第10話 下
「それで結局、教会側の声明は徒労に終わりました」
呆れたような表情で副官は報告する。教会側が嘘だ何だと言ったところで、外からは新たに疑わしい情報が飛び込んでくれば、住民も新聞も、センセーショナルな方にこそ飛びついていくものだ。
そうなると、星教徒を信仰していた者たちは搾取していたのかと聖堂に対して怒りを向け、熱素教の方も、お前たちは散々国内で狼藉をやっていたのかと、その怒りを星教徒へと向け始めた。
ただでさえ政治と経済の混乱で市民たちの間には不満がたまっていた。最近では街道で荷馬車に対する襲撃も相次ぎ、流通網が麻痺し始めたことによって、その生活はさらに悪化していた。
そしてここに来て更にその怒りを増幅させるようなことが起きた。その怒りをぶつける相手が教会と言う身近にあるところに存在していることも、随分と間が悪かった。
市民たちのやり場のない怒り、一度その心に点いてしまった火は教会、ひいては星教徒へと向けられ、そして瞬く間に燃え上がった。理性と言った制御を越えて、街中では熱素教の信者が星教徒を追いかけまわし、餓えていた者は教会内に貯めこんでいるモノ目当てに礼拝所に棍棒片手に殴りこんでいた。
「南部全体、特に星教徒の布教が進んでいた地域での混乱が凄まじいですね。もはや教会は神の教えを頂く場所から収奪地へと職を変えたようです」
「まったく、見えない所でやってくれていれば……」
副官の報告に、グレイ子爵は吐き捨てるようにそう呟いた。首都憲兵隊でも、星教徒教会が怪しい動きをしていることなどは勿論掴んでいた。朧気ながら、国内に奴隷密売のネットワークが形成されているのもだ。
しかし、すぐさまそれらを検挙しなかったのは、星教徒を国教としている会衆連合との外交時に切れるカードの一枚として保持しておくためだった。これだけ大規模な事だ、どこかで国の出先機関か、それとも有力者が支援しないと上手くは運べないことだろう。
故にここまで泳がせてきたつもりだったが、裏目に出てしまった。
「こちらが持っていた情報は既に焼却炉の中です。関与などは疑われないでしょう。それよりも問題は」
「情報の出所だ」
そう、王都憲兵隊と言う国家が運営する秘密警察、ひいては情報組織がかろうじて掴んでいた事が、なぜ露見しているのか。
「たまたま襲われたなど有り得ん。曲がり間違っても教会の裏組織がそうやすやすと素人に潰されてしまうのなら、俺たちだって苦労はしない」
グレイ子爵は眉間を揉みながらごちる。所々白いものが混じった髪が脂ぎった額に張り付いていた。
「捜査は継続させていますが、室内の残っていたのは折り重なった牧師の死体と、その体に撃ち込まれていた市井にもよく出回っている狩猟用の散弾。とても何かの証拠にはなりえません」
「事が事だけ、教会側も何も話さん。何なら不幸な武装強盗としてシラを切りたくてしょうがないらしい」
既に王都にいる星教徒関係者に探りはいれてあるらしい。一応、現地の憲兵隊に命じて強盗や奴隷の反乱も仮定として精査させては見たが、それらしき証拠は何もなかった。
「同業者ですかね? 会衆連合、もしくは帝国」
副官はそう尋ねた。自分たち同じような仕事をしている組織がこの国に潜り込み、政情を不安定にさせる工作を行っている。秘密警察に所属している人間としては真っ先に思い付くことだ。
「国内も、視野に入れておけ」
その疑問にグレイ子爵は捜査を行う対象を追加していく。
「単純に熱素教の可能性もある。あそこも自分たちの悪事は棚に上げてやけに星教徒を糾弾している節がある、関与は疑うべきだ」
そして、と前置きして続ける。
「テオドリック王子が順調に即位されては困る者たち。ここは重点的に調べろ」
それはつまり、国内の貴族たち、領主たちを疑えと言う指示だった。それもそうだと副官は思う。第一王子テオドリックが星教徒に傾倒してから、彼は新王にふさわしくないと廃嫡を願っている貴族、いやそれだけではない、三部会の議員の中にも少なからず存在している。
「あの議会の中に、糸を引く黒幕がいると?」
そうだ、とグレイ子爵は呟く。
