46 アイラの力
カイが白鯨に向かって駆け出すと、アイラはその場で詠唱を始める。
「我は天照の尊。水流を生むは豊穣なる雨。水膜が守るは儚き大地。水よ、我を守れー」
「水鏡結界」
アイラが左手を出すと、手に水が集り、盾の形を形成する。川の流れのように、盾の中で水が一定の速度で動き続ける。しかし、その表面は金属のような固さを持っている。
――すごいな、盾まで作れるのか。まあ、今は俺がやるべきことをやるまでだ。ただ、あの巨体だ。どこを攻撃するのがいいか、皆目見当もつかない。だとすると、やることはひとつ。時限竜の時と同じ。
白鯨との距離はすでに10メートルを切っていた。カイは両手に持った剣を強く握りしめる。
白鯨にも動きがある。体の大きさに似合わない小さい目はカイを捉えている。白鯨は体を震わせると、大きなシャボン玉のような泡がぷかぷかと一斉に出てくる。泡は白鯨を守るように隙間なく、周りに浮かぶ。
泡は、上下左右ランダムに動き、どこから攻めればいいのか一瞬躊躇させる。
そして、泡をよく見ると、内側で、白い靄が渦を巻いていた。
――あれは触れてはだめなやつだ。ただ、俺には意味がない。
「始まりの才・初刻」
すべての動きが止まる。先ほどまで動いていた泡もその場で固定される。
そう、カイを除いて。
カイは止まる世界の中で泡と泡の隙間を見つけて、そこを瞬時に通り抜ける。一瞬にして泡を置き去りにする。
そして、時が動き出す。目の前には白鯨の口。
「始まりの才・双閃」
カイの振るった剣先に一瞬遅れて、残像の刃が白鯨を襲う。カイはその手を緩めず、白鯨の体を回るように、なりふり構わず、白鯨を斬りつける。
白鯨は今まで聞いたことのないような雄たけびを上げる。
――やったか……? いや、違う!
パン!!!
突如、カイの後ろにいる泡が鼓動の如く脈打ち、遅れて膨らみ、大きな音を立ててはじけて爆発する。
――先ほど初刻を使ったばっかだ。初刻は連続では使えない。間に合わない。
カイは、両腕を顔の前に持ってきて、防御姿勢を咄嗟に取る。押し倒されそうなほどの爆風がカイの体に当たる。
しかし、なぜか痛みはない。
「ほんと、カイは無茶するねー。だから、時限竜にも、突っ込んでいけたんだね」
カイが腕の隙間から前を見ると、そこにはアイラが立っていた。
アイラは先ほど作った盾を構えている。カイが回りを見ると、その盾からオーラのような膜が出ており、ドーム上に包んでいる。
「守ってくれたのか?」
「仲間なんだから、当たり前でしょ。ちょっとは私と相談してから、突っ込んでよ。あいつは狭間の魔物で、情報は少ない。けど、どう見ても、鯨でしょ? 鯨の心臓は胸びれの付け根の奥よ。だから、あそこを狙うわ」
アイラは白鯨からは目を離さず、横目でカイに話している。
「なるほど。たしかにそうだな。ただ、どうやってそこを狙うんだ? どう見たって、その部分は水の中だ。水の中に入るわけにいかないし、入ったって、刺すことはできないだろう」
カイの怪訝そうな声をよそに、アイラは笑っていた。
「そんなの決まっているでしょ? 魚を捕まえるときは打ち上げるのよ」
――鯨は魚じゃないだろう......。
カイとアイラは再度白鯨から距離を取る。アイラによると、準備に時間がかかるから、少し時間を稼いでほしいとのことであった。何をするのかわからなかったが、何やら詠唱を開始している。
――時間を稼ぐといってもな。あいつはまだ動いてきていない。だから、このまま距離を取っていれば......。
カイがそう思った瞬間、白鯨は、尾びれを大きく動かし、水柱を立てながらこちらに向かってくる。アイラの動きを察知でもしたのだろうか。
――あれをどうやって止めればいいんだ?




