第6話
いくら怪しいと言ったって、何事にも確認作業は必要だ。法衣に身を包んだレンナートは、同じ格好をしたルーミを連れ、下見も兼ねて教会の前に立っていた。陽光に照らされているまだ新しい木の門を、備え付けられているドアノッカーを使って叩く。重い音が文字通り扉を震わせた。
扉が開かれ、応対に出たのは柔和な顔立ちをした年かさの男だった。同じように星教徒の法衣に身を包んでいる。レンナートは東から来た巡礼者だと名乗り、法衣の中から紹介状を取り出して年かさの男に渡した。もちろん、ヴァレリアが法衣と同様に用意した、精巧な偽造文書ではあるが。
今日は来客の予定は無かったはずだが、と最初は訝しんだ年かさの男も、紹介状に目を通すとにこやかな笑みに変わり、彼らを教会の中へと迎え入れた。数十名が入れそうな礼拝所には、横長の椅子がいくつも置かれ、それはすべて神の偶像が置かれている祭壇へと向いている。床の木目に合わせてなのか、石造りの壁にさらに板を張り付け、内壁が装飾されていた。
「シレア執事。お客様ですかな?」
中に入ると、そう声がかけられた。はい牧師様、東からの巡礼者だそうです。シレア執事と呼ばれた年かさの男は答える。教会の奥から声をかけてきたのは、シレア執事とはまた別の、白頭の痩せぎすな男だった。
「初めまして牧師様。東部より参りました、位階も役職もありませんので、ただレンナートとだけお呼びください。東部で小さな香木商をやらせて頂いております」
レンナートは声をかけてきた痩せぎすな男に頭を下げる。レンナートたちが身に包み法衣とは違い、痩せぎすな男が纏う法衣には華美な装飾が施されていた。袖や裾に施された金色をした刺繡は、一目でこの施設の責任者であり、権威あるものだと映る効果がある。
「これは丁寧にありがとう、レンナート。私はこの教会を任されています、カブリーニと申します」
カブリーニ。そう名乗る牧師は、聖職者らしい穏やかな笑みを浮かべながらシレア執事から紹介状を受け取り、その内容に目を通す。最後の署名、いま東部教区で布教をしている聖職者の名前までを読み終えたカブリーニ牧師は丁寧にそれを折りたたみ、レンナートへと返す。笑みは浮かべ続けているものの、うっすらと弧を描く瞼の奥では、射貫くような視線が向けられていた。
「東部教区からここまでご寄進に参られたのは、なかなかの長旅だったでしょうレンナート。あちらにも小さいながら教会はありますが、なぜここまで?」
「この王国でもっとも星教徒たちが熱心に活動を行っているのはこの南部ですから、牧師様。やはりその中でも聖堂に礼拝をおこなわせていただくのは信者としての喜びです。それに……」
「それに……?」
「まぁ、ある噂を聞きましてね。聖堂そのものに寄進を行うよりも、こちらに持ち込んだ方が、牧師様、踏み込ませていただくならばさらにその上、教区を取り仕切る監督様の覚えが早いと」
レンナートも貼り付けていていた笑みに、少しばかり含みを持たせてみる。さらにもう一手、懐から少し重めの革袋を手に取り、カブリーニ牧師の手へそっと握らせた。
「もし、監督様にも覚えめでたければ、私としましても商売の販路はさらに広がることとなり、星教徒への献身もさらに増やすことが出来ると思いまして」
受け取った革袋をそっと胸に仕舞い込み、薄ら笑いを浮かべたカブリーニ牧師は満足げに肯いていた。せめてもっと知らぬふりは出来ないのかとレンナートは思ったが、あの紹介状ですっかり信を置いているのに加えて、おそらくこんな行為はありふれた事なのだろう。そうでもなければ、こうも疑いもせずに賄賂など受け取ることなどありえない。
