泥濘の中で
第二話です!
思ったことどんどん言ってほしいです!
戦は終わった。
それでも、まだ空気は鉄の匂いに満ちていた。
血と泥にまみれた死体を、慣れた手つきで片づけていった。
体は疲れ切っていたが、休むという選択肢は許されていなかった。
「セイ!こっちだ!急げ!」
怒号が飛び交う中、俺は無言で死体を積んだ荷車を押して歩く。
目指す先は、村の外れ。
そこで死体を火魔法で焼いた後、一応埋葬してやるのだ。
その時だった。
「や、やめてください........!」
小さな叫び声が、耳に飛び込んできた。
道端で、少年をかばうように立つ母親。
その腕を、知った顔の連中が無理やり引っ張っているのが見えた。
2人はおびえきっており、声も出せない状況だった。
「いいじゃねえかよ、疲れた体にゃ、こういうのが一番だろ?」
1人がにやにや笑いながら、母親を守ろうと立ちはだかった少年を蹴り飛ばした。
地面に転がる少年。
母親の必死の叫び。
胸の奥が、かっと熱くなった。
気づけば、その場へと駆け出していた。
「やめろ。」
低く、抑えた声で告げる
男たちがこちらを見る。
「なんだぁ?セイか。ヴェルクスのオキニの小僧が、何様のつもりだ?」
リーダー格の男がこちらを見る。ゼファルドと言い、なかなか男前の顔だった。
その顔に似合わず、いやそんな顔の持ち主だからこそ女関係での揉め事が絶えない奴だった。
全員、笑いながらナイフを抜いた。
「ちょうどいい、前からお前の甘っちょろいところが気に食わなかったんだよ。どうせお互い、相手のことが気に食わねえんだ。ここらで白黒はっきり着けようぜ!」
「昔みたいに、また揉んでやるよ!」
もう逃げ道はなかった。
村の外れ、人目は少ない。
ここで何が起きようとも、すぐに誰かが助けにくることはない。
「試してみろよ、昔と同じかどうか。」
一歩、前へ出ると、男たちも同時に間合いを詰めてきた。
刹那。
剣の柄に手をかける俺。
ナイフをちらつかせる男たち
空気が、ぴしりと張り詰めた。全員が指先に力を込めた、その瞬間。
「おっと、そこまでにしとけよ。」
軽やかな声が、風と一緒に割り込んできた。
ヴェルクスだった。
茶色の外套を翻し、いつもの心の奥底を見通せないニヤニヤとした顔で。
けれど、足元には確かに、風が蠢いていた。
「全員、戦闘終了後で気がたってんのは分かるけどよ、お前らが殺し合うと、後片付けがまた増えるんだな、これが。」
にやりと笑ったその目は、冗談を一切許さない冷たさを帯びていた。
男たちは一瞬、息を呑んだ。
「でもよ、ヴェルクス!俺たちはただ楽しもうとしただけだぜ!殺しも盗みもやってねえよ!
それを、あのガキが…....」
なおも言いつのろうとした男に、ヴェルクスは手を挙げて発言を制した。
「お前らの気持ちも分かるぜ。でも、発散するなら別の方法があるんじゃないか?
少なくとも、外で見境なく襲うような真似はよせよ。」
そう相手を落ち着かせる。
「あんまり、村の連中と問題を起こすと報酬ももらえなくなる。そのことも覚えておけ。」
「……チッ。」
ナイフを腰に戻し、男たちは不満げに背を向ける。
吐き捨てるように地面に唾を吐きながら。
空気が、やっと緩んだ。
俺は、まだ拳を握ったままだった。
「まったく、若いなぁセイは。」
ヴェルクスが、肩をすくめて近づいてくる。
「別に正義感なんかじゃねえよ、ただ、なんとなく気に食わなかっただけさ。」
「ま、嫌いじゃねぇけどな?
そういう、無駄にまっすぐなとこ。」
にやりと笑って、俺の頭をぐしゃぐしゃにかき回す。
「........やめろ、鬱陶しい。」
振り払うと、ヴェルクスは笑いながら肩をすくめた。
「んじゃ、さっさと仕事を終わらせてこいや、英雄さん。」
その声と一緒に、風がまた吹き抜けた。
ちらりと倒れた少年と母親を見る。
怯えた目。震える肩。
ーーーその姿を見たとき、思い出した。
泣いても、叫んでも、誰一人手を伸ばしてはくれなかった自分を。
なるほどな――。
あのとき無性にむきになったのは、目の前の少年に、あの頃の自分を重ねたからだ。
........助けたところで、この世界は簡単には変わらない。
それでも、目を背けることだけはしたくなかった。
そんなことを考えながら、俺はまた剣を腰に差しなおし、荷車を押し始める。
そうして親子に話しかけた。
「今ここら辺は、あんな奴らがうろうろしてるし、怖い目にもう一回会いたくないってなら、多少回り道をしてもいいなら送ってくぜ」