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第12話 下


 それは小さな事件から。


 ちょっとした地方の有力者の、目に見えてわかる不審な()()()。まるで童話の題材にでもされてしまいそうな家畜の失踪。頻発する公共施設での不審火。やがて憲兵隊に気が付かれるくらいのものを。少しずつ、少しずつ、捜査の為に、警備の為に、そのリソースを南部の広く至る所に分散させる為に。


 やがて始まったのが、南部各所の駐屯地を、その荷台いっぱいの物資と共に巡回することで南方軍を支えている輸送部隊、輜重段列に対する襲撃だった。神出鬼没の襲撃者の為に、南方軍は国境に張り付かせている兵士以外の予備兵を多く取られてゆく事になる。


 輸送隊が襲いやすいと地場で口伝いに喧伝もすれば、本職の野盗たちもこれに加わり、事態はさらに悪化の一途をたどり始めた。


 地域を防衛し、その治安を維持するだけに留まらず、兵士たちの為に使われ、そしてその兵士自体が地場へと落としていく経済や雇用にも直結していた軍という組織の弱体化は、即座に混乱へと直結していく。


 襲撃を受ける度に護衛に割ける頭数は目に見えて減っていき、死体安置所と療養院にばかり人影が増えてゆく。守っているだけではらちが明かないとなれば、大元の原因を取り除こうと山狩りの為の人員も出さねばならない。


 どんどん兵士は足りなくなる。足りなくなってしまったのなら、反感覚悟で工員を、農夫を、働き手たちを軍に徴集させるか、もしくは何処かからか借りてこなければならない。


 ただでさえ税に不満を持つ民たちをこれ以上怒らせ、彼らから矛の切っ先を向けられる覚悟など南府の支配者層には無く、前者の方法は考える間もなく却下され、近隣へと援軍の使いがすぐに送られた。


 それは地理的にも、政治的にも手を借りやすい中央軍だった。少しずつ、少しずつ、この国において行政の心臓部たる中央の軍備は薄くなっていく。


 そしてトドメとなった星教徒教会に対する襲撃。アウグストもまさかここまで事が大きくなるとは予想外だったが、彼らは予想以上の成果を上げてくれた。


アウグストの思惑、中央軍を更に南部へと引き摺り込むことによって、中央に、王都に、()()()()()()()を作り出すことはこれをもって成功したと言っていい。


 そして、その空白地帯に自分たちの軍勢を送り込む。この南部における騒動はただそれを行わんとアウグストがマルセロの協力を取り付けて行っていたものだった。


 この国を統治するための組織や人員、そして何よりもこの国の象徴であり統治者でもある王家の人間を一斉に拘束するためには、この方法が最適だとアウグストは考えていた。


 目的はただ一つだけだった。琥珀色のグラスを通して、アウグストの思慮深い目の奥が冷たく光っていた。


 ただし、どれだけ念には念を入れた計画であったとしても懸念点というものは発生してしまうものだ。アウグストもマルセロも、指揮官としての経験上それはどうしても回避できないことをよく知っている。


 「東方軍の派兵。ある程度予想はしていたが、お前の北方軍だけで抑えられるか?」


 当初の計画では、出ていく中央軍の代わりに王都やその周辺に入るのは、北方軍だけの予定だった。他の方面軍はそれぞれの地域の統治で手一杯にして動けなくする予定だったが、上手くいった南部と違い、東方ではそう上手く事が運ばなかった。


 元々、東部というのはこの国で唯一海に面した地域であるため、必然的に海運の拠点とならざるを得なかった。海上貿易によってもたらされる税収は東部において、その多くを占めるものだった。


 狙うとしたらそこだと、アウグストは確信していた。そこで海賊の真似事や、海岸沿いの村落での扇動や破壊工作などもやってみたが、これが如何せん上手くいかなかった。


 原因は分かっている。戦闘経験のほとんどが陸戦、特に山岳戦に特化している北方軍やアウグストとの配下において、船戦(ふないくさ)というものは余りにも門外漢過ぎた代物だった。


