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第12話 上


 西方地域から、熱砂の交易路を通ってもたらされた調度品はそのどれもに、蔓や葉が幾何学的に巻き付いている文様が刻まれ、暖炉で揺らめく炎が揺らめく度に、どこか艶めかしく照らされていた。


 居るだけで異国にいるかのような錯覚をするこの部屋が、王国内の、それも王都にある屋敷の一室であると分かったとしても、多くの者が信じられないと言った顔をするだろう。そんな部屋に二つの人影が、調度品と同じように暖炉の光に照らされていた。


 「そうか、そんなことが起きたか……」


 泥炭(ピート)の香りが立ち上る飲み物をグラスに注ぎ入れながら、この部屋の主はそう呟いた。部屋と同じように文様と、薄くむこう側が透けて見える程度に着色されたガラスによってつくられたそれもまた、西方よりこの国にもたらされたものだ。


 「ああ」


 そんな声に返事をしながら、アウグスト・トレステンソンは差し出されたそのグラスを座ったまま受け取る。スモーキーな強い香りの付いたそれを口につけると、鼻に通り抜ける強烈な香りと喉を通り抜ける熱を感じ、少しばかり平衡感覚を失うように錯覚してしまう。


 そんな様子を見た部屋の主、マルセロ・シルヴァもグラスを片手に持ったまま、飲み込まれるかと思うほどに柔らかい椅子にドカッと腰を落とした。


 アウグストの正面に座ったこの男、一見すればまるで山賊の頭領か、さもすれば場末の飲み屋で、入り口に厳めしく腕を組んで立っている用心棒を思わせる様な風体をしていた。禿頭に、喉仏を越えるほどに乱雑に伸ばされた(ひげ)、齢を重ねてなお隆々とした肩や首周りの筋肉がそれをさらに加速させる。


 しかし、空になったグラスに再び琥珀色をした液体を注いで貰ったアウグストは、そんな外見に対してその中身がまるで違うという事を、他の誰よりも知っていた。


 マルセロ・シルヴァ。西部方面軍司令官を務めているこの男は、かつてアウグストと共に親衛軍の連隊で軍役を務めもした、いわば同期と言って差し支えのない間柄の男だった。


 統治を任せられている西部から、この王都にあるシルヴァ家の屋敷にマルセロが到着したのはつい先ほどの事だった。これより数月の間はアウグストとは入れ替わる形で、議会での話し合いや中央から地方に交付される予算についての確認を行っていく事になる予定だ。


 今夜ここにアウグストが足を運んだのは、なかなかに会うタイミングの難しいこの男と、もう間もなく始まる北部での演習、そこに合同で参加する自身率いる北方軍と、マルセロ率いる西方軍の調整という名目で周囲には認識されている。


 荷解きも湯浴みもそこそこのまま、ゆるりとしたガウン姿のままアウグストを出迎えたマルセロは、自慢の居室に彼を迎え入れた。


 「ばたばたと忙しい所すまんな」


 「かまわんさ。演習ではウチの連隊も貴様に預けるのだから、細かいところまで詰めておくに越した事は無い」


 少し申し訳なさそうに言うアウグストに、マルセロは凄みのある笑みで返した。


 多くの人間が、この強面の男は戦列歩兵や銃槍兵の先頭に立ち、その背を見せることによって兵たちを付き従わせるタイプの軍人だと、そう勘違いをすることが多い。その実は違う。この外見をしているが、このマルセロと呼ばれる男が最も得意としているのは、裏方であった。


 所属していた部隊に支給される弾薬や擲弾、被服や靴、生きていくには欠かせない水に食料。それらを適切に管理し、必要な量を必要な分だけ部隊に配る。腹を空かせぬように、身を震わせることの無いように、いざ戦う時に腰からぶら下げた火薬入れが、安心できるほどの重みを感じられるように。


 そんなこと当たり前のように感じるが、言うは易しだ。なんせ彼らが若かった頃、国庫から兵士を持つ貴族や司令官に渡された準備金が部隊にもたらされるまでに、既に何割かが彼らの懐に入れらていることなどザラだった。


 足りない金額で兵士全員を賄うためには、どこかを減らさねばならない。弾か、服か、それともパンか。他の誰かであったならば、とうに匙を投げそうなその状態の中でマルセロは帳簿とにらめっこし、時には自ら買い出しに赴き、時にこっそりと懐に入れた上官を簀巻きにすることによって、部隊に配られる物資の定数を維持し続けた。


