1話:バーで出会ったカラス
夜の街の片隅にある小さなバー。ネオンの光が窓ガラスに反射し、店内は静かにジャズが流れていた。
私は仕事終わりの疲れを引きずりつつ、カウンターの隅に腰を下ろした。
「…一人ですか?」
突然の声に顔を上げると、そこには黒髪ロング、鼻に小さなピアスを光らせた女性が立っていた。パーカーをさらりと羽織り、カウンターに腰かけるその姿は、どこか孤独で、でも目が鋭く輝いていた。
「ええ、一人です」
ぎこちなく答える私に、彼女は小さく微笑むだけだった。
友人が以前、私にくれた小さな“アシスト”を思い出す。トレンチコートの背中に落書きをして、注目を引く作戦。私は密かにその作戦を実行していた。まさかこんな形で役立つとは思わなかったけれど。
「…その、面白い服ですね」
彼女は背中の落書きに目を止め、軽く笑った。
「ありがとう。…君、よくこういうことするの?」
「いや、初めてです」
少し間があった後、彼女が口を開く。
「じゃあ…よければ一緒に飲まない?」
その瞬間、心臓が跳ねた。
初対面なのに、こんなに自然に隣に座れるのだろうか。
けれど、何かに引き寄せられるように、私は頷いた。
カウンター越しに交わす小さな会話。
笑い声が時々重なり、グラスが触れ合う音が静かに響く。
夜の空気の中で、私たちはまだ名前も知らないのに、少しずつ互いの距離を縮めていた。
あの黒髪のカラスのような女性と、私はこの夜、何か特別なものを見つけた気がした――。