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第7話


 短銃の発射音を上回るほど響くカブリーニ牧師の悲鳴が、広い礼拝所に木霊した。あの痩躯からよくこんな声が出せるものだなとレンナートは感心する。周りの仲間たちは銃声と共に行動を開始していた。


 扉の前で門番よろしく陣取っていた恰幅の良い男はヴァレリアが、そしてシレア神父にはルーミが、それぞれ握る銃剣がその体を貫き床に赤い雫を垂らしていた。


 「おっと、動くなよ」


 何が起こっているか分からずに身動きも取れていない赤ら顔の男たちはただ唖然としたまま、アルバロが法衣の下に隠していた、ラッパにも似た大きな銃身の散弾銃(ブランダーバス)、そしてその中に装填されてある幾十もの鉛玉に狙いを付けられていた。


 「なんだ! 貴様血迷ったか、何のつもりだ!! 此処は神の御許、監督(ビショップ)に、星教徒に刃向かうか!」


 ただひとり、太腿を抑えて必死に血を止めようとしているカブリーニ神父だけが抵抗の声を上げている。


 「そう叫んでも、外には何も聞こえないぞ。あんたらが此処をそう作ったんだろうからな」


 レンナートは撃ち終わった短銃を仕舞い込み、今度は銃剣へと持ち替える。這って逃げようとするカブリーニ牧師の首根っこをひっつかみ、祭壇の前へと引きずっていく。そこでは変わらず、アルコールや射撃した時に出た硝煙の匂いに混じり、女性が付けるための白粉の匂いがわずかに漂っていた。


 「石造りの上に重ねて、板張りの内壁。その隙間にも布が詰めてあるんだろう。更には床には教会の規模に似合わない絨毯張り。すべては中から聞こえる声を隠すためだ」


 カブリーニを祭壇に向かって乱暴に放り投げたレンナートは、祭壇の前に広げられていた絨毯を乱暴に切り裂き、引き剥がした。本当は何かしらの手順を踏めば綺麗に取れるのだろうが、そんな悠長に構うことはしない。柔らかく、分厚い程の絨毯を引き剥がした先から、地下へと続く扉が姿を現したのはすぐの事だった。


 「降りるぞ。その連中も一緒だ」


 レンナートが最初に扉を開き潜っていく。ルーミがその後を追い、その後ろをアルバロの散弾銃とヴァレリアの銃剣に脅さ、降りるよう急かされている牧師連中が続く。もちろん、足を押さえながら脂汗を流すカブリーニ神父も一緒にだ。


 螺旋状になった階段を下っていくたびに匂いは強くなっていく。地下の造りは地表の建物と比べて数世紀分古いように感じられた。かつての迷宮(ダンジョン)跡なのか、それとも地下墓地(カタコンベ)なのかは分からないが、この地下が先にあって、後からそれを利用する建物が作られたのだろう。


 しかし、元の造りに比べて装飾はちぐはぐなものを感じる、据え付けてある燭台も手すりも、恐らく後から後からと次々に付け足していったものに違いなかった。それは階段の行きつく先、最下層でも同じだった。


 そこは長い通路の両脇に、コンパートメントの様な個室が並ぶ光景が広がっていた。天井からはオイルランプが吊るされており、不規則に揺らぐ炎が薄暗く通路を照らし出していた。香油を含ませたものを燃焼させているのか、臭みはほとんど感じられない。


 かつては遺体を安置していたのか、それとも礼拝のために使用していたのかは分からないが、そんな個室の出入り口には、この場に似つかわしくない鉄格子が取り付けられており、鍵の掛けられたその奥には人影があった。


 「……っ」


 ヴァレリアが怒気を含んだ息を飲んだ。どこか予想はしていたものの、目の前に広がる光景に怒りが隠せていなかった。


 鉄格子の奥に繋がれていた人影は、その全てが年端も行かぬ少女ばかりだった。薄布一枚、ある者は半裸に近い、煽情的な格好で寝台に身を縮こまらせて座っていた。


 「教会のどこかに寄進されたものを隠す部屋があることは予想していたが、漂ってくる匂いで気が付いた。この教会はただの金庫なんかじゃない、奴隷売買の拠点、そしてお前たちの様な連中の遊び場だってことに」


 この国で奴隷売買は別に違法ではない。かつては戦争で捕虜にした者は戦利品として人族であっても、そうでなくても、区別なく奴隷として扱えていた。だが時代が下るにつれて、もはや異民族や異種族の平定と言った、新たな奴隷を確保する機会が減ると話が変わって来る。武具片手に村を襲えば手に入る戦利品から、()()()()()()()として、奴隷は市場に出回ることになった。


 中には奴隷であっても、その能力から保有者である主人によって引き立てられ、一個人として独立した者、地位を得た物、財産を得た“元”奴隷も少なからず存在している。ひるがえって身持ちを崩した者や、借金に追われた者などはこの身分へと落ちてくることもあった。不景気な時にはあえて自らこの身分に降り、主人となった者に対して生殺与奪の権を対価に、衣食住の権利を得ようとする者もいた。


