26 時限竜
カイは、リナとともに、ヴァースの後を追う。
ミレナにはその場にいるように伝えた。炎諏佐の兵士が数名残っていたが、皆カイとヴァースの戦いを見て、戦意を喪失しているように見えたし、ミレナにはステルンがいるから大丈夫だろうとカイは判断した。
ヴァースの血の跡は星環砦の入り口まで続き、扉にも血が付いている。恐らくヴァースはあそこから外に出たはずだ。
――ようやくだ! ようやく、運命を切り開いた!
カイは扉に向かいながら、廻り続けた出来事が頭に蘇る。悲しくないのに、自然と目に涙が溢れる。アキもシホも見つかったわけではない。親父もまだだ。何も成し遂げていないが......。
同じことの繰り返しにカイの心はとっくに折れていた。
185回
表でも裏でも殺され続けた。頭がどうにかなりそうだった。20、30回を過ぎたあたりからは感覚が麻痺していたのかもしれない。殺されても、またかぐらいの感覚になっていた。
それでも、やはり痛かったし、苦しかった。逃げ道もなかった。
何とか最後の一線を踏みとどまることができたのはリオンの存在が大きい。リオンだけはカイの記憶を通じて、廻る世界を認識できていたため、何かと鼓舞をしてくれていた。
「勝つまで、やるんだよ。何度だって」
リオンは言った。絶対に勝つ方法を。
勝つまでやれば、絶対に負けないと。
そうして、今日この日を迎えることができた。
これから先の出来事は完全に未知の領域だ。何が起こるか全く予想できない。また死ねば、同じことの繰り返しになる。
――これ以上、死んでなるものか。絶対に。
カイは星環砦の入り口に辿り着く。目を腕でこすり、重い扉をゆっくりと押し開けると、ヴァースがちょうど橋の中腹あたりで立ち止まっていた。
「カイ!」
橋の向こう側から誰かの声がする。
カイは目を凝らして橋の先を見ると、青緑色の鎧を着た兵士が鱗を赤く光らせながら、炎諏佐の兵士に襲い掛かっていた。人と人がぶつかり合う音が聞こえる。
――あの姿は、焔鱗族か。ウラルフの町からここまで来たのか。
そのうちの1人が呑気にこっちに大きく手を振っていた。
――タツか!
「なんで、タツまでこんなところにいるんだ? それに青緑色の鎧は?」
カイは怪訝そうに顔をした。
「あれは反乱勢力フラガルトです。普段は赤色の鎧を着て、炎諏佐の兵士に化けていますが、反乱の際は、あの青緑色の鎧を着て戦うんです」リナは胸を張っていた。「ちなみに、来てくれたのは私が連絡をしたからですよ。今日、星環砦が落ちるかもしれないって。ウラルフのタイガさんがこんな絶好の機会を見逃すはずがないって思っていたんです。ほら、カイさんも覚えていませんか? ここに来る前に、私、カイさんに保険をかけたって伝えたの」
カイはリナのその言葉で思い出す。たしかに、リナが夜に何かをしていた。
「どうやって連絡をしたんだ?」
「伝書フクロウですよ。原始的で、一番安全な方法なんです」
――何か飛び立って見えたのはフクロウだったのか。
「なるほど。それで、今、ヴァースは井の中の蛙状態ということか」
ヴァースは前も後ろも進む道がなくなってしまっている。カイはヴァースの方にゆっくり近づいて行った。
ヴァースは背中を向けて、さっきからずっと立ち止まっている。
「おい! そろそろ終わりにしよう」
カイはヴァースに言葉を投げかける。
ヴァースがこちらに振り返る。
「ええ、終わりにしましょう。この子で」
その手には何かを抱えていた。
「あれは......、もしかして、ドラゴンか?」
ヴァースの手には、両手で抱えるほどの生物が丸まって収まっていた。時よりこちらを見る時の目は鋭く、体ほどのサイズの羽があるように見える。
――ただ、小さい。子どもなのか?
「それは何だ?」
「それとは失礼ですね。この子は時限竜。私が何年も大事に育てたドラゴンです。今はドラゴンもほとんど見かけなくなりましたが、この子はその生き残りです。こんなにも小さいのだから戦えないと思っているでしょう? でも、それは違うわ。この子は時限竜。なぜそう呼ばれているか? それは、この子が自分の時を操ることができるからよ」
ヴァースは地面に時限竜を置いた。時限竜は猫のように体を伸ばしている。
「時限竜よ! かつての強大で、狂暴な時に戻れ!」
ヴァースがそう言うと、時限竜の体が青白い雷に包まれ、それと同時に、体がどんどん大きくなる。ヴァースはいつの間にか、時限竜の背中に乗っていた。ヴァースの笑い声が響く。
「危ない!」
カイはそう叫んで、リナを後ろに下がらせた。
時限竜の体はいつの間にか山のような大きさになり、翼を広げると、空のほとんどが隠れるほどであった。橋はその重さに耐えられなくなり、大きな音を立てて崩れる。
橋が崩れると同時に、時限竜は空に飛び上がった。
「くそ! 逃げられる!」
「何を言っているの? 逃げないわよ。あなた達全員を殺すまでね」
時限竜は後ろを向き、フラガルトの兵士と炎諏佐の兵士が戦っている方を見ている。
時限竜は、口を大きく開け、線香花火のように青白い雷が飛び散り、口の中にエネルギーが集中する。朝と見間違えるほどに周りが光で包まれる。
そして、次の瞬間、口からそのエネルギーを一気に放出した。
エネルギーが着弾すると、大きな音とともに、爆風が舞い上がる。そこにいるすべてを巻き込んだ。敵、味方関係なく。
フラガルトの兵士も炎諏佐の兵士も、この一撃で半数以上が焦げて、塵となった。
「さあ、踊りなさい。これが最期のワルツよ」
月夜の空にヴァースの笑い声が響き渡る。