「外国の組織が得られないような情報でも、内側にいれば簡単に知れることはたくさんある。議会にいる連中はそんな情報に日頃から接して、手に入れるのだって容易かろう。必要と判断したら夜警を動員しても構わん」
王都憲兵隊の中でも、とびきりに後ろ暗い事をさせる部隊名を上げられ、副官はドキリとする。
情報を得る為なら、議員の一人二人ぐらい自発的に窓から落ちる事故が起きたり、船着き場で川魚に啄まれているのが見つかったりしても良いと、暗にほのめかしていた。
自らと同じよう貴族爵位を持つものも多いにもかかわらず、彼にはそこに対する帰属意識も仲間意識もない。
それもそうだ。彼の持つ子爵という称号は彼より二世代ほど前の先祖が、国庫が欠乏した時に売り払われたものを金で買い取ったものにすぎない。
たまたま抱える程の金子を手に入れただけの商人だった先祖が箔をつける為だけに得た称号だけのもの。当然のように領地などあるはずも無く、税収や領兵など持つなどは無かった。
役に立ったと言えば、幼いイーガルが陸軍士官学校へと入学する時に、僅かに足らなかった代数のテストを審査した将校が、彼の考課表に書いてある爵位を見て加点してくれた事ぐらいだろう。
「会衆連合も国内の状況は我々と同じように宜しくない。わざわざ国境を接している南部を騒がせるのは本意ではないはずだ。それなのに南部を政情不安にさせたいとなれば、我々の衰退をさらに加速させたい北の帝国か……」
「南部に、星教徒に強い影響力を持っているテオドリック王子の失脚を狙いたい者」
「南方方面軍の司令官、アレは王国内では穏健派で中立だと噂されているがその実、裏ではテオドリック王子から改宗を薦められ、即位後の高位なポストに執着気味らしい」
どこで手に入れたのかは分からないが、グレイ子爵はそんな情報を出す。情報源はいかがわしそうだが、きっと正確なのだろうと副官は思う。グレイ子爵のもたらす情報はいつもそうだった。
「いわば南部はテオドリック王子の縄張りみたいなものだ。そこを荒らすとなればその面子は丸つぶれのうえに、何か対策を取らねばそこでの支持を失いかねない。先の議会では余裕ぶってウァロ王子を煽っていたそうだが、本人も内心ヒヤヒヤだったんじゃないか……」
「次の議会は荒れそうですね……」
恐らくは副官の予感は当たる。混乱をこえて騒乱の段階に入った南部を鎮静化させるために、テオドリック王子は中央軍あるいは親衛軍、もしくはそのどちらもから更に増援部隊を出すことを要求する事だろう。
そうれがすぐに廃嫡に繋がる事は無いだろうが、どちらにせよ彼にとっての失点となるだろう。隙を見せるとすぐに他の後継者たちが牙をむく現状においてはその痛手は小さなものでは無かった。
「それにしても、ずっと続いている輜重隊の襲撃に、今回の教会での件。連続性があるとは思わんか?」
抽斗からパイプを取り出したグレイ子爵は、その中に刻み煙草を詰めマッチで火を付ける。大きく紫煙を吐き出しながら眺める先には、この王国が記されている地図が壁に貼り付けられていた。
グレイ子爵がパイプを出したタイミングで、副官は戸棚にしまってあるウィスキーのボトルとグラスを取り出し、琥珀色をした液体を注いでいく。一つはハイプを蒸かすグレイ子爵の前に差し出し、もう一つに自分で手に取り、自身の給金では稀にしか買えないであろうその味を楽しむ。
「偶然とは思えないほどのタイミングではあります。ですが、もし単一の組織がこれだけの事を南部で起こして、得られるのは第一王子の信用の失墜だとしたら、少し手が込みすぎている様にも見えます」
肯定だと言わんばかりにグレイ子爵は置かれていたウィスキーのグラスに口を付けた。
テオドリック王子の信用失墜のネタならばもっと簡単な方法をいくつも思いつくだろう。彼の妻の醜聞をある事無いこと流すもよし、星教徒の悪行を喧伝するでもよし、わざわざこんなにも手の込んだ襲撃まで繰り広げる必要、そんなリスクを負う必要がどこにあるのだろうか。
二人して地図を眺めながら考え込んだが、グラスが空になってもなお、その答えは出てこなかった。