 しかしそんなものは総数に対してはほんの些細なもので、奴隷のほとんどは、かつての人魔統一戦争でこの国に呑まれる事となった、魔族と呼ばれ蔑まれた、異種族たちの子孫がほとんどだった。


 全ての奴隷は主人の元で管理され、そこで男女は夫婦となり、新たな奴隷を再生産した。生まれた奴隷の子供は()()として管理され、労働力となるか、それとも新たな労働力を生産できるようになる年齢まで育て上げられ、国の認可を受けた奴隷商のギルドを通じて市場経済の中へと卸されていった。それはこの国だけでない、他の国も、この世界で、合法であった。


 だが、そんな中においても違法に奴隷を得ようとする者は存在する。そう例えば、禁欲が教義の中にあり、厳格な所では妻をめとることが出来ず、そうでなくても娼館に行く事や性的な奴隷を保有することが出来ないとされている、教会と言う存在が。


 「昼間、ルーミを見ていた時もそうだったんだろう。新しいカモが、俺たちを満足させてくれる奴隷を連れてやってきた」


 昼間、カブリーニ牧師がルーミに向けた目はそんな色をしていた。おおかた上に便宜を図ってやる代わりにその女を差し出せ、などという交渉でも持ち掛けてくるつもりだった。そんなところだろう。


 「でもレンナート、これだけの子たちをどうやって……」


 どこか冷めたような目で牧師たちを監視するルーミがそう尋ねる。ここ最近は外交政策のおかげで険悪だとしても、南部で会衆連合との戦乱は久しく起きていない。戦災孤児や避難民を誘拐して奴隷にするといった手法は取りづらいはずだ。


 「日々の中で教会に礼拝に来るのは、ただ神を信じている者たちだけじゃない。その日を暮らすのが困難で、何とか生き永らえようと(すが)って教会の門を叩く者たちが居たはず」


 ヴァレリアが淡々と問いかける。銃剣を握った手は強く握りしめられ、肌は白く変色している。


 「そんな子たちを、攫ったのね」


 牧師たちは何一つ答えることはできず、ただ震えていた。ただ一人カブリーニ牧師が苦々しい目でヴァレリアを睨み付けていた。それが答えだった。


 「ヴァレリア、そこまでだ。()()()君の仕事じゃない。女の子たちを解放してやれ」


 レンナートがそう言うと、ヴァレリアは銃剣を握っていた手を緩め腰に取り付けていた鞘に戻し、かわりに傷口を押さえたまま突っ立っていたカブリーニ牧師の法衣に手を突っ込んだ。乱暴にまさぐり、腰のベルトから鍵束を引きちぎる。勢いあまってカブリーニ牧師は床に叩きつけられた。


 「さて、カブリーニ牧師」


 今度はレンナートの番だ。床に倒れたカブリーニ牧師の頭に片膝をつき、体重をかける。メリメリと音が鳴り、先ほどとは違う絶叫が響いた。血にまみれていた手で何とかレンナートの足をどかそうとするが、びくともしない。


 「金庫の鍵、どれだ? あの鍵束の中にあるんだろう?」


 悲鳴を上げながら指し示す鍵をヴァレリアが鍵束から取り外し、レンナートへと投げる。そこでやっとカブリーニ牧師の頭から足を上げ、無理やり彼を引き立たせる。


 「さぁ、来るんだ。アルバロ、その連中もこっちへ」


 牧師たちを引き連れてたどり着いた廊下の最奥、そこに他の部屋とは違う、頑丈に施錠された扉があった。ヴァレリアから受け取った鍵を鍵穴に差し込み捻ると、軽い金属音と共に扉が開いた。


 「こいつは、また」


 散弾銃を構えたままのアルバロが感嘆の声を上げた。開いた扉の先には、ところ狭しと並べられた寄進物であふれかえっていた。この国の正貨である金、銀貨をはじめとして、兌換紙幣に株券、有価証券、権利書までも。


 だが、そんな物には目もくれずに、部屋に入ったレンナートが真っ先に探し出したのは一枚の書類だった。部屋の脇にある小さな事務用の机、その抽斗(ひきだし)の中に収められていたそれは、この部屋に並べられた財産を振り分けるための指示書、そしてそれらが送られる先の教会が書かれたリストだった。


 「さぁ、中に入れ」


 それだけ取ると、代わりと言わんばかりに部屋の中へ牧師たちを詰め始めた。寄進を所蔵しておくためにある程度の広さがあったが、腹の出っ張っている男たちが何人も入れば中はすし詰めになっていた。


