29 空に飛びあがって
時限竜の口にはエネルギーが溜まってきている。ただ、先ほどまでと違い、エネルギーを練るようにゆっくりとため込んでいるようだ。びりびりとした空気が辺りに漂う。
――あれが放たれでもしたら、この町もどうなってしまうのか......。
倒れた兵士。
立ち尽くして、呆然する兵士。
傷口を押さえる兵士。
いつしか炎諏佐の兵士とフラガルトの兵士はどちらも手を止めて、時限竜の方を見ていた。
異変に気が付いた住民が、崩れ落ちた建物の瓦礫を踏み分けて、先ほどから逃げ惑っている。いつしか、建物から火の手も上がっている。どこに逃げればいいのか。外に出てもモンスターがいるかもしれない。そんな場所に安易に出ることはできず、なるべく強固な建物に避難しているようだが、先ほどの時限竜の攻撃を見た限り、あんな建物ではすぐに壊されてしまう。
――止めなければ......。ただ、どうやってあそこまで行けばいいんだ。
距離にして、恐らく2キロほど。カイの速さを持ってしても5分ほどはかかるだろう。それに、時限竜のいる塔に着いたとしても、それをまた昇らないといけない。そんな時間的余裕があるのかカイにはわからなかった。
――ただ、悩んでここに突っ立っているよりは......。
「カイさん!」
声が聞こえた。カイが声のした方を見ると、リナとステルンに乗ったミレナが一緒に走って来た。
カイはリナとミレナに頭を整理するために話しかける。
「あれはどう考えても、いい予感はしないよな。あれだけゆっくりエネルギーを貯めているんだ。もしかしたら、この町全体を包むほどのエネルギーがあるかもしれない。だから、早く止めないと。ただ、あの距離と高さだ。間に合うかどうか......」
カイはじっと時限竜の方を見た。
「カイさん、私達なら、あなたをあの高さまで飛ばせるかもしれません」
「飛ばす? どうやって? 仮に高さは何とかなったとしても、その高さからどうやってあそこまで行くんだ? リナとミレナの足じゃ、あそこまで行くのに時間がかかる」
リナとミレナが顔を見合わせて笑っていた。その顔を見たカイは、星環砦に来たときのことを思い出し、到底いいことが起こるとは思えなかった。
ミレナはポケットから何かを取り出した。よく見ると、それはよく軍隊などが使っているものに見える。
「それは、もしかしてトランシーバーか? そんな物どこで......? いや、今はそれはいい。それで誰に繋がるんだ?」
ミレナは星環砦に侵入した時と同じように、何かを隠すような表情をするだけで何も答えずに、トランシーバーのスイッチを入れて、話しかけた。
「こちら、ミレナちゃん。聞こえる? オーバー」
ザザザッという交信音の後、トランシーバーから声が返ってくる。
「愛しのミレナちゃん、ちゃんと聞こえてますよ、オーバー」
――この声は間違いない。ボクスの声だ。
「ボクスちゃん、今どこらへん? オーバー」
「今は予定通り、旧都ノクシアの周りを旋回中だよ。そっちにはすぐにいけるよ。オーバー」
「よかった。それじゃあ、今からこっちに来てくれる? 詳細はこっちに来る間に話すわ。オーバー」
「了解ー。オーバー」
カイは空を見上げて、周りを見渡すと、たしかに、こっちに向かってきている。ボクスが運転する飛行機が。
「おい、もしかして、あれで突っ込むってことじゃないよな?」
再び、リナとミレナが顔を見合わせて笑った。
「準備はいい?」
ミレナがトランシーバー片手に大きな声を出す。
「俺っちは準備万端だ!」ステルンが大きな声で返事をし、「いいです!」とリナも同時に叫んだ。
今、カイは、大きくなったステルンに両手で抱えるように持たれている。リナは杖を両手で掴み、詠唱の準備に入る。
「ボクスちゃん、こっちは準備完了よ。ボクスちゃんの方であとはカウントお願い! オーバー」
「よっしゃ! それじゃあ、10秒前から行くぞ。10、9、8......」
ボクスの声に交じって、リナが詠唱を始める。時間を調整するように、ボクスの声に耳を傾けながら。
「我は天照の尊。天地を分かつは神よりの羽。空を描くのは天使の理。風よ、道を描け――」
――ああ、またこんなことをしないといけないのか......。
カイは繰り返される世界で、何度も飛行機から飛び降りていた。何度も何度も何度も。ただ、それでも全く慣れることはなく、怖いものはずっと怖かった。ようやくもう飛び降りなくていいと思ったら、早速これだ。
「3、2、1、ゴー!!!!」
「風渡り!」
ステルンの足元で突風が巻き起こる。そして、ステルンの体が空高く、舞い上がる。カイを掴んだままで。
月が近くなる。ただ、まだ飛行機が飛ぶ高度の半分ぐらい。
――もう少し高度下げられたじゃないか?
カイの疑問をよそにステルンが叫ぶ。
「行ってこい、カイ!」
ステルンは、リナの魔法の勢いが衰えたあたりで、カイを砲丸投げのように上に投げる。リナの魔法よりも勢いがある。顔に当たる風が痛い。
カイは多段ロケットのように、空に打ち上げられる。
打ち上げられる最中、カイは飛行機の場所を確認する。
――もしかして、ちょっとずれてないか?
打ち上げられた速度と飛行機の速度を目視で計算をする。飛行機の方が少し遅いように見える。このままだと、飛行機を通り越して、打ち上がってしまうように見えた。
そして、カイの予想通り、カイは飛行機が通り過ぎるよりも早く打ち上げられてしまい、ちょうど今真下に飛行機が見える。
――仕方がない......。
「始まりの才・初刻」
カイは時を止めると、自分だけ自由落下していく。
――はぁ......。まさかこんな使い方までしないといけないとはな。
カイは飛行機の背中に降り立つと同時に、時が動き出す。風が強く、カイは足を前後に広げて踏ん張る。
「ヤッホー! うまくいったわ!!」
空まで、リナとミレナの喜ぶ声が聞こえる。地上を見ると、ステルンも落ちている最中だった。ステルンはどうするのだろうか。フカフカした毛が守ってくれるのか。
ボクスもガラス越しにガッツポーズをしている。そして、前方に指を差した。
カイが前を向くと、塔に絡まる時限竜が見えた。エネルギーがドンドン溜まり、大きくなっている。
もしかしたら、そろそろなのかもしれない。
――さあ、ここまでしたんだ。決着を付けよう。




