47 打ちあがる魚
白鯨は水をたたき割るかの如く前に進み、通り過ぎた後には大きな波が壁のように立ち上がる。口を開けたままで、大量の水が口の中に入るが、気に留めない。湖ごと食らい尽くす勢いで、すべてを飲み込み、一直線に迫ってくる。
「おい、まだか!?」
アイラは集中しているのか返事がない。
――今は俺がおとりになって時間を稼ぐしかない。
カイは、アイラから少し離れた位置に素早く走った。
――あいつはアイラの力に反応して、こちらに向かってきた。それなら、俺も同じように力を示せばいい。だが、どうすれば......。
カイは周りで寝ている影の子を見て、頭の中に一つの考えが浮かぶ。できるかわからない。でも、できるはずだ。
「レオン、お前の力借りるぞ」
頭の奥から、気だるそうな声。
(どうぞ、ご自由に)
カイは短剣リヴェルナを空に掲げた。
「闇の精霊ノクティスよ、力を貸してくれ」
瞬間、カイの体全体が黒い靄で包まれる。
そして、カイの影が伸び、その影から影の騎士が現れる。
「たしか、黒騎士って言ったか? 精霊ノクティスとは違うのか?」
「ノクティス様は我々の王です。そんな簡単にお見えにはなりません」
黒騎士の口は見えないが、しゃべっているのがわかる。
「まあ、どっちでもいい。お前の力を見せてくれないか。できるだけとびきりのやつ」
「承知致しました」
黒騎士はそう言うと、黒き剣を鞘から抜き、中腰に構える。まるで侍が刀を構えるように。
白鯨は、気が付くとアイラの方にもうすぐというところまで迫っていた。
黒騎士は、白鯨に向けて闘気を放つ。闘気は、黒騎士を中心に一気に放出され、あたりの空気を重い塊のような空気に一変させる。
カイもそのどこか物悲しい闘気に、思わず拳を強く握りしめ、冷や汗が垂れる。
先ほどまで寝ていた影の子もその気に反応して、一瞬にして立ち上がる。
すると、白鯨は一瞬で止まる。
そして、向きを変えて、こちらに向かってくる。
白鯨もすぐにその異常な闘気に気が付いたのだ。それも、先ほどアイラに向かっていた時よりも速く。それだけ異常な力を感じとったのかもしれない。
「これでよろしいでしょうか?」
黒騎士は何もなかったのように、剣を鞘に戻して、カイの方を見た。
「ああ、十分だ。ありがとう。ただ、影の子も一緒に起きたみたいだ。そもそも、なんで影の子は俺を襲ってくるんだ? レオンからは襲われないって言われていたんだけど」
「影の子は白鯨に思考を支配されていました。だから、レオン様がいても襲ってきていましたが、先ほどの私の気で正気を取り戻しています。レオン様の記憶を宿すあなたなら、この場にいる影の子を操ることができるかもしれません」
黒騎士の言葉は静かだったが、なぜかカイは不思議とできる気がしていた。
――できる。しかも、やり方もわかる。
カイは目を閉じて、頭の中で、影の子の思考とつなぎ合わせるイメージを浮かべる。この場にいる影の子全員に対して。
黒の湖にいる影の子は37人。数も正確にわかる。それぞれをシナプスのように複雑な線と線で結び合わせる。
つながった。
そして、カイは命令する。
「――行け」
白鯨は気が付くと、カイの目の前まで迫っていた。鼻息荒く、白鯨の臭い息がカイの顔を通り抜ける。
しかし、白鯨は体をよじるように動かすが、それ以上、動かない。
カイの言葉に反応した影の子が、一瞬にして白鯨の体に纏わりつき、動きを封じている。白鯨は尾びれや胸びれを必死に動かそうとするが、微動だにしない。
「カイ! 行くよ!!」
アイラの声が黒の湖に響き渡る。アイラの声はよく通る。
カイはアイラの方を見て小さく頷く。
「水よ、大地を穿て――潮流爆破」
白鯨の下の水がボコボコと音を立て、波のように盛り上げる。そして、大きな水柱になり、白鯨の巨体を一瞬にして持ち上げる。
次の瞬間、水柱が爆ぜるような轟音をあげて、白鯨が空に打ちあがる。
――あの巨体がボールのように空に浮かび上がっている。とんでもないエネルギーだ。
カイは感心しながら、飛んでいく白鯨を見ている。白鯨は弧を描きながら空を舞い、そして、黒の湖の岸辺にドシン、と地面を揺らすほどの音を鳴らして、横向きに打ち上げられる。
「カイ! 今よ!!」
カイは、アイラの言葉にはっと気が付く。
――最速で行け......!
両足に力を入れて、一気に駆け出す。水面には波紋だけが残り、まるで水切りをした水面のように、連なる波紋が白鯨の方に向かっていく。
一直線に伸びる、細い道しるべ。
「始まりの才・双閃」
カイは勢いそのままに、右手に持った直剣ドラグノートを白鯨に突き刺す。ちょうど胸びれの付け根の奥を狙って。
風とともに遅れた2撃の刃が白鯨を襲う。
剣を引き抜いた瞬間、乳白色の血が噴き上がり、カイのローブを白く染めた。
そして、白鯨は断末魔の雄叫びをあげ、しばらくのた打ち回った後、目からは生気が抜けて、やがて一切動かなくなった。
「やったー!!!」
アイラの声が遠くから聞こえる。
カイは肩で息をしていたのが徐々に収まり、小さく深呼吸をした。




