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統一王国内乱記  作者: 長谷浩市
プロローグ
1/15

プロローグ1


 “内乱”


 歴々とその意味を議論されてきたこの単語は、その頭に定冠詞を置かれることにより、本来意味するところから逸脱し、この大陸の、この国の歴史において、ある一つの事象を表す言葉へと変容する。


 それは、この大陸を揺るがし、この国の形と行く末を大きく変えることとなった、戦乱。


 王位継承に端を発するその戦乱は、人魔大戦、諸王国統合戦争に続き、史学上大きな転換点になったと認識されている。


 故に、今までも多くの研究者たちがこの転換点と向き合い、幾つもの仮説を生み出し、議論し、そしてその幾つもの淘汰を経て今なお、その好奇心を向けられている。


 不肖ながら私も、研究者としてその末席に加わり、日々先人たちが残した課題と、自分自身の浅学非才な頭から絞り出した仮説と向き合う日々を過ごしていた。


 そして、この物語の始まりは、二通の手紙が発見されたことに端を発する。そしてその手紙が私の元にもたらされることになったのは、全くの偶然であり、幸運と言っても良かった。


 王都近郊部に居を構えていた元貴族の老人が亡くなり、後見人となっていた遠戚一家が、遺産として相続した、廃墟と間違うほどになった屋敷を整理していた時の事だった。


 かつて貴族としての蓄財はその殆どが使い果たされ、調度品はアンティークショップに、美術品は質に入って久しく、屋内には古本屋に売るのを躊躇うほどにくたびれた本や、積まれた新聞紙が残っているのみだった。


 そんな中に、この手紙は取り残されていた。


 しかし、古式ゆかしい書体で書かれていたそれは、当初ただの古びた紙くずとして、溜まっていた新聞紙等と共に焼却炉へと運ばれる運命にあった。


 まず幸運だったのは、屋敷を整理していた遠戚一家の中に、古文書の類、素人にはゴミとの区別がつかないようなものに対して、価値を見出せる人間が一人だけ混じっていたことだった。


 遠戚一家の末子であった彼女は骨董品の類を愛好する好事家であり、週末はアウトドアレジャーを楽しむよりも、人もまばらな地方の史料館を巡るのが好きなタイプの人間でもあった。そんな彼女が新聞紙と一緒にナイロン紐で纏められてた紙の束を発見したのは、まさに焼却炉へと持ち出そうとされるその瞬間であったらしい。


  ふと捨てられる紙の束に、彼女にとっては見慣れた古い王国語が混じっているのを発見し、興味本位で纏められていた紙の束を解いた。


 片付けが進まないことに嫌な顔をする家族に、苦笑を一つ浮かべながら読み始めたそれは、あまりにも字が達筆すぎ、その全てを読み解くまではいかなかったものの、特筆することもない様な、唯々日常がつづられていた何の変哲も無い物だった。


 まぁ古そうな物だ。捨てるには惜しいが、価値があるものには思えず、さてどうしたものかと彼女が逡巡しながら、その内容と散らばってしまった新聞紙の束を交互に見比べてさえいた。


 しかし、すべての内容を読み終わり、その末尾に書かれた署名を見た時、彼女の手が震えたと聞く。


 そこには教科書にも載る”内乱”の時代に活躍した人物の名前が記されていたからだ。


 もはやその時点で自らの手に余ると判断した彼女は専門機関、すなわち私が籍を置く大学の門扉を叩くことを躊躇わなかった。


 彼女がこの種の人間が多分に持ち合わせる、史料を独占しておきたいといった欲求よりも、内容の解明に興味を優先してくれる人柄だったという事も、幸運だったに違いない。


 しかし、興奮気味の彼女に対して、最初に対応した私の対応は淡々としたものであり、今思えば大変申し訳なかったと思う。


 似たような事例が前にもあったからだった。さも価値があると言わんばかりに持ち込まれた史料が、偽造に捏造ばかりの紛い物。更にはそれを高値で売りつけようとしてきた不届き者であるというおまけ付き。


 一応の鑑定結果を伝えて、買い取りを拒否すれば怒りだし、貴重と言い張っていった史料を投げ捨てて帰られたときには、ほとほと困った。


 だから、とは言い訳になるだろうが、当初の私の反応は彼女からすれば、求められていたものとは違っていただろう。


 しかし、いざ古びた紙束を読み進め、解読を行っていくうち、私もにわかに熱を帯び始めた。


 複数枚で構成されていたこの紙の束が、二組揃っている手紙であることが分かったのも、この時だ。


 筆跡や署名は確実に歴史の教科書にも載っている本人が書いたものに間違いは無く、更にこの手紙が発見された場所を聞いたときに、私はこの二通が本物だと確信した。


 亡くなった貴族、今では没落してしまっていたその家は、”内乱”時において高位の役職に就いていた家系だったからだ。


 手紙は“内乱”の英雄達、戦後年老いた彼らが互いに宛てて書いた手紙だった。


 内容自体は他愛のないものだった。年老いた体を気遣い、戦乱を懐かしみ、そして若い世代たちに対する羨望と批判。そんな内容だった。


 一見すれば、戦後に悠々と暮らす好々爺達の微笑ましいもの。痛んだ部分が修復されれば、どこかの博物館か史料館に収蔵され、この時代を好む歴史好き達にガラスケース越しに眺められそうな、そんな物だった。


 だが、そんな手紙に中に、ある単語だけが奇妙に浮かんでいた。


 “彼”という文字。


 戦乱の昔話の中に忽然と浮かび上がってきたその文字。手紙の中に出てくる人物たちは総じて名前、もしくは敬称で呼ばれているにもかかわらず、”彼”だけはけして名前で呼ばれることは無かった。


 普通であれば、おそらく手紙の主たちが共通して知る者。この時代をモチーフにした戯曲や映画の中にも登場するような、誰かしらを指すものだろうと考えた。


 しかし、手紙の内容に符合する人物は、少なくとも私の頭の中には存在しなかった。


 戸惑っている彼女に対して、今度は私の方が興奮気味になって手紙の貸し出しを頼んだ。念書を一筆書き、解読を楽しみにしていますよ、と言い残し彼女は帰っていった。


 そこからは夢中になった。私は棚からあるだけの人物名鑑を持ち出し、該当する人物がいないか探し始めた。手始めに各軍の将校団、統治機構の官僚、当時の傭兵組合(ギルド)に登録されていた請負人。まるで取り付かれたように私は記録をあさった。


 だが何度確認しても、手紙の老人達が語るような人物は存在しなかった。


 数週間が経ち、私は一つの結論に至った。私は震えた。歴史上存在しない、つまり記録に残されていない、されど彼ら老人たちの生きた時代に確実に存在していた人物が、今まさに目の前に、霞のように忽然と現れたのだ。


 問題はその後だった。今この時、私の把握する史料において“彼”に関するものは、この二通の手紙を除いて皆無だった。私はあらゆる伝手を頼り、この時代の資料をかき集めることとした。それこそ著名な文書の複写から、市井の手紙までありとあらゆるものまで。


 つまりはこの“内乱”の時代を一から見つめ直すことにしたのだ。


 何故そこまでして知ろうとしたのか、この情熱はいったいどこから来たのか。


 これを書いている今でもその理由は朧気だ。だが、私は“彼”の存在を見つけた。見つけてしまった。そしてその証明を行いたいという、研究者としての欲求こそ、理由の根源なのかもしれない。


 そこまで追い求めた“彼”とは……。


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