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第8話


 円弧状に広がる座席は、古代の屋外劇場を思い起こさせた。プロジェクターから放たれている光がスポットライト代わりに私の姿を照らしていた。


 「……炭素14年代測定を用いた手紙の分析では、”内乱”の時期に漉かれた紙であるとの確率は七割を超え、また、末尾に書かれている署名に関しても、司法省国璽(こくじ)管理室での照合結果は本物である可能性が高いとされており……」


 薄暗い室内の後方まで声を届かせるために持つ、手持ちのマイクを通して響く声にはわずかに緊張が見られていた。それもそのはずで、今まさに私が立っている檀上と言うのは、定期的に行われる研究発表の場であるからだった。


 それも普段やっている市民向けの講座や学生向けのものでは無い、厳しい顔をして席に居並ぶ面々は、調べている時代の先行研究をしている先輩方に他なく、その中には教員になる前、大学院時代にお世話になった見知った顔もちらほら混じっている。


 定期的に行われる研究・学術発表の大会。毎年王国各地にある都市のいずれかで行われ、全国各地の研究者たちが一堂に揃う大きなイベントと言っていい。今年は南府に設置されている国立大学が会場となっていた。普段は王都にある大学に籍を置いている私も、両手に抱えきれないほどの資料をもち出張をしに来ているという訳だった。


 一通りの発表が終わり、会場の照明が付けられて部屋が一気に明るくなる。一瞬、目が馴染むまでラグがあったが、改めて広い室内を埋め尽くしている研究者や熱心な学生たちを見ると気が高ぶった。司会役として参加している学生が、質疑応答に移るとアナウンスすると複数の手が挙がり、マイクが手渡される。


 「発表ご苦労様でした。この分野においては素人質問で恐縮なのですが……」


 一人の老人が、東洋信仰の福の神にも見て取れる笑顔をのぞかせながらそう切り出した。ほら来た、と私は思いながら質問内容を聞き、決して学生たちには見せたことが無いような引き攣った笑みを浮かべ、手汗に濡れたマイクを握り直す。質問をしてきた老人は、この国立大学の名誉教授その人だった。さぁまずはジャブからだぞ。頭の中でなってもいないゴングの音が聞こえた気がした。




 「よう、お疲れさん」


 そう言って、大学に併設されているカフェテラスで突っ伏していた私の頭に、冷えた缶コーヒーを乗せてきたのは、かつて学生だった時分にゼミで同期だった男だった。今では私と同じように歴史学を研究し教鞭をとる職に就き、この南府にある国立大学に籍を置いている。


 「おお、さんきゅ」


 頭に乗られた缶コーヒーを有難く受け取り、プルタブを開ける。缶コーヒーにしては香りのよいそれを一気にあおれば、微糖風味の苦みが疲れた頭に何かしらの栄養を運んでくれている気になった。何も考えられていないボーっとした頭から、多少は動くようになったと感じる。


 「そっちこそ、会場の主催だったろ、ご苦労さん」


 「まぁこんな時は俺ら若手が働くって相場よ。本当の主催は今頃各地のお偉いさん方と仲良く昼食に向かっているさ」


 ま、俺たちにはまだできない仕事だな。そういって同期は疲れも見せずケタケタと笑っていた。主催会場に選ばれたこの南府の国立大学、そこに所属しているとなれば会場の設営から、懇談会場の手配、ボランティアの学生たちにふるまう仕出し弁当の準備まで多彩だ。若い教職員となれば率先してその雑務をこなさねばならないが目の前の同期は疲れなど一切見えず溌溂(はつらつ)としている。昔から体力だけはあるタフなやつだ。


 「それにしても、お前。研究発表を聞かせてもらったけど、ずいぶんと面白いテーマを扱ってるじゃないの」


 キラキラした目を向ける同期に、質疑応答でボコボコにされたけどね、と私は答えた。かといって先行研究をおこなっている重鎮たちから向けられたのは、本気でこちらを叩き潰してやろうと言った質問ではない。もっと純粋で、知的欲求からくる無垢な、子供が興味のある玩具に向けてぶつけてくるような物だったわけだが。


