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第9話

 レールの継ぎ目を越える時の、定期的な音と振動が響いていた。それは、そう早くはない速度で走る列車の風切り音と共に、どこか異質な空間に迷い込んだのかもしれないと、私を幻惑させる。時刻はすでに深夜。夕方ごろに南府から発車した寝台列車は順調に王都へ向けての道のりを進んでいた。


 早く自分の研究室、もしくは暫く留守にしっぱなしの自宅へと帰るのならば、飛行機や弾丸列車を使っても良かったのだが、私はあえて寝台列車を帰路の手段に選び、大きなキャリーケースを引きずりながら列車のコンパートメントに身を滑らせた。


 昔から、列車内では落ち着いて考え事ができる性分だった。本を読むにも、論文をまとめるにも、何故かはわからないがこの一定のリズムを刻んで走る鉄の箱は、私の集中力を高めてくれた。


 南府での学術会議も終わり、この列車を選んだのもそこが理由だった。諸先輩方の発表を聞き、そしてあの同期との会話の中で思い出した恩師の言葉。


 『歴史的な事象はある日突然、突飛に起きるわけではない。必ずその兆候が存在する』


 それがどうにも頭の中を巡って離れようとしてくれなかった。その兆候の中にどこか、“彼”の痕跡が残っているのかもしれないと、どこかゆっくりと身を沈めてその言葉を今一度考えてみたいと思い立ち、この列車へと振り替えたのだ。


 既に食堂車で夕食は済ませている。たまにはの贅沢でも良いだろうと、頼んだのは牛頬肉の赤ワイン煮込みだ。添え物として出てきたジャガイモをピューレにしたものに肉汁とワイン風味のソースに絡めて食べた時の味は絶品だった。料理とペアリングされたワインは丁重に断り、炭酸水で口の中をさっぱりとさせる。


 列車に備え付けられたカード式のシャワーで汗も流している。今は寝間着代わりのスウェットとシャツ姿になり、明かりを消してベッドに横へとなっている。時折、道なりに照らされている街燈やギラつくネオンが暗くなった室内を流れていくように照らしていた。


 考えるのは“彼”の事、そして“内乱”の事だ。




 兆候を捉えるには、事象が起きる以前の情勢を知っておく必要がある。内乱以前、王国内には、王位継承をめぐって大きく三つの派閥が存在していたと言っていい。


 まず、第一王子テオドリック。そもそも王位継承権第一位としての存在は大きく、順調に進めば王座は自動的に彼のものになる。更には王国の国教と定められている熱素教(カロリック)の神官と言う立場から、元々彼に付き従うものは多かった。


 大きな領土を持たない中小の領主が、寄らば大樹の陰と言った具合で彼に付き従った。そこには本来の統治者に対する忠誠心と言うよりも、打算的な物が見え隠れする。


 そして熱素教の聖職者たちの中にもまた彼を支持する者も多い。しかし、会衆連合から後に王妃となるであろう人物を迎えることになった以降、自身の信仰を星教徒への転向が見受けられていた為、王位継承から除外しようと画策する者もまた多かった。


 次に、第二王子のウァロ。王位継承権第二位のこの男に関して、政治的な権力を多く持っていたといった記録はほとんど見られない。どちらかと言えば彼が派閥らしきものを形成できた理由はその軍人としての地位にこそであったと思う。


 国王が病に伏せた後の総司令官代理としての立場に慮る者たち、例えば当時北方軍の司令官であり、かつて彼の傅役だったアウグスト・トレステンソンなどが代表的だろう。国家の暴力装置たる軍の支持があった、と言うよりは彼がその威光を振りかざして暴走しないようにしていた、と言った方が正しいのかもしてない。


 事実、彼には”内乱”より三年前におこした()()が存在している。故に兵士たちからの人気は芳しくなかったようで、風刺や酷評されている記録物が現存している。


 では、このような王位継承者たちが王不在の中、どの様に国家運営を行っていたかと言えば、それこそが三つ目の派閥として数えられる王弟カイン、そしてアルベルト王の娘でありカインの妃でもあるカサンドラ。この夫婦によって取りまとめられていたと言っても過言ではない。


 王の実弟であるカインと、王の長女たるカサンドラの叔姪婚(しゅくてつこん)は、現代においては法によって禁じられている関係性による結婚ではあるが、当時においては王族間での結束を強めるために行われていた近親婚の一つとして当然と受け取られており、当時の各国でも多くの例が存在している。


 王弟であるカイン。史学上、この人物はどうしても実兄であるアルベルトと比べられることが多くなる。王族の義務として、若かりし頃は軍務に属していたが、兄であるアルベルトに関しては馬術に優れ、驃騎兵(ひょうきへい)として原野を駆け回り、貴族の淑女からの人気も高かったと言われている。


 それに対し兄と同じように軍へと奉仕したカインは部隊勤務よりも机に向かう書類仕事の方に才を見出されていたようで、箔をつけるために一度騎兵部隊へと配属されたのちは、事務方へと移っており、そこで淡々と仕事をこなしたとされている。そのためか華美な将校姿の絵画などは数点しか残されていない。