「星教徒レンナート。あなたの信心は確かに受け取りました。ですが、監督様へとお目通りを願うならば、まだ貴方の信仰心はいささか少ないようだ。今少し寄進を行うが良いでしょう」
まるで説法を行うような口調で、カブリーニ牧師はレンナートにそう耳打ちする。
「ご助言感謝いたします牧師様。この街へはすでに十分な信仰心を運び入れております。そうですね……。今夜にでも、こちらへと持ち寄らせていただきたい」
「ほぅ。それは素晴らしい、今宵は聖堂よりゲストも来られる手筈になっています。ぜひその場において貴方の信仰心を見せていただければ、話も早くなるでしょう。ところで星教徒レンナート、貴方の陰に隠れているご婦人を私に紹介をしていただけませんか?」
そう言うとカブリーニは体を曲げ、レンナートの陰に隠れるようにして佇んでいたルーミに目を止めた。その眼に、どこか品定めをする色が浮かんでいたのをレンナートは見逃さない。
「ああ、紹介するほどの者ではありません。星教徒へと改宗させましたが、あくまで私の雑務を手伝わせる奴隷ですので」
奴隷。その単語を聞いたカブリーニはその品定めをする目の奥に、更にもう一つ喜色を浮かべていた。
「そうですか、それは素晴らしい。星教徒レンナート、夜を楽しみにしていますよ」
「ええ牧師様。ところでせっかくお立ち寄りさせていただいたのです。立ち去る前に神へと祈りを捧げても?」
勿論です、とカブリーニは教会の最奥にある祭壇へとレンナートを案内する。教会の規模に似合わない赤絨毯が敷かれ、脇には説法台も置かれているそこに膝をつき、レンナートは作法に乗っ取った礼拝を始める。
柔すぎると感じるほどの絨毯にレンナートが片膝をついた時だ。その鼻腔に、この場に似つかわしくない香りを感じた。そこでレンナートは納得した、先ほどカブリーニが浮かべた喜色が何を意味しているのかを。
祈りを終えると、牧師と執事に夜に再度伺うことを改めて伝える。さらに数名連れてきます。なにせ二人だけでは運びきれませんから、そう言うと皆一様に笑みを浮かべた。教会を後にし、納屋へと向かう道を大きく何度も迂回する。尾行が付いていないことを確認しながら帰路へと付いた。
「レンナート、さっき祈ってた時に何か気が付いたの?」
帰りの道すがら、ルーミが尋ねてきた。ほとんど態度に出してはいなかったはずだが、彼女には気づかれていたのだろう。別に誤魔化すことでもないのでありのまま、絨毯の下からとても教会には似つかわしくない匂いがしたのを伝えた。
「匂い……?」
「ああ、あの匂いは、白粉だ」
夜の帳も降りて久しく、既に寝静まっている街をレンナートが星明りを頼りに馬車を進ませる。目的地は昼間に訪れた教会、その裏口だ。人どころか、ネズミ一つすら見かけぬほどひっそりとした道を進めば、そこは昼間訪れた時とは全く別の印象を抱く程、どこか仄暗い雰囲気を持っていた。
既に下見を終えていたレンナートら二人に加え、留守居をしていた残りの二人も加えた四人で、会話なく馬車に揺られている。
到着してみれば、レンナートたちとはまた別の幌付き馬車が既に裏手に停められていた。ヴァレリアに確認すると、彼女が何度も確認した聖堂から遣わされている馬車に間違いなかった。
教会の外壁に取り付けられていた馬繋ぎ用の環金具に手綱を結び付け、四人は馬車を後にし、裏口へと向かう。皆一様に星教徒の法衣を纏っている。しかし注意深くよく観察してみれば、やけに腰や懐の部分が膨らんでいるのが見て取れた。
表の扉と違い、裏口の粗末な板張りの扉にはドアノッカーは取り付いておらず、レンナートが自らノックする。堅い音を何度か響かせると、扉の向こうに人の気配がした。扉の脇に付けられていたのぞき窓が、わずかに空く。手持ち燭台に据え付けられた蝋燭の、淡い揺らめく光が、レンナートを照らした。