 「そりゃぁ未知の人物が浮上してきたとなれば研究者として色めき立つのは当たり前だろ? もし逆の立場だったら、お前だって同じことするだろ」


 確かにその通りだ。そんなもの見せられた日には、もし仮に週末の予定が入っていても速攻でキャンセルにして、発表内容の資料と自分の研究室の資料を突き合わせにかかるのは目に見えている。


 「後ろから見てたけど、何人かの先生はたまらずにうずうずしてたぞ。これは目を付けられたな」


 そう言って同期は何度目かの笑い声をあげた。声には出さなかったが、うへぇ、と言った顔をしてしまう。正直、あの手紙の照合からは全く研究などは進んでいないのが現状なのに、早く研究の続きを出せ、見せろと、せっつかれる未来が遠く無く待ち構えているのが見えた。


 「顔に出ているぞ、悪い癖だ。それが無きゃもうちっと上までいけたと思うんだがねぇ、予備役大尉殿」


 「そう言ってくれるなよ。これでも昔よりは減ったと思うんだぜ、予備役少佐殿」


 かつての大戦で共に戦った時の階級でお互いを呼ぶと、どちらともなく笑いあった。




 「お前の研究を聞いて、一つ思うところあってな」


 午後の部までは時間があると二人して昼食をとっていた時に、同期がそう言って自分の研究について話してきた。彼の主な研究対象は、主に古代から現代にいたるまでの奴隷制を専門としていた。


 「シンシア・ロス。さすがに名前は知っているだろう?」


 そういって見せてきたタブレットには、一枚の写真が載っていた。そこには一人の年かさの老女を中心に、彼女の家族と思われる、それこそ子やひ孫まで含めた大人数が載っている写真が表示されていた。


 もちろん知っている名前だ、教科書にも載っている。”内乱”よりも()()()の時代に、海を挟んだむこう側の大陸、東方新大陸(ニューフロンティア)で奴隷解放、女性の権利運動を指揮した女傑だ。統一王国や会衆連合のあるこの大陸よりも苛烈な奴隷制度と差別が行われた地域で、奴隷の権利保護を訴えるだけでなく、奴隷が主人から、そして奴隷制を強いる地域からの逃亡を助ける為の組織“地下道(トンネル)”を作り上げた人物で有名だ。


 組織するだけでなく、実際に奴隷を脱出させる手引きまでこなし、奴隷地域の権力者から懸賞金を賭けられ、賞金稼ぎ達との撃ち合いすらもしたと逸話さえある。さらにはその後、奴隷制度と貿易問題によって新大陸で二分する戦争が起きた時は、従軍して斥候や密偵となり活躍し、その功績が認められるほどの人物だ。


 「このシンシア・ロス。最近の研究で、その方言や文化的所作から、この統一王国南部の出身ではないかと言われているんだ」


 ほぅ、と私は呟いた。実際の所、シンシアの名前は知っていても奴隷制にも女性の権利活動についても門外漢の私にとって、違う大陸で活動していた偉人が、もしかしたら我が国出身だと言われてもピンとくるものが無かったが、同期の話と彼女の年齢を逆算していくと、あることに思い付いた。


 「確か、その時代の南部は奴隷売買が盛んだったな……」


 正確に言えば流通路と言った方が正しいのかもしれない。統一王国と会衆連合の小競り合いで戦争孤児や難民が絶えず生まれていた地域での人身売買は珍しくないし、当の本人たちは必死に否定をしてはいるが、熱素教や星教徒の一部がそれに加担していたといった話もある。


 実際、当時の新聞には部数を伸ばすためかは不明だが、禁欲を旨とする聖職者たちが性奴隷を買う風刺画や、教会に対する批判記事が多く見られているし、これらの記事が内乱前夜の南部が、ほとんど騒乱状態と言っても過言ではない状況を作り出している側面が存在していた。


 「シンシアは新大陸での活動が記録される前について、分かっていることはほとんどないんだ。そんな彼女、生前に自身の伝記を残している。それがただ一つ彼女のルーツを探る資料になっているんだけど、その原稿が最近新たに発見されてな」


