18 異界送り
カイが扉を開けると、長い廊下が左右に円形に広がっていた。
廊下には松明が掲げられ、廊下自体は暗くはない。等間隔で鉄格子も見える。鉄格子の奥からごそごそと何かが動く音が聞こえ、カビと腐敗臭が混ざったような匂いが辺りに漂っている。
――監獄か。
カイはゆっくり鉄格子の方に近づき、中を覗く。
すると、窓1つなく、中は真っ暗でよく見えなかったが、誰かがいる気配だけ感じる。しかも、間違いなく見られている。
――寝てなんかいない。視線を感じる。
ただ、その何者かは声をあげることなかった。
「兵士はいないみたいだな」
カイは言った。
「ええ、そうね。ただ、深夜とはいえ、見回りの兵士がいてもおかしくないわ。さっきもそうだけど、ボクスちゃんが見せてくれた図面とは構造がだいぶ変わっているみたいね。どう考えてもこんなところに王立図書館があるとは思えないわ」
ミレナは鼻をつまみながら言った。先ほどから、何かが腐ったような匂いがするからだろう。
「星環砦は全部で3層あるだろう? さすがに階層の構造自体が変わっているとは考えにくい。そうすると、2層、3層のどちらかが王立図書館になっているんだろう」
(王立図書館は3層だ)
レオンが鉄格子の中から話しかける。
カイはミレナたちに聞こえないように答える。
「なんでわかるんだ?」
(言っただろう? 俺はここの常連だ。俺はよく2層には行っていたんだ。外から入ると、2層に着くようになっている。2層は兵士たちの駐屯区とかになっていて、この3層はちょうど地下のような場所にあるんだ。ここにいるのは他国の捕虜とか罪人だったよ、その当時はな)
「だから、3層が王立図書館ってことか?」
(ああ、恐らくな。3層に上がることは禁止されていたから、行ったことはないがな)
「どこから上がるんだ?」
(この廊下は円形に続いている。北側あたりに昇り階段があったはずだ。だから、あっちだ)
レオンは鉄格子の隙間から指を出して、廊下の先を指し示した。
カイはレオンの指の先を見て、ミレナとリナに話しかけた。
「とりあえず、こっちに行ってみよう」
「俺っちもこっちだと思っていたぜ!」リナの肩に乗るステルンはなぜか意気込んでいた。
カイはステルンの顔を見て、少し間を置いてから、何も言わずに歩きだした。ステルンは「無視するな!」と声を荒げている。
廊下はキレイな円になっているようだった。おかげで先が見えず、いつ炎諏佐の兵士と出くわすか、わからない。ただ、カイは不思議と気持ちが落ち着いていた。
カイは人を殺した。
この世界に来ることがなければ人を殺すことはなかっただろう。あったとしても、車を運転している時などの不慮の事故でだろう。過失はあっても、故意はない。
カイは、人を殺してしまう人のことについて考えた。
なぜ人を殺すことがいけないことなのか? 法律で定められているからか。カイは一度殺人罪について調べたことがある。誰かを殺したいと思って調べたわけではない。親父が殺された可能性を考えて、犯人にはどんな罪が下るのか調べたのだ。
刑法199条に定めがあった。苦しい、苦しい、と言っているような番号で記憶に残った。
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑に処する。
法律があるから人を殺してはだめなのか。そうではない。何かを守るために法律があるのだ。きっとその人の人生や友人、家族の悲しみ、それらを守るために殺人という罪がある。
――この世界ではどうなんだろうか?
少なくとも、法律が機能しているようには思えない。ここに捕まっている人は悪いことをした人もいるかもしれない。ただ、多くはそうではない気がする。もっと、根源的な理由でここにいる。
国を護るため
王の威厳を護るため
そう、それこそが罪で、殺人自体が罪であるわけではない。そうすると、カイのしたことは正当化される要素はあるのか?
――俺は何を護った?
「カイ」ミレナがカイの肩を叩いて、声を掛ける。「見て」
カイはミレナが促す方を見ると、階段が見え、その手前には机に座った兵士が1人見える。幸いこちらには気が付いておらず、時折あくびをしながら、手元にある冊子を見ている。
「またやるしかないか......」カイはつぶやいた。
すると、ミレナが顔を横に振った。
「ちょっと待って。カイ、また何かしようとしてるでしょ? 私達もいるんだから、勝手な行動は許さないわよ」
「じゃあ、どうするんだ?」
カイはミレナの顔を見た。その目は暗く、濁っていた。
「ちょっとそんな目で見ないでよ。言っとくけど、私はか弱いから無理よ。でも、ここにはリナちゃんがいるでしょ? リナちゃん、お願いできる?」
「ええ、もちろんです」リナは両腕で力こぶを作るポーズをした後、肩に乗ったステルンをミレナの肩に乗せた。「ちょっと危ないので、ミレナさんのところにいてくださいね」
リナはそう言うと、また何か詠唱を始めた。
「我は天照の尊。山より降りし、一抹の突風。大地を穿つは、狼たる牙。風よ、岩を切り裂け――」
「風壊滅」
リナがそう言って、手を炎諏佐の兵士がいる方向にかざすと、リナの手の先に風が集まる。リナの長い髪がぶわっと後ろになびく。次の瞬間、緑色をした風の刃がリナの手の先にでき、それが勢いよく飛んでいく。
風の刃が通ると、風圧なのか、左右の廊下の壁ががりがりとえぐれる。
炎諏佐の兵士はちょうど体を伸ばしているところに、その刃が飛んでいき、胸あたりに命中する。
兵士は「ぐはっ!」という声とともに、切り裂かれたような傷ができ、そこから血が溢れて、吐血をした後、その場で倒れた。一瞬の出来事だ。
「やりましたわ」リナは振り返って笑っていた。
――リナも人を殺すことに何の躊躇もない。そもそも悪いという認識がないように思える。この世界ではきっと日常なんだ。渋谷のスクランブル交差点で、肩がぶつかるぐらい自然な出来事。だったら、俺も......。
「ありがとう、リナ。助かったよ」カイは言った。
「いえいえ、さっきはカイさんが異界送りにしてくれていましたので、今度は私の番です」
リナは恐縮したように答えた。
「異界送り?」
「ああ、カイさんはそんな基本的なことも覚えていないんですね。多少信仰によっても違いますが、この世界で死んだ人は皆、もう1つの世界である異界に送られるんです。その世界では、こっちの世界よりも大分発展していて、遺物で溢れて、争いがない世界なんですよ。だから、死は救いなんです」
――ミレナが言う異界とは、俺達がいた世界、表の世界のことを指しているのか。争いがないというのは少し不正確な気がするが、遺物で溢れているというのはたしかにそうだ。
「そうか。これで炎諏佐の兵士も救われたんだな......」カイは自分に言い聞かせるように答えた。「それじゃあ、先に進もうか」
カイは炎諏佐の兵士が倒れている方に近づき、階段の先を見た。階段の先は扉がある。
「あそこを上がると、2層ね。この感じだと、どうなっているかわからないわね」ミレナはステルンを肩に乗せたまま話した。
「俺っちは、なんか嫌な予感がするぜ。そろそろ俺っちの出番な気がするな」ステルンは鼻息荒く言った。
カイは階段を上がり、扉を開いた。
すると、そこには、1層の暗さとはうって変わって、白と金を基調とした荘厳な回廊が広がっていた。そして、何より、沢山いるのだ。
炎諏佐の兵士が。
しかも、2列に並び、誰かを待っているようだった。そして、皆武器を手に持っている。
――これはまずいな......。




