5 炎諏佐の端で
カイはうつ伏せで倒れていた。
どれくらい時間が経ったのかわからなかったが、頭に締め付けられるような痛みが走った。体は動く。どこかをぶつけたということはなさそうだ。
カイは起き上がって、周りを見渡した。
そして、カイは息を飲む音を初めて聞いた。
――どこだ、ここは。
カイはどうやなら波打ち際に打ち上げられたようだったが、不思議な光景が広がっていた。
そう、海があるべき場所が海ではない。
海水が広がり波立つ場所には青々とした空が広がり、時より白い雲がゆっくりと流れていた。上を見あげると、空にはスノードームを内側から見たような、海が広がり、波がゆっくり寄せていた。不思議な空間だ。
空には海が広がっているのだ。魚も住んでいるのだろうか。星の距離ほど離された海には、魚が見えるはずもなく、大きな波の動きが見えるだけだった。
カイは、ゆっくり波打ち際、いや、空打ち際に近づき、慎重に手で触ると、少しひんやりとしていたが、手が濡れることもなかった。
カイは後ろを振り向くと、木々が立ち並び、その様子はジャングルを想起させた。
そのジャングルの先に目をやると、大きな山が見えた。山の頂上は真っ赤に染まり、時より爆発するかのようにマグマが立ちのぼっていた。
――だから、こんなにも熱いのか。
夏の日差しの暑さとは違う、熱波のような暑さが、体全体に押し寄せてきていた。そして、カイは思い出す。
白いワンピースを着た女性と出会ったこと。
その女性に連れて来られたこと。
そして、その女性に撃たれたこと。
カイは思わず胸をさすったが、傷一つなかった。
――ここは死後の世界なのか。
「あっ!」とカイは思わず声をあげ、あたりを見渡す。そこにあるのは砂浜だけで、シホとアキの姿がいない。シホとアキも一緒にこっちに来たはずだ。
「シホ! アキ!」
カイは久しぶりに喉がひりつくような声を出した。だが、どこからも返事が返ってこなかった。シホとアキはどうなったんだ。最後に見た光景が頭に浮かぶ。
悲惨な光景だった。失敗したのか。そうだとすると、シホとアキはあのまま……。
それに、あの女性の姿もない。
カイはもう一度上を見あげるしかなかった。
――これからどうすれば。
その時、突然、駆け寄るような早い足音が聞こえてきた。
それもだんだんこっちに近づいてくる。
ジャングルの方からだ。よく聞くと、かき分けるかのような草木がこすれるような音がする。
カイはじっとその音のする方を見ていると、誰かがこっちに向かって走ってきていた。赤い鎧のようなものを身にまとっていたが、顔が人間のものではなかった。
そして、だんだん近づくうちにわかった。背が大きい。カイの2倍とは言わないまでも、軽く見上げるぐらいの高さがあるのではないか。
大きな体を揺らしながら、こっちに向かってくる。息を切らしながら。
「おーい!」
予想に反して甲高い声だったが、女性のそれとは違った。走りながら大きな声で話かけてきた。
話しかけてきた者の顔は三角形のような形をしており、目はぎょろとして赤く、両目が離れた位置についており、トカゲと蛇の両方の要素を合わせ持ったような顔をしていた。腕をみると、鱗のような模様が見えていた。
カイが驚いて何も反応できずにいると、男はカイたちの前まで来て立ち止まり、両手を膝について、ゼエゼエと息を切らしていた。そして、しばらくして、ハアハアと呼吸をしながら、その不思議な生き物が話し出した。
「海はいいよな。俺様は海が大好きなんだ。だから、海をずっと見ていたら、突然、光の柱がここらへんに落ちるのが見えたんだ。それで急いでここに来てみたら、お前がいた」
「光の柱?」
「ああ、一瞬だったがな。俺様は見逃さなかった」
男の息が整ったのか、体を起こすと、やはりカイより背が高かった。また、赤い鎧のようなものを身に着け、腰には武器のようなもの――ナイフだろうか――を携帯していた。
武器に気が付いたカイは、少し体がこわばった。
「光に気付いて、急いで走ってきたんだ。あっ、そういえば、名前を言っていなかったな。俺様はタツ・フローゼだ。竜と同じタツ。俺様の親が竜のように空を自由に羽ばたいて欲しいという思いを込めて、タツって名前にしたんだ。もちろん、飛べないけどな」
タツは一人でしゃべり、ガハハと大きな声で、これまた一人で笑っていた。
カイは、タツの勢いと雰囲気に圧倒されていた。
ただ、タツはこの世界のことを知っている人物だ。何か聞かないと。
「ここはどこなんだ?」
「ここは、炎諏佐の国だ」
「エンズサ?」
「そう、炎諏佐。この世界には三つの国があって、その一つが炎諏佐の国だ」
「よくわからないな。いや、こっちが悪いんだ。それよりも、女の子を見なかったか?」
「いや、見てないな。なんだ、誰か探してるのか?」
矢継ぎ早の質問に対してなされる回答から、何一つヒントを与えてくれない。
――何もわからない。
カイが頭を抱えていると、突然、冷たい空気が横切る。その空気を感じて、タツは周りを素早く見て、顔をこわばらせた。
「どうしたんだ?」
「静かに」とタツはカイの言葉を静かに強く遮った。「来るぞ」
カイも周りを見渡したが、何もいなかった。
「何が来るんだ?」
タツはカイの方には目もくれず、今までで一番低い声で言った。
「影の子だ」
砂浜の端に、人の形をした黒い影が突然現れた。顔も黒かったが、ひとつだけなぜかわかることがあった。
間違いない。
こっちを見えている。
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