 同期は横からタブレットをスワイプさせて、別の画像を表示させた。そこには記録写真として大きさをはかるために目盛の付いたスケールと共に並べられた、古い原稿が表示されていた。


 「それなら本になった分を読んだことがあるよ。《私はその日、立ち上がることに決めた》 って有名なフレーズから始まる本」


 「そう、それ。ただ今回発見されたのはどうやら()稿()らしくて、そこに興味深いものが見つかったんだ」


 そう言って同期は有名な序文が載る部分にズームアップさせた。確かにそこには先ほど私が読み上げた文章が記されていた。三本線で消された一文の隣に、まるで訂正されたかのように。


 消された文章もかろうじて判別は出来た。私はそれを一文字ずつ、間違えないようにゆっくりと読み上げた。


 「《私はその日、()()に助けられた》」


 ここ最近、あまりにも見慣れた文字が目に入り、私は思考が止まってしまった。


 「シンシアが仮に南部出身者だとして、その生まれはもしかしたら奴隷身分だったんじゃなかったのか。というのが最近の研究対象なんだ。そして今日、お前の発表を聞いた」


 助けられた。そう表現せざるを得ない身分に彼女は置かれていた。そして、そんな彼女を救い出した何者かが存在していた。では、それは誰か。そんな疑問をずっと持ち続けていた同期は私の発表を聞いて、思うところがあったという事だった。


 「それって、私とお前が探している人物が……」


 「いんや、それは分からん。ただ、お前が研究に詰まっているように見えてな。多分関りが無いとは思うんだけど、何かヒントになるかもと思ってね」


 それまで研究者口調で早口に内容を話していた同期はニカっと笑って、友人同士のあの顔に戻っていた。


 「こういった一見すれば関りの無い様な事象にも、案外不思議なつながりがある可能性がある。そう先生も言ってたろ」


 二人そろって大学のゼミ生時代、その時の担当になってくれた恩師に言われた言葉を同期は励ましがてら私に向けて投げかけてくれた。同期にここまでさせたのだから、うだうだと辛気臭い顔をしているわけにはいかなさそうだ。


 「わかったよ、ありがとう」


 そう礼を言うと、同期は自慢げな顔をしていた。


 「それにしても、君だって面白そうな研究してるじゃないか。今はアレかい、なんでこの序文を書き換えたのかって疑問でいっぱいだろう」


 「そうだなぁ。何を思って彼女がこの文を書き換えたのか。そこに対する疑問は尽きないけれど、彼女の言う()()が彼女自身の人生に何かしら影響を与えたのかもしれない、なんて思うところがあるよ」


 そう言う同期の顔はどこか楽しげだった。そんな会話を楽しみ、学生用のカフェテラスらしい美味しくも安いカレーに舌鼓を打ってみれば、もう間もなく研究発表午後の部が始まる頃合になっていた。


 同期は開催側として準備があると先に席を立った。私も遅ればせながら食器をカウンターに戻し、会場へと足を運ぶ。これからは発表者としてではなく、聴講側として参加するので、幾分か気が楽だった。




 午後の部は発表開始の五分前に着席できた。先輩後輩たちの発表を聞き、気になる部分をメモしつつ、先ほど同期に言われた言葉を反芻(はんすう)していた。


 『一見関連性のない事象にも、不思議なつながりがある場合がある』


 かつての恩師に言われた言葉。そのすぐ後に私たちは学徒動員され、その授業を最後まで聞き切る事は出来なかったけれど、確かにその言葉はずっと胸の奥底にあった気がする。そして、もう一つ言われたことがあったなと思い出した。


 『歴史的な事象はある日突然、突飛に起きるわけではない。必ずその兆候が存在する』


 薄暗い部屋の中でそんなことを思い出しながら、私はスクリーンを見つめ、メモにペンを走らせていた。


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― 新着の感想 ―
 最新第8話まで拝読いたしました。  視点が現代の歴史研究者のものに戻り、物語として一区切り付いた感じですね。  とはいえ、過去編はまだまだ動乱の予兆が各地に見られる程度ですから、ここからどのように…
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