 これは兄が王として即位した後も同じだった様で、アルベルト王が華々しく儀式に挑み、軍を率い、そして議会の場でも堂々としていたのに対し、彼は官僚たちから回された資料の精査や、調整など、あくまで裏方として仕事をこなし続けていた。


 アルベルトとカイン。迷路闊達な兄と、方正謹厳な弟。ある意味では兄弟での役割分担ができており、兄を支える地味だが優秀な弟。そう評価されても良い。事実、未婚であった彼に成年したばかりのカサンドラを嫁がせたのも、アルベルトが彼を評価し、家族としても結びつきを強める為だったという研究者もいる。この時点においては、まさに国家の忠臣という動きだ。


 しかし、この結婚はその後のカインの運命を大きく変えることになる。それは彼自身と言うよりも、その妻によってもたらされてものと言ってよかった。


 カインに対して、妻であるカサンドラの方にあっては、不名誉と言っていい記録の方が多い。幼少期は慎ましやかな淑女として蝶よ花よと育てられた彼女だったが、成年し、父とそう年の変わらぬ叔父の元に嫁いでから、変わってしまった。


 それは若き身空で政略の道具にされたからか、それともそれまで第四位とはいえ保持していた王位継承権を、婚姻によって妹に移譲せざるを得なかった為か。変わってしまったと言うより、元々持っていたモノがそれによって発露したと言った方が正確なのかもしれない。


 結婚後の彼女の性格を言い表すのだとしたら、淫奔(いんぽん)、強欲、苛烈。そう表してよかった。王弟に嫁いだことを笠に着たのか、それとも中年期をとうに過ぎ去ってしまった夫への不満か。そしてまたカイン自身が自分の様な年かさの男に嫁がせてしまった負い目があったのか、彼女を止める者は誰一人としていなかった。


 最初は可愛いもので、宝飾品や珍味をねだり始まるところからだったという。しかしそれはやがて屋敷や、他の貴族夫人に見せつけるための華美な女中達を持つことへと変わり、そして王弟以外の男性と関係を持ち、愛人と言う形で囲うと言ったことで発露され、やがてその行きつくところは権力欲だった。


 幸いなことに、王の長女といえど彼女の立場はあくまでも王弟の婦人。政治的な権力は少なく、議会などへの影響力は限定的だった。しかし彼女自身がその表舞台に出ることが(あた)わないのであれば、彼女の寝室に足しげく通う愛人たちを、自分の身代わりとして議会へ、王城へ送り込んでいった。彼女の満員御礼となる寝室には、東方軍司令官を始めとして、議会に席を持つ有力貴族の名前が列をなしていた。


 夫として、男としての面目はとうに無い様なカインであったが、それでも彼は彼女からは離れることが出来なかった。彼のプライドがそれをさせなかったのか、血と言うしがらみに縛られたのか、それとも彼自身、カサンドラの性技から抜けられなくなったのか。真相は不明だが、カイン自身もやがて他の愛人と同じように彼女の手足とし働かざるを得なくなっていた。


 それでも、元来より持っている真面目さと、その王政の裏方としての実務能力は疑いようもなく、カインは第一王子テオドリックを後継者せしめんと何とか説得を続け、第二王子ウァロを自身と兄のように手を取り合うべきだとたしなめ、一番高い位置にある、空いた席を守ろうとしていた。


 しかし、その努力も王城では虚しく空回りするだけの徒労に終わり、そして家に帰れば妻の奔放さに頭を痛める日々が続く。記録上、カインが()()()()()のはこの派閥争いが激化したこの時期からだった。




 病の王、異なる宗教に傾倒した第一王子、軍の威を借る癇癪持ちの第二王子、強欲で淫乱なフィクサー気取りの王弟夫人。知識として認識しているが、改めて考え直すと随分とひどいものだなと、ベッドに寝ころんだままの私は思う。


 いかなる時代においても後継者争いと言うのは王朝の命脈を縮めてしまうものではあるが、こんな時代に彼らを支える重臣の役割など好んで引き受けたくなどないだろう。そんな当たり前の感想を、改めて抱いてしまった。


 疲弊するばかりの強大な国家どうしの争い、回復の兆しも見えない破綻しかけの経済、王座を巡る醜い後継者争い。”内乱”に至るまでの火種は既にこの時点において、数多至る所にちりばめられている。


 そして思う。この様な勢力争いの中”彼”はどこに身を置いていたのか。二通の手紙からは”彼”に対する好意的な文言は残っていても、それが果たしてその手紙の差出人にとって、敵だったのか味方だったのか、その立場も所属も明確にされていない。


 やはり、まだまだ追い続けるしかない。私は改めて覚悟を決めた。その為には、まずこの疲れた体を休ませるのが先決だろう。揺れる車内、ベッドから半身を起こすと、窓の上に備え付けられているシェードを降ろした。


 質のいいシーツとマットレスに改めて身をゆだね、ぐるぐると色んなことを思い浮かべてしまう頭を落ち着かせるために一度大きく息を吐いた。時刻はとうに頂上を過ぎていたが、王都に着くまでにはひと眠りできるだろう。


 そして“彼”らにとっても、“内乱”という巨大な爆弾に火が付くまで、そこに至る決定的なトリガーが引かれるまで、まだしばらくの時間があった。


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