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第11話 上


 遠く離れたオフィスで予想された通り、議会は荒れに荒れていた。当たり前の如くその中心にあるのは南府、いや既に南部全体に広がった星教徒の醜聞と、騒乱寸前の治安状況についてだった。


 自らが信仰を推し進めている星教徒がもたらした事態を何とか収めようと、テオドリック第一王子は南部に対する軍隊の増派を要求し、これに対し今まで散々嫌味たらしく言われ続けていたウァロ第二王子が非難をするという見苦しい応酬が続けられていた。


 罵り合いを続けている二人の隙をついて、軍務省を始めとした各省庁から派遣されている事務官や、役職に就いている議員たちが実務的な話を進めるものの、いったいどこの軍を派遣すると言うのか、予算は、責任者はと言った事がそれぞれの派閥から侃々諤々(かんかんがくがく)と投げつけられていた。


 本来ならここで責任を取らねばならないはずの南方軍司令官は、第一王子の庇護のもと南府へと騒乱鎮圧の指揮を執ると言った名目で逃げ帰っている。確かに指揮をとらねばならないのも確かではあったが、名代として議会に立たされている副官は投げつけられる言葉に青くなって、しどろもどろに要領を得ない返答を繰り返すばかりであった。


 またこの流れか、と多くの参加者たちが顔に張り付けた能面から醸し出した雰囲気が着異常を満たさんとしていた。しかし参加者の一人として列席しているアウグスト・トレステンソンは違った。その冷たそうな目をもって気付かれぬように荒れ狂う議場を見まわし、機を狙っていた。


 「中央軍、親衛軍から南部へと兵を向かわせるのに何の問題がある! 国境を持つわけでもなく、ただただ衛戍地にいるだけではないか!?」


 「テオドリック王子は軍と言うものを何もわかっておいでではない! 王都、衛戍地、ひいては中央の地を守るという事がどれだけ重要とお思いか!」


 王都のある中央を守護する中央軍、そして王族の直轄軍として動かせる親衛軍を簡単に動かせと言うテオドリックに対して、それは軽挙妄動だと、もはや兄上とも呼ばずに軽蔑の意を持った口調で呼びかけるウァロ応酬は先ほどから同じ内容の堂々巡りだ。


 両者が言う事もそれなりの理はある。国境を守るそれぞれの方面軍と違い、すぐに動かせるのは中央軍、そして親衛軍なのは間違いない。ただ存在すると言うだけで費用を使ってしまう軍隊の使いどころとしてはまさに今だろうとテオドリックは考えている。


 それと同時に、ウァロの言い分もわかる。彼としては今南部で起きている騒乱が各地に飛び火することを恐れているのだ。その為に軍を派遣せざるを得ないことも分かってはいるが、兵を派遣して手薄になった中央でもし何かあれば、総司令官代理としての立場上その時は王位継承者としての失点になりかねないとウァロは恐れている。


 そんな二人の探り合いを見て、言い出すなら今だなとアウグストが口を開きかけた瞬間、全く誰一人として意に介していなかった人物の声が響いた。


 「兄上たちが民たちを治めようとしないなら、このライザが参ります!」


 それは王子二人より一つ階層が下に設けられた座席から響いた。決して凛としたものでは無かった。震えさえ残っていた声だった。それもそのはず、いまだ齢十七の成人すら迎えていない少女から発せられた声であった。


 汚らしい、罵声に近い声が鳴り静み、多くの目が一斉に彼女に、第二王女たるライザに向けられた。


 「兄上たちが争っている今この時も、南部の者たちが苦しんでいるのであれば、その声に応えるのも王族たるザハリウス家の務めです!」


 彼女は震える拳をグッと握りしめ、口角泡を飛ばしている二人の兄をしっかりとした目で見据えていた。


 「子供が出しゃばるな! いったいお前に何ができると言う!」


 ライザの視線に、キッとそれをにらみ返しながらテオドリックは叫んだ。


 「このライザが南部へと向かい、民と話し、必要とあらば軍の力も振るいましょう! 私にも護衛隊、それに親衛軍の指揮権は私にもあるはずです!」


 ライザは負けじと気丈に言い返した。彼女も王族の務めとして軍務を経験させられている。しかしそれはあくまでお飾りであり、彼女が指揮権を持つというのも儀礼的に付けられている()()連隊長としての肩書に過ぎない。実際に動かせるのは親衛軍から派遣されたごくわずかな護衛隊が関の山だろう。


 だがそれでも、彼女は兄の前に立った。王族としての矜持か、それとも本当に南府の民を思っての事だろうか、その金の髪は緊張と恐怖で震えているのが見て取れた。しかし彼女は震えながらも意思を通す目をしていた。


 予想外の思いがけない言葉に、アウグストも述べようとした発言を出す機会を失ってしまっていた。


 「あら、良いのではなくって?」


 そしてライザに続き、もう一つ女性の声が議場の中に響いた。それは議員たちが座る席では無く、議場を見下ろす形で置かれた観覧席の一つからだった。その姿は、この場に似つかわしくないほど瀟洒で華美なドレスに身を包まれていた。


 「姉上……」


 にらみ合っていたテオドリックとライザが視線を上げ、その女の方を見る。まるで見世物でも見るかのような目で二人を眺めていた女性は、優雅に孔雀の羽でしつらえられた扇子で、その顔をあおいでいた。


