐の兵士が一人の女性を取り囲むようにして立っている。
背中を壁に押しつけ、逃げ場を探すように視線だけが忙しく揺れている。
兵士の誰かが何かを言うたび、女の肩がびくりと跳ねた。声は、風と臭気に溶けて届かないが、表情と口元で何を言っているのかおおよそわかる。拒絶の言葉だと......。
「もしかして、あれって......」
「それ以上言うな。カイが思っているとおりだ。オシオは人の心を掌握するのがうまい。ああやって、あいつらのストレスの吐け口にさせて、うまくガス抜きに使っているんだ。ただ、今は、止められない。今騒ぎを起こしたら、計画が水の泡だ」
ステルンの言葉を聞いて、カイの心の中の憎悪が積みあがる。腰の剣に無意識に手が伸び、指先が震える。
「でも......」
噛みしめた奥歯がぎりぎりと鳴る音が聞こえる。
カイは視線を落とす。カイの足元には猫のような動物の死骸があった。内臓が飛び出て、見るからに餓死や寿命で死んだようには見えなかった。
――なんなんだ、ここは......。
カイの気持ちを察してか、ステルンが感情を断ち切るように言う。
「とりあえず、一旦、俺っちの仲間の隠れ家にいくぞ。こっちだ」