 飯の食えぬ軍隊に人は集まらない。給与もままならない軍隊からは人はどんどん逃げ出してしまう。弾薬も事欠く様な軍隊は訓練すら満足に受けさせる事は出来ない。この男はそれらを克服し、戦える部隊を守り続けた。


その管理や支給だけではない。時に軍隊は足りない物資を進軍した現地から、徴発しなければならない時がある。


 ただ奪い取る事であるならばそれは略奪となるが、基本的にこの国の軍隊と言うものはおいそれと外征をするタイプのもでは無く、その進軍先の多くは自国内での展開こそ多かった。


 その時に自国民から略奪を行うなどは、そんな前例がないわけではないが、軽々しく行えるものでは無い。そんな時にどうするのかと言えば、部隊が進んだ先にある村々や集落にある物資を買い取ったり、借り受けたりするのだ。


 もちろん、元々はその村や集落に住む住民たちが生きるための糧を早々差し出してくれるわけもない。時には金子銀子を支払い、時には証文をだして説得をしなければならなかった。


 村々に住む者たちもそんな時には強かなのだ。軍隊が困っていることをいいことに足元を見てくることもある。ある所では租税の全額免除さえ求めてくるところさえある。


 そんな時にこの男、マルセロはそういった交渉が上手かった。こちらに高圧的な村長と、いつの間にか酒を酌み交わし、安値で小麦を買い付けたことは一度や二度ではない。


 そんなこともあってか、確かに元々が西部にある大貴族の次男坊だったとはいえ、長男を差し置いて家督を継ぎ、更には西国との巨大な交易路を含んだ地域を管轄する西部方面軍の司令官にまで上り詰めた。


 どうしたって西国の国々からの玄関口として、商売の交渉を取り次がねばならない地域を治めるという事に関して、若かりし頃のその経験が役立っていることは確かだ。


 「しかし王が、アルベルトがその様子じゃ、もはや命数も近いか……。かつて寂寥の草原を駆けし騎士も、脾肉すら削げ落ちてしまってはどうしようもあるまい」


 普段は難しい交渉事にも厳めしい笑顔を浮かべているマルセロが、その言葉を行った時には少しばかり影が差していた。アウグスト同様、彼にとっても王は友の一人なのだ。


 「……と、なればだ。計画の時は近いな」


 マルセロはぐっと椅子から身を乗り出し、アウグストに囁くように言った。先ほどまでの友を思っていた憂いの表情は、その口元にはいやらしく釣り上げらえた笑みへと変わっていた。アウグストは肯いた。


 「元々の計画とは違うが、北方軍、いや、俺の連隊を中央と王都に入れることが決まった。これで晴れて俺たちは革命軍か、それとも叛乱軍になれるわけだ」


 「国家の守護者か、それとも朝敵となるか……。いずれにせよ歴史書に、碌な載り方はしないな」


 昼間、あの荒れた議会は王が去った後も日が傾くまで続けられることとなった。そこで決まったのが、北方軍の中央への派遣だ。


 「しかし、よくウァロ王子が許したな。前々から北方軍を動かすのには反対だったお方、あぁいや、反対だった連中と言ったが正しいか。そんなのがよく妥協できたものだ」


 「それだけ、カサンドラ()()の提案が効いたんだろう。実際、議論の妥協点として共同派兵を提案したのは、当のウァロ王子だからな」


 会議も終盤になって妥協案として苦し紛れにウァロ王子が提案したのが、東方軍と共に北方軍を王都に入れる事だった。北部での大演習が終了後すぐに、完全武装をしたままの銃兵連隊を王都や周辺に散らばる、空になった衛戍地へと兵士たちを駐屯させ、治安を守ると。


 以前から折を見てアウグストがウァロ王子へと探りを入れていた北方軍の派遣。ウァロとその取り巻きが何度も拒否してきたその考えも、いざこの国の中央である王都にその東方軍の、カサンドラの影響力が増すとなるとその意見を変えざるを得なかったらしい。


 それでも現状手空きになっている東方軍の方がどうしたって中央に入るのは早いだろうが、ただ指をくわえてみているよりはいいと判断しての事だった。


 「何にせよ我々の息がかかった手勢を、王都へ、この国の心臓部へと送り込むことが出来る。これで、お前がこれまでやってきた()()が実を結んだか」


 マルセロは称えるようにグラスを少しだけ掲げた。中に入っている残り少ない液体がゆったりと揺れる。


 「俺は命じただけだ。優秀なやつらだ。南部がこれだけ荒れたのは予想外だったがな」


 ここ数か月、いや細かいものを含めるともっとだ。南部で、東部で、この国で起きた多くの事件を主導した男は、決して謙遜などでは無く、本心からそう言っているように聞こえた。


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