 立て続けに貿易船の襲撃が失敗したと報告を聞き、すぐに計画を変更して数少ない陸上部隊への攻撃へと切り替えようとしたが、成果上がる前に時間切れが迫ってきていた。


 そんな東部の状況を知ってか、怪訝そうな顔で聞くマルセロに対して、アウグストは淡々とした口調で答える。


 「既に幕僚連中が計画を策定中だ。東方軍の部隊が起き出す前にその頭を押さえ、街道の封鎖で相互の連携をできなくさせる」


 「お前達北方軍の練度に文句のつけようはないが、それでも時間との勝負になるな」


 王の崩御による国葬、そして王位継承権第一位にその冠が移される、一連の儀式が終わるまでの期間。それが彼らにとっての()()()であり、残されている時間でもあった。


 「()()()()以来、指揮官も優秀な、俺の息がかかった者たちばかりだ。抜からないさ」


 だからお前の部隊は必要ないぞ、とアウグストは言う。そうか、とマルセロはどこか感心したように頷いた。


 ()()()には中央で待機するマルセロも、この屋敷の地下に潜ませる予定の兵士たちと共にアウグストに加勢するつもりでいたが、そんなことはとっくに見抜かれていたらしい。


 「それじゃあ俺の兵士たちはお前が王城を制圧した後、登城する時にこそ率いて勇壮を気取らせてもらうさ」


 そうしてくれ、とアウグストは僅かに唇の端を上げた。


 そしてもう一つの懸念点、それは昼間の議会で起きた一幕。


「それにしてもライザ王女が本当に南部に出張るとは、あのお嬢さんも強く成長したものだ」


 そう言うとマルセロは大きく笑う。この男もまだ頭の中にある彼女の印象は、兄や姉の陰に恥ずかしがって隠れている幼子の時のままだ。


 結局、ライザの言い分はある程度受け入れられ、彼女は護衛隊と共に南部に赴く。視察にしろ炊き出しにしろ、できることなど限られているだろうが、彼女はほどなく南部へと旅立つことになる。


 「しかし、どうするね。できる限り頭に据え置かれそうな人物はまとめて拘束か……殺す予定だろう?」


 マルセロの言う通りであった。一連の儀式が行われることになれば、そこにどんな思惑があろうとも王位の継承者たちは首都へと集まる。まとめて拘束、もしくは排除することの出来る千載一遇の機会に彼女は間に合わなくなるかもしれない。


 どこぞの誰かが、南部で難を逃れた彼女を立てて王家の復権を目指す可能性は捨てきれない。だからこそ、既にアウグストはマルセロの屋敷に訪れる前、一通の手紙を伝令に渡してきている。


 「既に南部にいる()()に指示を飛ばした。近くで見守れ、処分する必要とあらば命令を出す、とな」


 王が崩御し、王位継承権第一位であるテオドリックの頭に、金色に輝く冠が据え置かれる前に、事を起こさねばならなかった。王の椅子が空位となっている間に事に及ぶ事、これが何よりも重要だった。


 叛乱を起こすにしても、その王位の正当性がテオドリックに、もしくは彼の()()()()()の誰かに移ってしまう前と後ではその意味は大きく違う。彼にはあくまで王位の候補者として歴史の舞台からは退場願わねばならない。


 そして仮に、その王冠が別の王族に滑り降りてくる事があっても、その前に手を打っておかねばならなかった。


 それは何もアウグスト、そしてマルセロが王殺しなど不名誉な栄光を今後歴々と書かれることに腰が引けているのではない。


 王である。その権威だけで人は付いてくる。それが忠臣であろうと奸臣であろうと、それに敵対しようとする者にあっては、倒すべき頭数が増えるばかりで厄介この上ない。


 そして王族の、貴族の、宮中の戦いなど、無辜の国民にとっては徴税の額がどうなるのか、それ以上の意味はさして存在していないのだが、それでも多くの国民は無意識に王権と言うものに付き従っている。