「夜分に失礼、カブリーニ牧師にお取次ぎを。昼間に信仰心を持ち寄ると約束をさせていただいたものです」
警戒心を与えぬように、なるべく柔らかい口調でレンナートはのぞき窓に向かって口を開いた。
「……おお、貴方でしたか。すでに皆様お待ちですよ」
返答する声はシレア執事その人のものだった。閂が外される音が鳴り、扉が開かれた。そこにはシレア執事ともう一人、法衣を着た恰幅の良い男が立っていた。腰には打擲用の柄の短い棍棒が差し込まれている。
「ああ失礼、この男は聖堂より派遣された男でしてね、いかんせん治安も悪くなってきている。用心せねばなりませんから」
レンナートらが尋ねる前にシレア神父はそう語った。なるほど、と相槌を打ち教会の中へと入ろうとしたが、その恰幅の良い信徒が進路の前に立ちはだかり、ジェスチャーで腕を上げろと指示を出してきた。どうやら身体検査をしたい様だったが、シレア執事がそれを制した。
「彼らは大丈夫だ、通してあげなさい」
恰幅の良さそうな男は不服そうだったが、上の立場の人間にそう言われてしまっては引き下がるしかなく、不満げな目をして道を開けた。レンナートらは会釈してその前を通る。腰に帯びていた銃剣の柄からは、気づかれぬようそっと手を離した。
通された室内ではカブリーニ牧師のほかに、同じような刺繍の入った法衣を着た男たちが数名、葡萄色をした飲み物の入るゴブレットを手に、談笑が行われていた。昼間に通されたあの礼拝所はアルコールの匂いに満たされ、粗野な笑い声が響いている。
「おお、これは星教徒レンナート! ちょうどあなたの事を話していたところですよ!」
カブリーニ牧師の、昼間とは全く印章の違う声がレンナートたちの耳に響いた。傍らに立つシレア執事に促され礼拝所へと入っていく。四人に続いてあの用心棒気取りをしている恰幅の良い信徒が最後に入り、門番の様にその扉を固く閉じた。
既に数名は出来上がっている様で赤ら顔のまま、部屋に入ってきたレンナートらを奇異の目で観察している。その中に、カブリーニ牧師に紹介されてレンナートたちは入っていく。
「これは牧師様方、このような機会をいただき大変光栄に存じます」
大げさにも見える身振りをしながら、レンナートは赤ら顔の聖職者たちに挨拶をかわす。
「ここにおられる皆様方は、カブリーニ牧師とご友誼のあられる方ばかりなのですか?」
「ええ、もちろん! この南府に点在している私たちの教会をまとめ上げている御心に使える者たちですとも! 故に星教徒レンナート、貴方が求める販路もまた彼らの力を借りることが出来るでしょう」
カブリーニ牧師が十年来の親友の様にレンナートの肩に手を乗せ、気持ちよさげにそう言う。昼間に渡した革袋、中に入った棒銀がよほどお気に召したのだろう。赤ら顔の聖職者たちは気持ちよさそうに杯を掲げ、尊大そうにレンナートへ名乗る。
「さぁ星教徒レンナート、貴公の願いはもう既にこの場にいる皆が知っているよ。これだけの牧師が推薦するのであれば、監督様への謁見も叶わぬ事は無い。その為の信仰心、早速だが如何ほどのモノかを是非教えて欲しいのだ」
「カブリーニ牧師。貴方の言葉を聞いて、こんなにも幸運に恵まれている私は神に愛されているのだと実感できました」
促されたレンナートは、赤ら顔になった連中に向かって、まるで悟りを開いたかの如く乾いた目を向け、今自らが差し出せる最大限の信仰心を提供する。流れるようなしぐさで法衣の下に隠していた短銃を引き抜くと、まるで意味も分かっていないように呆けるカブリーニ牧師の太腿に向け、有無も言わさず引き金を引いた。
乾いた発砲音、一拍遅れたカブリーニ牧師の悲鳴、その全ては石造りの教会から外に漏れ出る事は無い。