 「ま、まってくれ、こんな中に閉じ込めないでくれ……!」


 牧師の一人が怯えたように声を上げたが、レンナートは無視する。最後にカブリーニ牧師が中に入ったのを見計らって、アルバロに合図を送った。アルバロは牧師たちが入る部屋の扉をほんの僅か、銃口が入るだけの隙間を残して閉め、そして突き入れた散弾銃の引き金を引いた。


 短銃とも龍髯銃(ウィスカー)とも違う重々しい発射音が響き、扉の先から多重奏のように悲鳴が上がった。そんな声など意にもせず、アルバロは散弾銃を再装填し、同じようにして次弾を発射した。悲鳴はそれ以上響く事は無かった。


 扉を開けば、折り重なりように倒れた死体の山と、血まみれになった紙幣や証券が散らばっていた。レンナートは牧師たちが少なくとも天国以外の所に送られたのを丁寧に確認すると、燐寸を取り出した。


 火を付けたそれを、まだ幾本も残っている燐寸箱と共に、散らばった証券の上に放り投げた。途端にパッと火が付き、燃え上がる。


 「ああ勿体ねぇ。少しくらい貰っても、神様からのバチは当たんねぇと思うぜ」


 アルバロが笑いながら言う。冗談めかして言っているが、恐らく本気だろう。そんな彼を引き連れて、通ってきた廊下を戻る。既に煙が立ち込め始めた地下の部屋からは一刻も早く出なければならない。囚われていた少女たちの個室は既に解き放たれ、幾人かは既に廊下へと出てきていた。


 「あなたが、あたらしい牧師さま?」


 少女の一人、一番年上に見える気丈な子が、怯えた目でレンナートにそう問いかけた。彼女たちは彼女らをここに押し込めた連中がもう居ないというのを理解できずにいるのだろう。


 「あなたが、新しく祝福をくれる人?」


 「祝福?」


 「そう、祝福。私たちの上に乗って、牧師様がそれを出したら、私たちはご飯を貰えるの」


 「……君の名前を、教えてくれないか?」


 「……シンシア。あなたが、あたらしい牧師様?」


 レンナートは一度グッと唇を噛みしめ、言葉を絞り出した。


 「違う。俺たちは、君たちに祝福など与えない。代わりに、選択肢をやる」


 そう言うと、レンナートは片膝をつき、彼女と目線を合わせると、しっかりとその眼を見据えて話し始めた。


 「シンシア。ここはもうすぐ火にまかれ、焼け落ちる。このままここにいれば、苦しんだ後に天国へ行けるだろう。だけど俺の手を取れば、再び外の世界へ連れて行ってやる」


 少女に右手を差し出し、そして続ける。


 「大人になって、全てを理解して苦しむかもしれない。それでも、ここから出て、地獄から出て、生きたいと願うなら、この手を取れ」


 シンシアと呼ばれる少女は逡巡していた。幼さゆえに言葉のすべてを理解はせずとも、何を言っているのかは分かっていた。震える手が、空中で躊躇いながら彷徨っていた。


 「そんな小さな子に、酷な選択肢を与えるもんだ」


 既に脱出の為に、少女を数人肩に担いでいるアルバロがあきれたように言う。


 「自分の手で、選択したというのが大事なんだ。これからこの子たちが自分の人生を生きるなら」


 それでも尚、逡巡する少女の肩にルーミがそっと手を置き、優しい声音で語り掛けた。ルーミを見上げる少女の目には、涙がたまっていた。


 「大丈夫。きっと大丈夫。私も、貴女と()()()()()()()


 その言葉に意を決したのか、差し出されたレンナートの手に、シンシアはためらいがちにその小さな手を乗せた。




 その夜、教会から上がった火の手は瞬く間に天に届きそうなほどの炎となった。本来石造りで燃えにくいはずの建物はなぜか猛然とした火災に呑まれ、明け方になる頃にはその内側に折りたたまれるようにして崩れ落ちた。


 周りの建物へと延焼させないため、南府が管轄する火消番に留まらず、軍が所管している消防工兵まで動員され、上へ下への大騒ぎとなった。そんな混乱の中、手薄になった検問を一台の馬車がひっそりと通り抜けたことに気が付いたものは、誰一人としていなかった。


 郊外でも、遠くに空が茜色に染まっているのが見て取れた。朝になれば、星教徒の教会が焼け落ちたと話が出回り始める。失火だ、いや放火だ、尾ひれ背ひれが付いて魔王召喚の儀式をやって失敗したなどと言った与太話さえ混じっている。人の口伝いに広がった噂話は飛脚の速度を超えて広まっていく。


 そんな朝に、そっと予定を早めて旅籠を後にした商人たちを、主人は確かに不審に思った。しかし、そんな疑問が彼の口から出る事は無かったし、噂話になることもなかった。去り際に追加で払われた路銀はだいぶ色がついていたし、そして何よりも、彼は最近南部で規模を拡大する星教徒を苦々しく思っていた、熱心な熱素教の信者だったからだ。


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