 王家への反逆者という分かりやすい敵とされるよりも、王という分かりやすい権力が不在のまま、誰に付き従えばいいのか分からない混乱状態にしておいた方が、彼らとしても動きやすかった。


 国家として統合されて幾年月が流れてはいたが、その多くが選挙権も広く与えられているわけでもなく、王族貴族が統治した中で生きているという意識が大きいこの時代において、国民一人一人の意志が国のかじ取りに影響を与える国民国家となるためには、いましばらくの時間がかかる。


 詰まるところ、いかに邪魔なくスムーズに、この国の実権を手中にできるか。と言った実利的な理由がそこにあった。


 「それよりもマルセロ、閣僚の選定は?」


 今度はアウグストの番だ。尋ねるのは、事が起きた後に、そして成功した後にこの国を治めるための面子の選定についてだ。


 ザハリウス王家を統治者の立場から外してしまっても、その後を始末できるものを据え置かねば更なる混乱が広がることは必至だ。失敗してしまえば、それこそ手ぐすね引いている他国の干渉も受けるだろう。


 「無論、抜かりなく」


 マルセロは机の上に置かれた便箋にさらさらと閣僚に任命をする予定の貴族や官吏、学者の名前を書き、それをアウグストに渡した。


 「暫定で俺が首班を務め、そこに書いてある閣僚で政府を創る。そして国内の混乱がひと段落した時点で、選挙だ」


 アウグストは渡された便箋を興味深そうに眺める。そこには目立ちはしないが堅実な仕事をする財務の副大臣、新進気鋭の法学者、老獪な商会頭などマルセロが見込んだ人物の名がずらりと並ぶ。


 「共和国。王族や貴族の為では無く、この国の構成員全ての利益を考える政体か……。若い奴らに説明はされたが、どう転んでいくものか」


 「良い未来になると信ずる他ない。王家が、王が、確実に滅びゆく未来しか指し示していないのであれば、他に方法もない」


 便箋をマルセロに返すと、彼はそれを暖炉の方へと放り込んだ。音もなく燃え尽きて灰となった。


 「だが、本当に良かったのか? お前の功績、経歴を鑑みても、本来ならお前が首班を務めるべきだろう、それなのに成功した暁には地位も何もかもいらんとは……」


 マルセロから渡された閣僚予定者名簿、その中にアウグストの文字は一つとして記載されていなかった。


 「前にも言った通り、もはやこの老骨に鞭を打つのも疲れた。それにだ、私がこの企みに参加したのはごくごく私的な感情が起点だからな、それにも関わらず禄を食む国に反旗を翻し、あまつさえ新たな地位を得るなど義が立たん」


 そう言ったアウグストは一息ついて、胸からかけていたペンダントに軽く触れた。


 昔から真面目くさったやつだ、とマルセロは言う。若いやつらの為に起った君ほどじゃない、とアウグストは返した。


 そんな会話がなされていた部屋の扉が、ノックされた。その音にアウグストもマルセロも脇に立てかけていた騎兵刀に手をかけた。


 話している内容が内容だけに、自分たちが出てくるまで誰も入れるな、付近を徘徊するのも禁止だとマルセロは家令に言いつけておいたはずだった。


 「マルセロ様」


 扉の向こうから聞こえたのは、まさにその家令からの返事だった。


 「俺たちが出てくるまで近づくなと言っておいたはずだ……。何事だ。」


 アウグストは握っていた騎兵刀の柄から手を放した。マルセロに仕える家令は彼が未だ一兵士として軍に仕えていた頃からの部下だった、信頼厚い男だ。そんな男が言いつけも守らずこの部屋を訪れたのには大きな理由があるのだろう。それを察したマルセロも、入れ、と許可を出した。


 丁寧な動作で扉を開け室内に入った男は、マルセロに一礼すると動作にたがわぬ静かな声で報告した。


 「申し訳ありません。ただいま王家より至急の伝令が参られました。」


 そして、今度はアウグストの方に向き直る。


 「アウグスト様。王より明日、王宮へと出仕するようと」


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