 カサンドラ・ザハリウス。国王の長女であり、王弟カインの妻でもある女性は、そのふくよかな身を、胸元もあらわに大きく開いた深紅のドレスで飾り付けていた。


 かつては王位継承権も兄二人に次いで保持していた彼女も、現国王の男系が途絶した時にのみ即位できる王弟へと嫁いだ時にその権利を失っていた。現に議場に座席すら用意されていない事が、今彼女が置かれている身分を表している。

 

 しかしそれでも彼女がこの場で、観覧席と言う場所にもかかわらず口を挟むことが出来ると言うのは、彼女のその身分が王弟の妃であるというだけに留まらない力を持っている証左でもあった。それは彼女を恍惚の表情で見上げる議員の何人かに、彼女との褥を思いだす者がいるからだ。アルベルトの近くに座る東部軍司令官もその例外ではなかった。


 「良いではありませんか兄上、ライザを南部に遣わせば。すべてとは言わずとも、中央軍と親衛軍にも余力はありましょう。それを一緒に向かわせてしまえば、争いを好むお二方よりも民草たちは収まるのではありませんか?」


 それに、と彼女は東方軍司令官の方に目配せをして続けた。


 「王都にいる兵が薄くなる分は東方軍から兵を出しましょう。すぐさま、とは参らないでしょうが領兵(ラントヴェーア)が揃い次第中央へ向かわせられます。そうすればウァロ兄上の御心配もなくなるでしょう?」


 カサンドラはそう言うと、議場で争っていた兄たちにむけて嫋やかな笑みを向けた。


 カサンドラ、彼女がその影響力を多いに持っている東方軍は、唯一その国境に海を持つ地域だ。遥か大海を越えた先は東方新大陸の国々であり、その主な仮想敵はそれら国々の海軍とされている。そのせいか、東方軍の持つ戦力の割り振りはどうしても海軍の方に偏重しがちとなり、陸上戦力と言うものは沿岸監視と、仮に上陸された場合の防衛部隊としての側面が強い。


 そして今の情勢においては東方新大陸がわざわざこの王国を目指して侵攻を行う理由も兆候も見られない。あちらの大陸はあちらの大陸でこちらとはまた別の、陸続きでの争いに夢中になっていることも大きい。


 そのせいもあってか、常日頃から現存艦隊として他国を威圧する役目を負っている海軍と違い、東方軍の陸軍部隊は手持無沙汰となっていた。カサンドラはその兵たちを使おうとしていた。もちろん、東の地域を空き家にするわけでは無く、留守番代わりとして戦力として二線級の領兵を招集してからの話にはなるだろうが。


 「それは……っ!」


 カサンドラの言葉に、真っ先に反応したのはウァロだ。軍の総司令官代理として、自分の頭越しにそんな決定が下さて良いはずがない。


 「ならばカサンドラ、東部軍を南部へ派遣すればよいではないか! わざわざ東部軍を王都に入れ、玉突きのようにライザたちを押し出すような真似など……」


 「東部軍が()()()()動けるのでしたら、そうしますわ兄上。ですが動員に時間がかかると申したはず。ですが南部は今すぐにでも兵を出さねば、収まりが付かない騒動に燃え上がりますわよ?」


 その返しにウァロは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。その表情を隠そうともしない理由は、カサンドラの夫である王弟カインが中央軍の指揮権を持っている事、そしてこの土地が持つ特異性が理由だった。


他の地域を治める軍には、かつてザハリウス家に仕えていた譜代の大貴族達、その子孫が代々指揮権を持っているが、中央軍に関しては事情が異なっていた。


 元々がザハリウス発祥の地とされている場所を包括する地域であり、王家の直轄地として多数の土地とそこに住まう住民、そしてそれに伴う王国の中でも大きな割合を持つ徴税額や兵士たちを持っていた。いた、とはつまり過去形であり、それは今に至って国庫が危機となった際に、少しずつ、少しずつ成り上がりの貴族に売り払われてしまっていた。


 問題はその小さく細切れに売り払われた土地の、小さな領主たちが保持する領兵たちだ。それぞれの数は少なけれど、それでも一つに纏まられてしまえば厄介なものになる。ある意味において中央軍とは、王都周辺に散らばる小領主たちを押さえつけるための治安軍的意味合いを持たざるを得なかった。


 その為、中央軍に関しては譜代の貴族では無く、王族からその司令官を選任することになっており、今現在中央軍を率いていたのがカインであった。そしてその中央軍を引き抜くという事は、彼ら小領主に対して睨みを利かせる力を削ぐという事に他ならない。


 その状況を、東方軍が、ひいてはカサンドラが補填してやろうとカサンドラはウァロに向かって言っているのだ。ただでさえカインの影響力が強い中央に、妻であるカサンドラの息がかかった兵士たちが入ってくるなど、ウァロからしてみれば自身を虚仮にされたようにも映っていた。


 「ならば、ならば……!」


 そこから更に回らなくなってきた舌で怒鳴り返そうとしていたウァロだったが、議場の門に侍る衛兵が発した言葉で喉から出る前に押し留められることとなった。


 「皆様ご起立ください! 王の御成にございます!」


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